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第17話 強大にして未熟な魔術師

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 拝啓 
 そちらはまだまだ暑い日々が続いているかと思います。
 私の方はと言いますと、一足先に初冬を迎えたような寒さに驚くと同時に、レイラの体調を心配する日々を送っています。
 さて、この度手紙を出す運びとなったのは、しばらくそちらに戻れない報告と、恐らくそちらで騒ぎになっている事案についての顛末の謝罪でございます。
 そちらでは恐らく私の事、もしくはその同行人について厳しい状況が続いていると思われますが、それは私の本意ではなく、全てが事実ではありません。
 多大な心配をかけているかと思いますが、姉さんには知らぬ存ぜぬで通していただければこちらとしては大変ありがたく、また、そうして貰える事を望んでいます。
 今現在の私の動向に関しても、現状では一所に留まる事は難しく、さらに姉さんからの返信も受け取れない現状を大変心苦しく思っております。
 ただ、私もレイラも元気だという事だけは知らせたいと思い、こうして筆を取らせて頂きました。
 これからそちらも季節が変わり、体調を維持するのも大変かと思いますが、ご病気等かからないよう心から願い、締めの挨拶と変えさせていただきます。
 敬具

 テオドミロ  
 
 親愛なるシグルーン様

 追伸 
 俺は巻き込まれただけなので心配なく。

~~~~~



 筆を置くと、窓から見える景色は既に夕暮れによる黄昏色が広がっていた。
 窓から差し込む鈍い光よりも、机の上でチラチラと揺れるカンテラの明かりの方がやや強く、机の上に広げられた紙面を力なく照らしている。
 膝の上にはレイラ。
 俺と対面になるように乗り、抱き着くような格好で既に寝息を立てていた。
 俺は左手をレイラの背に回し、右手で頭を撫でながら、ここまでの顛末を考えていた。

「なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ……」
「……しつこいなぁ……」

 沈んだ気分で零した俺の呟きに、この部屋の最後の住人である少女がげんなりした様に言い返してくる。

 俺の机の真後ろに設置されたベッドの上。
 そこであぐらをかいて両手で膝を持って重心を後ろに持って行ってはユラユラ揺れているさまは、とても反省しているようには見えない。
 今の返しも、本当にうるさいと思って反射的に返してしまったのだろう。
 ちょっとだけ「しまった」といった表情をしているのがその証拠だ。

「兵士の詰所を燃やしたらギルティアの町から後続が来るのくらい普通わかるよね」
「知らないよ。あたしはその町に入ってすぐに捕まったんだ。町に兵士がいるなんて思わないよ」
「すっごい自信満々だったよね。『転移魔術が使える』って言って」
「い、いや。使えたのは本当だったでしょ……」
「『街道の街にマーキングしたから大丈夫』だったっけ? 魔力でマーキングした所に跳べる魔術なんだよね? それが何? 街道どころか山しか見えねぇ」
「だ、だから……ちょっと間違えたっていうか……」
「間違えてフレイランドの北の果てとか。帰るのにどれくらい掛かるんだよ……馬車でも数ヶ月。でも、俺達は‘何故か’指名手配されていて、馬車は使えないから徒歩での移動。徒歩で移動って帰るのに何年かかるのさ」
「いや、ある程度進めばあたしの転移魔術が使えると思うから、そうしたら一気に街道の街まで跳べるでしょ」
「どれくらい進めば行けるの? そもそも、本当に街道の街にマーキングしたの? ディスティアよりも明らかに距離が近い筈の場所に未だに跳べないのに? このあたり以外でお前さんがマーキングしたのどこさ」
「故郷の町と……大陸ではこの辺と……たぶん……街道の街……」
