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第18話 冬の大地の歩き方
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考えが甘かった。
そんな考えに至ったのはオールドモスにたどり着いてから2日経った頃だった。
当初はこの町で必要な物を買い揃えたところで南下していく計画だったのだが、思った以上にこの国の寒さが邪魔をした。
まず、初日に生活必需品を揃えたわけだが、その中には当然防寒着も含まれる。
その値段が以前買ったレイラの服とは比べ物にならず、想定していた以上の出費をしてしまったのがまず一つ。
次に困ったのが、『俺を守ってくれる』筈の魔術師が、捕まった時に荷物を全部取り上げられてしまっていたそうで、無一文だった事。
それにより、単純に今までの旅に比べて出費が1.5倍になってしまったのだ。
本来、いつ爆発するかわからないような存在とも言える魔人族。更に年頃の少女と同部屋などという不本意極まりない現実に陥ってしまったのもそれが原因で、単純に出費を抑える必要があった為だ。
更に問題なのは現在の季節である。
既に雪がチラホラと舞い落ちる程の寒さだというのに、今は暦の上では秋である。
これが冬になったらどんな事になるのだろうか。
一応この国に滞在経験のある某魔人族の少女に話を聞いた所、「粗末な装備で外を歩いたら死ぬ」という有難いアドバイスを頂いた。
となると、本格的な冬になる前に移動を開始したいところなのだが、先に述べた事情でそうもいかない状況が続いているのである。
つまり、何が言いたいかというと。
「……金が無い」
「わかりきってる事態々口に出さないでくれる? 虚しくなるから」
オールドモスにたどり着いてから1週間。
俺達は未だにこの町を抜け出せずにいた。
そもそも、山の中腹からこの町にたどり着くだけで1週間の時間を要したわけで、今よりも寒くなったら尚更動けなくなること等わかりきっていた。
にも関わらず、キリスティアに帰るまでの時間を普通に逆算していた自分が恥ずかしい。
俺はここの所日課になっている酒場への道を3人で歩きながら、両手を合わせ息を吹き込む。
すると、俺の口から吐き出された空気はすぐに白いモノに変わり変わり、モワッと両手を包み込んだ。
……信じられないけど、これでも秋なんだそうな。
「このあたりは氷の精霊の影響がすごく強いからねー。だから、この町からしばらく南下すると急に気温が上昇するよ」
両手を吐息で温めた後、ソウルクラッシュの上から手袋を嵌めたレイラの手を握りしめると、意外に博識な魔人族の少女に目を向ける。
「へえ。氷の精霊か。じゃあ、この辺りにはフラウの眷属の精霊がいっぱいいるって事か」
「はあ?」
既にフラウと意識の疎通が図れる俺の何気ない一言に、リディアはあからさまにバカにしたような口調で言い返す。
「そりゃ、そういう低級精霊もいるだろうけどさ。この辺の気温の影響はそんなのじゃないよ。もっと大物」
「大物?」
「そ」
俺の疑問にリディアは頷くと、右手に聳える山脈を指差す。
「『白狼山にはフェンリルが住まう』これはこの辺り一体に伝わる有名な逸話だよ」
「フェンリル……か」
俺はリディアにつられるように右手の山に目を向ける。
昔の俺だったら信じなかったかもしれないが、急激に変化した気温、そしてなによりも、その地方に住まう守り神の存在を実感してしまった今となっては、無碍にする事は出来ない話だった。
「ま、今はそんな昔話よりも目の前の生活でしょ。先立つものをさっさと揃えて、すぐにでもこの町を出ないと来年の春までこの町に釘付けだよ」
「それは……ぞっとしない話だな」
俺は右手で掴んだレイラの手をギュと握ると、経験者の言う事を素直に聞き入れていた。
それというのも、この魔人族の少女にとってこの辺りでの生活は意外と長く、5年の旅の内、なんと6ヶ月もの時間を過ごしたという事だ。
住んでいた場所はこの町ではなく山中の農村だが、冬が深まった所で出るに出られなくなってしまったらしい。
ちなみに、最初に俺達が跳んできた農村に魔力のマーキングが施されていたのはそれが原因で、何度も下山を試みては魔術で逃げ帰る。という事を繰り返していた結果だとか。
というか、必要に迫られなければ転移魔術のマーキングすらしないとか。
