復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第14話 魂を砕く者

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 …………

 そこは白い世界だった。
 初めて精霊魔術が使えるようになった頃、何度か来る事が出来た世界。
 あの頃夢だと思っていたこの場所が、夢とは少し違う場所なのだと、最近何となく気がつき始めていた俺にとって、今このタイミングでこの場所に来る事が出来ることに正直驚いていた。

「……どうして。俺は死んだんじゃないのか」
「いいえ」

 ガラスの音色のような声が背後から聞こえた。
 俺は振り返ると、そこに居たのは水色の髪をした色の白い少女だった。

「ありがとう。貴方のおかげでこうして表に出る事が出来ました」

 状況が理解できずに混乱している俺の止めを差すように、丁寧なお辞儀をする少女。
 見た事のない少女だが、この場に現れる事が出来たという事は精霊だろう。

「その通りです」
 
 俺の心を読んだように答える少女。
 そうか。
 そもそもこの世界に来ているという事は、俺と目の前の少女の精神は繋がっているのだ。ならば、考えている事もある程度はわかるのだろう。
 もっとも、俺の方はそこまで詳しくわかる訳ではないので不公平ではあるが。
 俺の方にわかるのは、精々、嬉しいとか、悲しいというような大雑把な感情のみだ。

「私はフラウ。氷の精霊です。フロストジャイアントに取り込まれていましたが、貴方が彼を殺してくれたおかげで、私は助かったのです」
「なるほど」

 氷の精霊か。
 それでは、この少女が俺に回復魔術をかけてくれたから、俺は何とか生きながらえる事ができたという事だろうか。

「いいえ。私には回復魔術は使えませんから」

 俺の心の声に答えるフラウ。
 心に思い描くだけで会話が出来るのはいいのだが、声を発しないと何となく変な感じだ。
 それはともかく、回復魔術を使っていないのにどうして俺はまだ生きているのだろうか。

「魔石の魔力を貴方の体に送り込み、その魔力を使用して森の精霊に助力を頼んだのです」

 魔石? なんの事だろう?
 でも、森の精霊の部分はわかる。
 フラウの視線の先を辿っていくと、丁度俺の右隣に半分透けた状態でドライアドが立っていた。
 半分透けているせいだろか。こんなに近くにいたのにその存在に全く気がつかなかった。
 ただ、微笑んでいるフラウとは対照的に、ドライアドの表情は暗く、今にも泣きそうだった。

「無理もありません。あと少し遅ければ死んでしまうところだったのですから」

 俺の疑問にフラウが答える。
 そうか、すんでの所で復活したフラウが俺に魔力を注ぎ込んで、何とかドライアドを呼び出したのか……。
 それにしても、フラウはよく喋る。
 同じ精霊でもドライアドはこんなにも静かなのに、てっきり、精霊はあまり喋らないと思っていた。

「ありがとうドライアド。おかげで助かったよ」

 俺の言葉にドライアドはポロリと涙をこぼすと、微笑んだ。
 こうして話しているだけでも体がどんどん透けていく。彼女の活動領域とはかなり位置の離れた場所だ。
 相当無理してここにいてくれたのだろう。