「今、たぶんって言ったか? 後、故郷の町? お前さんの故郷ってあの地図の端っこの大陸だったっけ? なんて言ったっけ? 魔大陸だっけ? すっごい遠いよね」
「あたしの町から少し行って船に乗れば、すぐに港町だよ」
「少しってどれくらいの距離よ? 船旅って何ヶ月? その前に、魔大陸に飛べるまでの距離まで行くのに何年掛かるんだよ?」
「煩いなぁ! 何度も謝ったでしょ!?」
「謝って済む問題じゃないから怒ってるんだよ!」

 レイラが寝ている手前、静かに問答を繰り広げていた俺達だったが、とうとう堪えきれずに魔人族の少女が怒鳴った所で俺も怒鳴り返す。
 もっとも、この流れはここ最近の俺達の日常になりつつあったのだが。

「そもそも、何で俺達がお前と一緒に逃げなきゃならないんだ。こっちは完全に被害者じゃないか」
「何よ」

 レイラの頭を撫でながら渋面を作って呟いた俺の言葉に、魔人族の少女は頬を膨らませる。

「あたしを助けたんだから当然でしょ? 立派な共犯なのに被害者面しないで」
「バカ笑いしながら詰所を焼き払ったのはお前だけだろうが!!」

 とうとうベッドから降りて立ち上がる魔人族の少女とにらみ合う。
 
 ここに来て既に一週間。
 もう嫌という程繰り返したやりとりだったが、あの後の事は正直思い出したくは無かった。

 彼女の名はリディア・ファフニール。
 小さな頃に故郷を出て、人間族が住むこの大陸を旅して回っていたらしい。
 そこまではいい。
 人間族の中に魔人族が混ざる事も珍しいことではあっても、皆無というわけでは無かったから。
 リディアが故郷を飛び出したのが10歳の時で、それから5年の間各地を渡り歩いた。
 渡り歩いたといっても、フレイランドとサイレント王国、それからキリスティア王国の3国のみで、旅立ってからもう5年経つし、そろそろ一旦帰ろうかと思っていた頃だったらしい。
 しかし、そんな彼女に不運が起きる。
 例の王都襲撃事件だ。
 化物じみた魔術師が王都を襲ったため、クロスロードから王都のへの道が規制され、魔人族たる自らの通行が困難になってしまったのだ。
 そこでリディアが考えたのが、首輪を自分につけて奴隷のフリをしつつ、ガルニア風穴を抜けて港町ティアシーズまで行こうとしたわけだ。
 なんの事はない。
 俺達がクロスロードで過ごしていた頃、リディアは街を出発し、俺たちと全く同じルートを通ってディスティアまでやってきたのだ。
 だが、ただでさえ王都襲撃犯が捕まっていない状況で、ノコノコ町に入った魔人族。
 それも、一人旅にも関わらず首輪をつけて登場では怪しさ満点であったろう。
 すぐさま捕らえられ、魔力封じの目隠しをされて御用。
 危険だという事で詰所まで運ばれ、王都からの応援を待っている時に俺が現れたというわけだ。
 これだけ聞けば少しは同情の余地はあるのかもしれないが、俺に合ってからの彼女の言動が全てをぶち壊しにしている。

 せっかく助けてあげたというのに、私怨で詰所を炎上させ、バカ笑いしながら兵達を挑発。
 その後、煙で異常を察知したギルティアの町からの増援にびっくりして逃げ出したのはいいものの、何故か俺の手を掴んで逃げ出し、逃げ切れないとみるや、自信満々に先程の『転移魔術』発言。
 俺とレイラを連れて転移魔術を発動したのはいいものの、視界が開けてみれば周りを雪に囲まれた山の中腹にある農村だった。
 季節が夏から一気に冬である。
 それだけでも怒り心頭だったのに、このオナゴ何を思ったか「助けてくれたお礼にあんたの護衛してあげる」等と偉そうに言われたならば、俺でなくても切れただろう。

 しかも質が悪いのが……。
 
 こいつ……魔人族のくせに魔術がど下手だった。
 確かに生まれ持っての魔力はすごい。
 得意魔術。例えば炎系の魔術や、転移魔術などの特殊系(魔人族が生まれ持って使える個人のみの魔術らしい)以外はてんでダメだった。
 回復魔術も扱えるらしいのだが、成功率は10%ぐらいと言われ試したが、既に10回以上頼んでいるのに一度も成功した試しはないし、喉が渇いて水を頼んでも、水どころか炎が出てきて、危うく喉を焼く所だった。