数少ない自分の長所を無意味にする天才だな。
ともあれ、冬の町での生活はそれなりに身につけているだけに、彼女の言う事は聞いていいた方がいいだろう。
俺達はうっすらと白くなり始めた道を歩きながら、ようやく酒場までたどり着くと、入口に掲げられた掲示板に目を向ける。
寒くなり外に出る事が出来なくなった人間が増えたからだろうか。掲示板にはそれなりの依頼が貼り付けられているが、俺が今目を向けているのはそれとは少し違うもの。
掲示板の右下。他の依頼書に比べればそれほど目立つものではないものの、しっかりと例の‘手配書’が貼り付けてあった。
幸い似顔絵などはないのでハッキリと俺たちだとは思われないだろうが、魔人族と人間族のパーティーは希だ。
その辺から疑われる可能性はあるのかもしれない。
そう思っていたのだが、ここに来て一週間。とりあえず呼び止められる事は無かった。
これは、寒さ対策の為にすっぽりとフードを被っているリディアのスタイルによる所が大きいのかもしれないが。
魔人族の特徴は尖った耳と紅い瞳だが、紅い瞳だけだったら獣人族や一部の人間族にも存在する。
フードを被る事でとりあえず何とかなっているように思えた。
「やっぱり、チマチマした仕事じゃダメなんだよ」
そんな事を考えて、全く仕事の事を考えていなかった俺に向けて、やや不満げなリディアの声で我に返る。
「チマチマって……俺達の実力でそう大きな仕事がこなせる訳無いだろ」
身の丈にあった仕事を選んで何が悪い。
そういう意味を込めた俺の言葉に、リディアは「はんっ」とあからさまに鼻を鳴らして腕を組む。
「あたしを誰だと思ってるの。こう見えても泣く子も黙るまじ──」
「馬鹿っ! 何口走ってるんだ!」
慌てて手で口を塞いだ俺に対して、リディアは不満げに「モガッ」と睨む。
こいつは今の俺達の現状が分かっているのだろうか? 魔人と人間の3人組を捕まえろという手配書が貼ってある掲示板のすぐ目の前で、自らを魔人族だと吹聴するバカがどこにいるのだろう。
いや、そう言えばこいつは馬鹿だった。なら仕方ない。
仕方はないが、俺達を巻き込まないで欲しいものである。
俺は今尚モガモガと何やら言っているリディアの口を押さえたまま掲示板に近づくと、空いた左手で手配書を指差すと、改めてリディアの顔を見る。
リディアはしばらく手配書を眺めた後、俺の目を見ると、何やらコクコクと頷いた。
俺は本当に大丈夫だな? と、念押しをした後口から手を離す。
ようやく手から解放され、フーっと深く息を吐いた魔人族の少女は、腕を組みつつしみじみと呟く。
「……泣く子も黙る最強のまじつしだからね。どんな依頼でも完璧にこなしてみせるよ」
若干余計な一言が付け足されたようだが、自らの発言を修正した事は評価に値する。
それでも、俺は無駄だと悟りつつも一応の反抗を試みる。
「でも、高難度の依頼を受けた所で、失敗したら余計な時間を食った上に報酬なしだろう?」
しかも、斡旋所の信頼も失って、これ以降いい仕事を回してもらえなくなるかも知れない。
小さな仕事でもコツコツとこなしていく事で、その内いい仕事を回せてもらえるようになる事は、これまでの経験上わかっていた。
「馬鹿ね。そんな小さな仕事をチマチマやってく時間なんてあるわけ? さっきも言ったけど、本格的な冬になったらこの辺りを抜け出すのなんか無理だかんね。今しかないんだよ。冒険初心者がそれなりでも大きい仕事を受けられるのなんて」
しかし、そんな俺の考えは、リディアの自信満々な一言でバッサリと切り落とされてしまった。
だが、リディアの言う事にも一理ある。
こんな極寒の地で半年以上も缶詰される為に俺は旅を始めたわけではない。
それに、おつむは残念だが、リディアは炎系が得意な魔術師だ。
寒さに強い獣が多いこの地では案外無敵に近いのかもしれない。
「まあ……自信があるならいいけどさ」
「決まりね!」
俺の返事を聞くやいなや、リディアは掲示板に貼ってある一番報酬の高い依頼書を剥がすと、意気揚々と酒場の中に入っていった。
そんな俺達のやり取りを見つめながら、レイラは一人ポカンとしていた。
『西の街道の異常気象を解消せよ!』
リディアが取ってきたのはそんな無茶苦茶な依頼だった。
「え?」
西の街道を30分程進んだ頃にようやく見せてもらった内容に思わず変な声を上げてしまった俺を責められる人がいるだろうか。
なんだって?