「さて、どうやら私達もそろそろお別れのようですね」

 消えていくドライアドを見つめていた俺に、フラウが上を見上げながら声を掛けてくる。

「もうすぐ貴方が目覚めるようです。そうなったらこの世界は消えてしまい、当分は貴方とお話する事も無いでしょう。だから、最後に一つだけ」

 フラウは俺に近づくと、最後にもう一度頭を下げる。

「助けてくれてありがとう。そして……私の眷属が貴方にした仕打ちを、心から謝罪致します」

 顔を上げ、俺の瞳を真っ直ぐに捉える。

「だから、彼の事もどうか許してあげてください。あの子も好きでああして旅人を襲っていたわけではないのです。私を取り込み、心を壊し、暴れまわるしかなかった」

 その瞳から涙を落とし、彼女はそれでも微笑んだ。しかし、それはどう見ても無理をした泣き笑いだ。

「彼は死に。貴方は生き残った。これで手打ちにして頂ければ……と、思います。その代わり、これからは私も貴方の力になりましょう」

 少女は手を伸ばす。
 俺はその手をそっと掴んだ。
 氷の精霊らしくとても冷たい手だったが、その冷たさは洞窟の壁のような冷たさとは違う種類のものだった。

「……わかった。これからよろしく頼む。フラウ」

 俺の言葉に少女はにっこり微笑んで。
 そして、世界は急速に失われていった。




 目の辺りに当たった雫で目が覚めた。
 あまり力の入らない瞼を無理やり開けて、視線を動かしたが、まず驚いたのは俺のいた部屋の変貌だった。
 凍りつき、所々に氷や霜が張り付いていた壁はなんの変哲もない岩壁へと代わり、床には氷が溶けたためだろう。水が入口に向かって流れていっていた。
 胸の上には栗色の髪。
 小さな手は俺のジャケットをギュッと掴み、胸に押し付けられた頭は小刻みに震えていた。
 俺は時折ヒックと動きながら震えている頭に手を伸ばす。
 柔らかな髪は俺の手の動きに合わせるようにふわふわと揺れた。
 すると、その感触に気がついたのだろう。
 レイラはガバッと顔をあげる。涙と鼻水でグシャグシャになった顔だ。
 もう4ヶ月一緒にいるが、こんなに酷い泣き顔は初めて見た。

「……おにいじゃん……?」

 ぐすっと鼻を啜り上げるレイラの頭を撫でながら、俺は引き攣りながらも何とか笑う。

「ああ。ごめんな。もう、大丈夫、だ」
「お、おにいちゃん! うう、おにいちゃん!」

 再び俺の胸に顔を埋めてワンワンと泣き出すレイラを抱きしめながら、俺はようやく助かったのだと実感した。




 一通りレイラが泣き終わった後、俺はふらつきながらも何とか立ち上がる。
 体を見てみたが、どうやら傷は大体治っているようで、動く分には支障はなさそうだ。
 体がだるいのは魔力が殆どなくなってしまったからだろう。
 それ位なら動く分にはなんとかなる。

 俺はレイラに手を引かれながら、部屋の中を見て回る。
 あの時フラウは「魔石を使った」といった。
 それを聞いて最初はなんの事かわからなかったが、今の部屋の状況を見た事で大体理解していた。

 無くなっているのだ。
 壁に埋め込まれていた氷の塊が。

 恐らくあれは、何十年、何百年と時間をかけて作られた氷で、天然の魔石となっていたのだろう。
 それがあったからこそ、あの場所にフラウは存在する事ができ、フロストジャイアントも生きていることが出来た。
 しかし、俺を助ける為に恐らく大量にあったであろう魔力は尽き、こうしてただの洞窟の一部と成り果てた。
 俺は、フロストジャイアントと共にこの場所にあった精霊の住処を殺してしまったとも言える。

 俺は壁際にまで歩を進めると、壁に縫い付けられたフロストジャイアントの死体を見上げる。
 そこで死んでいた巨人の体は縮み、これをフロストジャイアントと言っても誰も信じないだろう。
 いや、本当に雪の巨人なんかではなかったのだ。
 ただの猿が、氷の精霊の力を取り込んで、そうなってしまった。
 あの巨体でありながら、こんな細い洞窟を抜けられた理由である。

 俺は縫い付けられた剣の柄を掴むと、引き抜こうと力を込める。
 だが、岩に縫い付けられた剣は今の俺の力ではびくともせず、とうとう抜くことは敵わなかった。
 まあ、全魔力を注ぎ込んだ上に体の負担を度外視した身体強化の果てに埋め込んだ剣だ。今の俺の力で抜けるわけはないのだが。
 こればかりは仕方ない。
 俺は剣を引き抜くことを諦めると、洞窟の入口まで戻ることにした。
 さらば銅貨30枚。

「そう言えば」

 レイラと手を繋いでの帰り道の途中で、俺はレイラがフロストジャイアントと対峙した時の事を思いだす。
 確か、あの時レイラの手に付けられた手袋が赤く光っていたが、俺はレイラが付けている手袋を今まで見たことがなかった。

「その手袋、どうしたんだ? そんなの買ってなかったよね?」
「貰った」

 俺の疑問に、レイラは簡潔に答える。

「貰ったって……誰に?」
「外の男の人。レイラがお兄ちゃんの所、行くって言ったら、くれるって」

 まあ、この状況でこんな物を持っている人間なんてエルネストしかいないわけで……。
 それにしても本当に貰ったのか? 外に出たら「お代」とか言われないだろうか。
 だが、物は考えようである。
 エルネストは商人だ。
 今回荷物を随分と持ってきたようだし、中にはそれなりの武器も持っているかもしれない。
 使っていたブロードソードも無くなってしまった事だし、レイラの手袋の件のついでに聞いてみよう。