 自慢するだけあって炎系の魔術は規格外で、戦闘では役に立ちそうだがそれだけだ。
 山を下りる際に暖房として使うくらいしか使い道がない魔人族というのも珍しいと思う。

 こんな大馬鹿魔人のトラブルに巻き込まれ、なんとか麓の町であるオールドモスにたどり着いたのが昨日の夜。
 今日は朝から金策と生活必需品を買い揃える為に町に繰り出したのだが、俺達がこの町に来るまでの1週間の間に『魔人を含めた3人の賊』の捕縛命令が通信魔術を通して各国に伝わっている事が酒場での情報により発覚。俺との関係から疑われる可能性が高い姉さんに、無事を知らせる手紙を認めた所で冒頭の喧嘩へと繋がるというわけだ。

「ともかく」

 しばらくお互い睨み合っていた俺達だったが、先に話を打ち切ったのはリディアだった。
 背にしていたベッドに背中から倒れこむと、半ば諦めたような声色をあげる。

「不本意であるとはいえこんな場所まできちゃったんだから、協力して帰るしかないでしょ」
「……まあ、そうなんだけど」

 ため息一つ。

 俺は机から立ち上がると、部屋の反対側にあるもう一つのベッドに移動する。
 ここに来るまでまともな宿泊施設が無かった為、久しぶりのベッドなのだが、俺とレイラは同じベッドだ。
 地味にキリスティア通貨が使えなくなっているのが痛かった。

「……あんたらさ」

 ベッドにレイラを寝かしつけている所で、背後から呆れたような声がする。

「いっつもくっついてるけど、どんな関係なの? 流石にキモいんだけど」
「失礼な奴だな」

 レイラに毛布を掛けた所で振り返る。
 視線の先にいるリディアは、いつの間にかベッドに大の字になって寝転んでおり、首だけをこちらに向けていた。

「最初兄妹って言ってたけどさ。あんたら人間と獣人じゃん。当然、兄妹のわけないし、種族も違う。そもそもそいつ言葉使いも拙いし、殆ど人間と交流もなかったんじゃないの?」

 淀みなくそう口にするリディアに俺は少し驚いた。
 そう言えば、この少女は最初にこの地に来てから、耳と尻尾を見るまでもなくレイラを獣人族だと見抜いていた。

「すごいな。よくそこまでわかるもんだ」
「一応魔人ですので。魔力の総量で種族は何となくわかるよ。それに、そこら中旅して回ったから、獣人族にも知り合いはいるし」

 頭の後ろで両手を組んで枕がわりにすると、リディアは何かを思い出すように呟く。
 そう言えば、こいつも5年もの間この大陸を旅して回っていたのだ。
 俺なんかよりよほど経験はあるのだろう。

「……獣人なんてさ。人間にも魔人にも馬鹿にされて使い捨てられる種族なんだよ。数も随分減っちゃったし、近い将来必ず絶滅する。そんな希少種を猫可愛がりしてもしょうがないよ」

 随分とひどい言い草だが、的を得ている部分もある。
 俺は旅を始めてまだ数ヶ月だが、確かに、人間族と対等に接している獣人族を見た事がない。
 しかし、そんなリディアの言葉の中の聞き捨てならない部分にだけは反論する。

「別に猫可愛がりはしてないぞ」
「自覚無しとか。断言してもいいけど、その子そのままだとあんたがいないと何も出来ない大人になるよ。人に迷惑かける前に矯正した方がいいと思うけどね」

 言いながら俺に背を向けるリディア。
 人に迷惑か……。
 そっくりそのまま彼女に返したい言葉ではあったが、確かに最近レイラの我が儘を受けて入れてしまっている自分がいた。

「わかったよ。多少は自重する」
「ん」

 俺の言葉に少しは納得したのか、それとも、特に考えなしに言った言葉だったのかはわからないが、リディアはそれ以上何かを言ってくる事もなく、少しすると静かに寝息をたて始めた。
 俺はしばらくそんな少女の背中を見つめていたが、足元の毛布を掛けてあげた。

 窓から覗く町の景色は既に暗く、一足早く冬を迎えたこの国の空は、既に夜を迎えていた。
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