異常気象を解消しろ?
我々は人間であって、天候を左右できる訳もない。
こんな下らない依頼の為に、俺は「いい加減内容教えてくれ」、「ええー? どうしよっかなー」等と言う胸糞悪いやり取りをしていたというのか?
そんな俺の疑惑の瞳に、俺の左隣を歩いていた魔人族の少女は得意げに胸を張る。
「まあ、あんたら人間ならそういう反応なんだろうけど、魔力溢れるあたしのような天才魔術師には、その元凶たる精霊の姿が見えるのだよ。それに、基本的に精霊には物理攻撃が通用しないからね。あたしにとってはこういう依頼は大好物ってわけ」
かつてそういう依頼でも受けた事があるのだろうか。
自信有りげに歩くリディアの言葉に半信半疑のままにこっそりフラウと意識をつなげてみせる。
流石冬の国だけあってほとんど魔力を使用せずにあっさりと繋ぐことが出来たのだが、何なら様子がおかしい。
いつもだったら、ほかの精霊に比べると取っ付き易い感情が流れてくる精霊なのだが、一言で言うと混乱しているようだった。
こちらの意識に対して支離滅裂な感情が跳ね返ってくる。
なんだろう?
俺は不思議に思いつつも、リディアの後について歩く。
どの道、問題の場所についたら何かしらの反応はあるだろう。
進むにつれて気温が下がり、やがて雪が降り出し、ついには吹雪になって視界がほとんどなくなった頃に俺達は足を止めた。
ここまでくれば流石の俺も異常な状況だというのはわかる。
リディアの言葉が正しいならば、氷の精霊の影響が強いのは山の傍だけで山から離れれば離れる程通常の天候に近くなるはずなのに、この場所はオールドモスよりも山から遠い位置にあるのに、街よりも遥かに過酷な環境にあった。
なるほど。
これは確かにおかしい。普通の天候ではないなら、精霊の仕業というのも頷けた。
俺は改めてフラウに意識を繋げてみるが、いよいよ持って混乱してきているらしい。「力が……」とか「離れて……」といった感情が流れてきた。
それにしても、「離れて」と言ってくるのもおかしい。
この吹雪はフラウにとっては過ごしやすい状況ではないのだろうか。
基本的に意識を繋げた精霊しか目視する事ができない俺にとって、今の状況がどういうものかはわからない。
俺はリディアに視線を向けると、どうするつもりなのかを聞こうとする。
しかし、そこに居たのは、困惑した様子で中空を見つめる魔人の少女の姿だった。
「おかしい」
リディアは呟く。
しかし、俺にとってはそんなものは織り込み済みだと思っていたので、その呟きこそ的外れなものだと感じだ。
「おかしいって。精霊の仕業じゃないのか?」
俺の言葉にリディアは一瞬視線を向けた後、後退するような形で側に寄ってくる。
「精霊の仕業には違いないと思う。でも、おかしいんだよ。精霊はいる。吹雪は起こしてる。でも、当の精霊たちに意識が感じられない。なんていうか狂ってるみたいに」
それは困惑したような言葉だった。
どうやら、リディアの目には自我もなく吹雪を起こす雪の精霊の姿が見えるらしい。
「……まあ、一応追っ払ってはみるけど、どうなるか……」
ブツブツと言いながらも炎の魔術を展開しようとしているリディアを尻目に、俺はフラウに状況を確認しようとする。
しかし、フラウに意識を繋げ、いざ状況を確認しようとした瞬間、俺の意識に大きな恐怖の感情が流れ込んできた。
同時に──
「きゃあ!!」
ボンッと目の前で炎が四散する。
一瞬霧のような蒸気が発生した後、すぐに結晶化して光り輝きながら辺りに舞い散る氷の欠片。
初めは魔術の失敗かと思っていたが、繋がった意識の裏で警鐘のように鳴り響くフラウの叫びがその考えを否定する。
俺はレイラを抱き抱えて大きく3歩ほど後退する。
リディアはというと、自らの魔術と吹雪を直接受けた為か、弾かれるように後退してきた後、
「火鼠のダンス!」
四方に地を這うように広がる炎の魔術を展開する。
しかし、先程よりは良かったものの、すぐに炎は‘凍りながら掻き消されてしまった’。
「……こいつッ!」
リディアには相手が見えているのか?