 レイラとそんな事を話している内に、ようやく出口にたどり着く。
 当たり前だが、外はもう暗く、エルネストが焚き火の前で座っているのが見えた。

「すみません。遅くなりました」

 俺の声にエルネストはこちらを向くと、ホッとしたような笑顔を見せた。

「ああ良かった。合流できたんだね。その子が君の所に行くって聞かなくて、駆け出してしまった時は本当にどうしようかと思っていたんだ」

 エルネストの言葉を聞いてレイラを見るが、本人は特に気にした様子もなく澄ましている。
 けど、握っている手の力が強くなった事を考えると、絶対意味は理解していると思った。

「いえ。レイラに手袋を渡してくれたんですよね。これのおかげで命を助けられたようなものです」

 レイラの手を引いて焚き火の前に座ると、当然のようにレイラが俺の膝の上に乗ってきた。
 そんなレイラの手を持って、手袋を外しながら答える。
 その手袋は指が外に出るタイプの物で、なんの変哲もない革製のグローブに見えた。
 ただ、普通のグローブと違う所は、甲の部分に赤い宝石が埋め込んである所だった。

「助かった? って事は、そいつはちゃんと機能したんだね。良かった。完全なまがい物って訳じゃなかったのか」
「まがい物……ですか?」

 俺の言葉にエルネストは頷く。

「私が今回王都に向かおうと思っていた理由の一つ……まあ、本当の用事のついでだけど、そいつの件で文句を言いに行く途中だったんだよ」

 そう言って、エルネストはザックの中から同じような手袋を取り出した。

「通名『ソウルクラッシュ』。の、レプリカだ。大昔の拳豪が使っていたという伝説の装備の模造品だね。ただ、模造品といってもその基本コンセプトは一緒だから、同じように使える……という売り文句で王都のある商人から買い付けたんだが……」
「騙された。と」
 
 俺の言葉にエルネストはハハッと笑う。

「そう思っていたんだけど、どうやら、こいつは使用者を選ぶだけで、偽物って訳ではないらしいね。危うく自分の眼力のなさを晒してしまうところだったよ」

 俺はレイラから外した一対のグローブに目を落とす。
 あの時、発光したレイラの拳はフロストジャイアントの腹を貫いた。
 あの、身体強化した俺の剣戟でやっと刺すことが出来たあの肉体を……だ。
 そう考えると、こいつはとんでもない装備なんじゃないだろうか。

「えっと、これなんですけど、売って貰う事ってできます?」
「へッ?」

 俺の言葉にエルネストは素っ頓狂な声をあげる。
 そして、しばらくして俺の言葉を理解したのか、可笑しそうに笑った。

「いや、それはその子に上げたんだよ。お兄ちゃん思いの小さな格闘家にね」
「しかし……」
「いいんだ」

 エルネストは目を閉じて笑う。

「確かにそいつは力を持っていた。でも、私があげた時はただのガラクタだと思って上げたんだよ。それが本物だとわかった途端お金を貰うなんて事はしないよ」

 エルネストの言葉に俺はもう一度グローブに目を向ける。
 レイラは貰ったと言った。
 どうやら、その辺のやり取りは本当に行われていたらしい。

「ありがとうございます。なら、遠慮なく貰います」
「うん。しっかり活用してくれたまえ。ひょっとしたら、君らが活躍する事でこのガラクタが大金に変わるかもしれないしね」

 ザックをぽんと叩いて笑うエルネストに釣られて俺も笑う。
 そして、俺はここに来るまでに考えていた事を頼むことにした。

「そう言えば、エルネストさん。剣かナイフか、接近戦用の武器は何か持ってませんか? 実は洞窟の中での戦闘でダメにしてしまって……」

 俺の言葉に、エルネストはオッと声をあげると、その顔に営業スマイルを貼り付けた。

「ふっふっふ。どうにもちょうどいい時に声をかけましたな。実はとっておきのナイフを取り揃えておりますよ。なーに、お代はお近づきの印に安くしておきましょう」
「……は、はは。お手柔らかにお願いします」

 俺は財布の中身を思い浮かべながらエルネストの口上を聞く。
 その後、一本のナイフを買って財布が軽くなるのだが、ディスティアに着けば護衛料も手に入るしいいだろう。

 そんな俺の膝の上で、レイラは幸せそうに眠っていた。
 ただ、その手は力一杯俺の手を握り、もう決して離さないとでも言うようにして。 
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