俺には見えない。
俺は両目を瞑って寒さに参っているレイラの首に俺のマフラーを巻きつけると、慌ててリディアの側にかける。
しかし、そんな俺に対して発したリディアの言葉は、切羽詰ったような警告だった。
「離れて!!」
炎の壁が目の前に出来る。
その壁に吹雪が当たり、蒸気、凍結の過程を瞬時に辿りながら、熱を奪われた炎の壁が消えていく。
その中で、俺はようやく目にした。
それはフラウと意識を繋げていたから見えたのか、それとも、‘そいつ’が姿を隠すつもりが無くなったからなのかはわからない。
しかし、白い衣装に自身の周りに氷柱をまとわせた若い男に対してリディアが放った呟きは、どこか絶望にも似た、珍しく焦ったような口調だった。
「まずい……」
リディアが漏らす。
その頬に一筋の汗が流れたのが見える。
「ジャックフロストだ」
その言葉が終わるかどうかのタイミングで、周囲の温度が更に下がる。
フラウの恐怖が無視できない程に流れ込む。
足元が、防寒具を着ているはずの肌が、引き攣るような感覚を覚え──
「火鼠の皮衣!!」
リディアの叫びと同時に周囲の視界がホワイトアウトした。
そんな考えに至ったのはオールドモスにたどり着いてから2日経った頃だった。
当初はこの町で必要な物を買い揃えたところで南下していく計画だったのだが、思った以上にこの国の寒さが邪魔をした。
まず、初日に生活必需品を揃えたわけだが、その中には当然防寒着も含まれる。
その値段が以前買ったレイラの服とは比べ物にならず、想定していた以上の出費をしてしまったのがまず一つ。
次に困ったのが、『俺を守ってくれる』筈の魔術師が、捕まった時に荷物を全部取り上げられてしまっていたそうで、無一文だった事。
それにより、単純に今までの旅に比べて出費が1.5倍になってしまったのだ。
本来、いつ爆発するかわからないような存在とも言える魔人族。更に年頃の少女と同部屋などという不本意極まりない現実に陥ってしまったのもそれが原因で、単純に出費を抑える必要があった為だ。
更に問題なのは現在の季節である。
既に雪がチラホラと舞い落ちる程の寒さだというのに、今は暦の上では秋である。
これが冬になったらどんな事になるのだろうか。
一応この国に滞在経験のある某魔人族の少女に話を聞いた所、「粗末な装備で外を歩いたら死ぬ」という有難いアドバイスを頂いた。
となると、本格的な冬になる前に移動を開始したいところなのだが、先に述べた事情でそうもいかない状況が続いているのである。
つまり、何が言いたいかというと。
「……金が無い」
「わかりきってる事態々口に出さないでくれる? 虚しくなるから」
オールドモスにたどり着いてから1週間。
俺達は未だにこの町を抜け出せずにいた。
そもそも、山の中腹からこの町にたどり着くだけで1週間の時間を要したわけで、今よりも寒くなったら尚更動けなくなること等わかりきっていた。
にも関わらず、キリスティアに帰るまでの時間を普通に逆算していた自分が恥ずかしい。
俺はここの所日課になっている酒場への道を3人で歩きながら、両手を合わせ息を吹き込む。
すると、俺の口から吐き出された空気はすぐに白いモノに変わり変わり、モワッと両手を包み込んだ。
……信じられないけど、これでも秋なんだそうな。
「このあたりは氷の精霊の影響がすごく強いからねー。だから、この町からしばらく南下すると急に気温が上昇するよ」
両手を吐息で温めた後、ソウルクラッシュの上から手袋を嵌めたレイラの手を握りしめると、意外に博識な魔人族の少女に目を向ける。
「へえ。氷の精霊か。じゃあ、この辺りにはフラウの眷属の精霊がいっぱいいるって事か」
「はあ?」
既にフラウと意識の疎通が図れる俺の何気ない一言に、リディアはあからさまにバカにしたような口調で言い返す。
「そりゃ、そういう低級精霊もいるだろうけどさ。この辺の気温の影響はそんなのじゃないよ。もっと大物」
「大物?」
「そ」
俺の疑問にリディアは頷くと、右手に聳える山脈を指差す。
「『白狼山にはフェンリルが住まう』これはこの辺り一体に伝わる有名な逸話だよ」
「フェンリル……か」
俺はリディアにつられるように右手の山に目を向ける。
昔の俺だったら信じなかったかもしれないが、急激に変化した気温、そしてなによりも、その地方に住まう守り神の存在を実感してしまった今となっては、無碍にする事は出来ない話だった。
「ま、今はそんな昔話よりも目の前の生活でしょ。先立つものをさっさと揃えて、すぐにでもこの町を出ないと来年の春までこの町に釘付けだよ」
「それは……ぞっとしない話だな」
俺は右手で掴んだレイラの手をギュと握ると、経験者の言う事を素直に聞き入れていた。
それというのも、この魔人族の少女にとってこの辺りでの生活は意外と長く、5年の旅の内、なんと6ヶ月もの時間を過ごしたという事だ。
住んでいた場所はこの町ではなく山中の農村だが、冬が深まった所で出るに出られなくなってしまったらしい。
ちなみに、最初に俺達が跳んできた農村に魔力のマーキングが施されていたのはそれが原因で、何度も下山を試みては魔術で逃げ帰る。という事を繰り返していた結果だとか。
というか、必要に迫られなければ転移魔術のマーキングすらしないとか。
数少ない自分の長所を無意味にする天才だな。
ともあれ、冬の町での生活はそれなりに身につけているだけに、彼女の言う事は聞いていいた方がいいだろう。
俺達はうっすらと白くなり始めた道を歩きながら、ようやく酒場までたどり着くと、入口に掲げられた掲示板に目を向ける。
寒くなり外に出る事が出来なくなった人間が増えたからだろうか。掲示板にはそれなりの依頼が貼り付けられているが、俺が今目を向けているのはそれとは少し違うもの。
掲示板の右下。他の依頼書に比べればそれほど目立つものではないものの、しっかりと例の‘手配書’が貼り付けてあった。
幸い似顔絵などはないのでハッキリと俺たちだとは思われないだろうが、魔人族と人間族のパーティーは希だ。
その辺から疑われる可能性はあるのかもしれない。
そう思っていたのだが、ここに来て一週間。とりあえず呼び止められる事は無かった。
これは、寒さ対策の為にすっぽりとフードを被っているリディアのスタイルによる所が大きいのかもしれないが。
魔人族の特徴は尖った耳と紅い瞳だが、紅い瞳だけだったら獣人族や一部の人間族にも存在する。
フードを被る事でとりあえず何とかなっているように思えた。
「やっぱり、チマチマした仕事じゃダメなんだよ」
そんな事を考えて、全く仕事の事を考えていなかった俺に向けて、やや不満げなリディアの声で我に返る。
「チマチマって……俺達の実力でそう大きな仕事がこなせる訳無いだろ」
身の丈にあった仕事を選んで何が悪い。
そういう意味を込めた俺の言葉に、リディアは「はんっ」とあからさまに鼻を鳴らして腕を組む。
「あたしを誰だと思ってるの。こう見えても泣く子も黙るまじ──」
「馬鹿っ! 何口走ってるんだ!」
慌てて手で口を塞いだ俺に対して、リディアは不満げに「モガッ」と睨む。
こいつは今の俺達の現状が分かっているのだろうか? 魔人と人間の3人組を捕まえろという手配書が貼ってある掲示板のすぐ目の前で、自らを魔人族だと吹聴するバカがどこにいるのだろう。
いや、そう言えばこいつは馬鹿だった。なら仕方ない。
仕方はないが、俺達を巻き込まないで欲しいものである。
俺は今尚モガモガと何やら言っているリディアの口を押さえたまま掲示板に近づくと、空いた左手で手配書を指差すと、改めてリディアの顔を見る。
リディアはしばらく手配書を眺めた後、俺の目を見ると、何やらコクコクと頷いた。
俺は本当に大丈夫だな? と、念押しをした後口から手を離す。
ようやく手から解放され、フーっと深く息を吐いた魔人族の少女は、腕を組みつつしみじみと呟く。
「……泣く子も黙る最強のまじつしだからね。どんな依頼でも完璧にこなしてみせるよ」
若干余計な一言が付け足されたようだが、自らの発言を修正した事は評価に値する。
それでも、俺は無駄だと悟りつつも一応の反抗を試みる。
「でも、高難度の依頼を受けた所で、失敗したら余計な時間を食った上に報酬なしだろう?」
しかも、斡旋所の信頼も失って、これ以降いい仕事を回してもらえなくなるかも知れない。
小さな仕事でもコツコツとこなしていく事で、その内いい仕事を回せてもらえるようになる事は、これまでの経験上わかっていた。
「馬鹿ね。そんな小さな仕事をチマチマやってく時間なんてあるわけ? さっきも言ったけど、本格的な冬になったらこの辺りを抜け出すのなんか無理だかんね。今しかないんだよ。冒険初心者がそれなりでも大きい仕事を受けられるのなんて」
しかし、そんな俺の考えは、リディアの自信満々な一言でバッサリと切り落とされてしまった。
だが、リディアの言う事にも一理ある。
こんな極寒の地で半年以上も缶詰される為に俺は旅を始めたわけではない。
それに、おつむは残念だが、リディアは炎系が得意な魔術師だ。
寒さに強い獣が多いこの地では案外無敵に近いのかもしれない。
「まあ……自信があるならいいけどさ」
「決まりね!」
俺の返事を聞くやいなや、リディアは掲示板に貼ってある一番報酬の高い依頼書を剥がすと、意気揚々と酒場の中に入っていった。
そんな俺達のやり取りを見つめながら、レイラは一人ポカンとしていた。
『西の街道の異常気象を解消せよ!』
リディアが取ってきたのはそんな無茶苦茶な依頼だった。
「え?」
西の街道を30分程進んだ頃にようやく見せてもらった内容に思わず変な声を上げてしまった俺を責められる人がいるだろうか。
なんだって?
異常気象を解消しろ?
我々は人間であって、天候を左右できる訳もない。
こんな下らない依頼の為に、俺は「いい加減内容教えてくれ」、「ええー? どうしよっかなー」等と言う胸糞悪いやり取りをしていたというのか?
そんな俺の疑惑の瞳に、俺の左隣を歩いていた魔人族の少女は得意げに胸を張る。
「まあ、あんたら人間ならそういう反応なんだろうけど、魔力溢れるあたしのような天才魔術師には、その元凶たる精霊の姿が見えるのだよ。それに、基本的に精霊には物理攻撃が通用しないからね。あたしにとってはこういう依頼は大好物ってわけ」
かつてそういう依頼でも受けた事があるのだろうか。
自信有りげに歩くリディアの言葉に半信半疑のままにこっそりフラウと意識をつなげてみせる。
流石冬の国だけあってほとんど魔力を使用せずにあっさりと繋ぐことが出来たのだが、何なら様子がおかしい。
いつもだったら、ほかの精霊に比べると取っ付き易い感情が流れてくる精霊なのだが、一言で言うと混乱しているようだった。
こちらの意識に対して支離滅裂な感情が跳ね返ってくる。
なんだろう?
俺は不思議に思いつつも、リディアの後について歩く。
どの道、問題の場所についたら何かしらの反応はあるだろう。
進むにつれて気温が下がり、やがて雪が降り出し、ついには吹雪になって視界がほとんどなくなった頃に俺達は足を止めた。
ここまでくれば流石の俺も異常な状況だというのはわかる。
リディアの言葉が正しいならば、氷の精霊の影響が強いのは山の傍だけで山から離れれば離れる程通常の天候に近くなるはずなのに、この場所はオールドモスよりも山から遠い位置にあるのに、街よりも遥かに過酷な環境にあった。
なるほど。
これは確かにおかしい。普通の天候ではないなら、精霊の仕業というのも頷けた。
俺は改めてフラウに意識を繋げてみるが、いよいよ持って混乱してきているらしい。「力が……」とか「離れて……」といった感情が流れてきた。
それにしても、「離れて」と言ってくるのもおかしい。
この吹雪はフラウにとっては過ごしやすい状況ではないのだろうか。
基本的に意識を繋げた精霊しか目視する事ができない俺にとって、今の状況がどういうものかはわからない。
俺はリディアに視線を向けると、どうするつもりなのかを聞こうとする。
しかし、そこに居たのは、困惑した様子で中空を見つめる魔人の少女の姿だった。
「おかしい」
リディアは呟く。
しかし、俺にとってはそんなものは織り込み済みだと思っていたので、その呟きこそ的外れなものだと感じだ。
「おかしいって。精霊の仕業じゃないのか?」
俺の言葉にリディアは一瞬視線を向けた後、後退するような形で側に寄ってくる。
「精霊の仕業には違いないと思う。でも、おかしいんだよ。精霊はいる。吹雪は起こしてる。でも、当の精霊たちに意識が感じられない。なんていうか狂ってるみたいに」
それは困惑したような言葉だった。
どうやら、リディアの目には自我もなく吹雪を起こす雪の精霊の姿が見えるらしい。
「……まあ、一応追っ払ってはみるけど、どうなるか……」
ブツブツと言いながらも炎の魔術を展開しようとしているリディアを尻目に、俺はフラウに状況を確認しようとする。
しかし、フラウに意識を繋げ、いざ状況を確認しようとした瞬間、俺の意識に大きな恐怖の感情が流れ込んできた。
同時に──
「きゃあ!!」
ボンッと目の前で炎が四散する。
一瞬霧のような蒸気が発生した後、すぐに結晶化して光り輝きながら辺りに舞い散る氷の欠片。
初めは魔術の失敗かと思っていたが、繋がった意識の裏で警鐘のように鳴り響くフラウの叫びがその考えを否定する。
俺はレイラを抱き抱えて大きく3歩ほど後退する。
リディアはというと、自らの魔術と吹雪を直接受けた為か、弾かれるように後退してきた後、
「火鼠のダンス!」
四方に地を這うように広がる炎の魔術を展開する。
しかし、先程よりは良かったものの、すぐに炎は‘凍りながら掻き消されてしまった’。
「……こいつッ!」
リディアには相手が見えているのか?
俺には見えない。
俺は両目を瞑って寒さに参っているレイラの首に俺のマフラーを巻きつけると、慌ててリディアの側にかける。
しかし、そんな俺に対して発したリディアの言葉は、切羽詰ったような警告だった。
「離れて!!」
炎の壁が目の前に出来る。
その壁に吹雪が当たり、蒸気、凍結の過程を瞬時に辿りながら、熱を奪われた炎の壁が消えていく。
その中で、俺はようやく目にした。
それはフラウと意識を繋げていたから見えたのか、それとも、‘そいつ’が姿を隠すつもりが無くなったからなのかはわからない。
しかし、白い衣装に自身の周りに氷柱をまとわせた若い男に対してリディアが放った呟きは、どこか絶望にも似た、珍しく焦ったような口調だった。
「まずい……」
リディアが漏らす。
その頬に一筋の汗が流れたのが見える。
「ジャックフロストだ」
その言葉が終わるかどうかのタイミングで、周囲の温度が更に下がる。
フラウの恐怖が無視できない程に流れ込む。
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さいとう みさき
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