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第24話 サイレントの獣人族
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話し終えたリディアは大きく息を吐くと疲れたように頭を落とした。
そんなリディアに視線を向けながら、俺はこれまでのリディアに対しての認識を改めざるをえなくなる。
俺なんかよりも遥かに強力な魔術を扱うリディアが魔人族では落ちこぼれ扱いされていたという事。
その力を持って悠々と大陸を旅してきたと思っていたが、なんの事はない。今の俺達と同じように苦労しながら何とかやってこれていただけだった。
全てを一人でやりきって来たと思っていたが、嘗ては人間に助けられながら生活していたという事。
そして何より、不遜で自意識の高い普段の態度が、本当は弱い自分自身を隠すための虚勢であった事などだ。
俺は今までリディアとはどこか距離を感じていた。
種族間の違いという意味ではない。
種族の違いが距離の違いだというのなら、俺とレイラがこれほど打ち解けることはなかっただろう。
リディアと俺との違い。
それはやはり決定的な力の差があると思う。
俺は魔術師だ。
ならば、同じ魔術師であるリディアとの力関係はどうやっても魔術の優越で考えてしまう。
確かにリディアは今は炎の魔術しか扱う事は出来ないが、その威力や使い勝手は俺なんかよりもはるかに高い。
フレイランドでのジャックフロストとの戦いにしても、俺とレイラだけでは勝つのはもちろん、遭遇したら逃げることさえ出来なかっただろう。
何よりも、魔人族であるリディアの魔力は膨大だ。
大きな魔術を連発しても息切れしないその力は、俺とは比較にならない。
もしも、俺とリディアが魔術のみで正面からやりあった場合、俺の勝てる可能性は限りなく低いだろう。
勝つ為には、‘如何にして接近戦に持ち込めるか’という勝負になるはずだ。
そう、以前戦ったシグルズ・ファフニールの時のように。
今の俺達は2つ並べられたベッドの淵にお互いが向かい合うように座っている。
物理的な距離で言えば手の届く範囲に存在する。
しかし、気持ちの上ではどうだろう?
きっと、物理的な今の距離よりもずっと遠い。
「お前はどうしたいんだ?」
俺は訊く。
自分の友達が困っている。
その話を聞いた時から元気が無くなったのは見ていてわかる。
しかし、その事に対してリディアがどうしたいのかを俺はまだ聞いていなかったから。
「どうって……あたしに何が出来るって言うの……?」
今まで一度も見た事がないような弱々しい口調でリディアが呟く。
俯いたままだから表情は見えないが、きっと酷い顔をしている事だろう。
「何が出来るかが問題ではないだろう」
俺の言葉にリディアが顔を上げる。
涙目にへの字口。
確かに酷い顔だったが、思っていたよりはマシだと思った。
「お前がどうしたいかの方が重要だと思う」
「何の力にもなれないのに?」
「何故力になれないと思うんだ?」
「……それは……」
俺の言葉にリディアが黙る。
しかし、俺は黙らない。
「俺の知っているリディア・ファフニールは、どんな時でも強気で強力な魔術師だったけどな。以前俺達の護衛をやっていた時のお前が負ける姿を、俺は思い描けないくらいだった」
「それは、相手が雑魚ばかりだったから……」
「ジャックフロストは雑魚なのか?」
その単語に、リディアはうっと息を呑む。
「あいつは……あいつを倒したのはあんたじゃない」
「俺は剣を振り下ろしただけだ。あいつに止めを差したのは君だよ。リディア」
俺の全力の憑依魔術でも。
レイラのソウルクラッシュでも。
さしたるダメージを与える事が出来なかった存在を、たったの一撃で消滅までさせた魔術が強力でない筈がない。
そして、そんな魔術を扱うことが出来る魔術師が、弱いということがあろう筈がない。
「リディア。君は強力な魔術師だ。俺はきっと君の友人であるアスラよりもずっと付き合いは短いから、言葉に重みはないかもしれない。でも、同じ魔術師として俺は純粋に君の力を評価しているつもりだ。君は強い。少なくとも、俺もレイラも、君には何度も助けられた。その力が役に立たないなんてことは断じてない」
俺の言葉にリディアは答えず只々見返す。
俺は、その眼差しを真っ直ぐに受け止めた。
「お前はどうしたいんだ?」
俺は再度問いかける。
先程は弱々しく返したリディア。
しかし、今回は瞳に力を宿したまま俺を見返し、膝の上に置いていいた両手をグッと握った。
「アスラを……助けたい」
「なら助けよう」
俺の返答にリディアは今度こそ驚いた表情をした。
しかし俺は、リディアが口を開くよりも早く、右手を胸に当てて言葉を紡ぐ。
「俺達は仲間だ。仲間なら協力するのは当然だ。何より……約束しただろう?」
俺の言葉と行動で、リディアは全てを悟ったらしい。
右手を口元に持っていくと、俺の胸と自分の胸を見比べて。
「お前を守る。お前に危機が訪れた時はすぐに駆けつけるし、お前がどこかに連れ去られても必ず見つけてみせる。お前の失われた力の分は、必ず俺が補ってやる。何故なら俺達は……魂で繋がれた本当の意味での仲間なんだろう?」
俺の言葉に、とうとうリディアは涙を落とすと、小さく「ありがとう」と繰り返した。
俺はこの時初めて、リディアとの距離を物理的な距離よりも近くに感じる事が出来た。
話の後泣き寝入りをしてしまったリディアだったが、朝起きた時はすっかりいつものリディアに戻っていた。
どうやら、レイラもいる手前、虚勢を張るのを止めるつもりはないらしい。
俺達が話をしていた頃はすっかり夢の中だったレイラはこれからの予定は全くわからない状態だったにもかかわらず、何の疑問も抱いていないかのように俺達の後に付いて行くことになった。
リディアはボソッと「扱い易いやつ……」なんて言っていたが、レイラに聞こえなかったのは幸いだった。
これからどんな事が待っているかもわからないのに、朝から喧嘩は流石に困る。
「で、これから何処に向かうつもりなんだ?」
俺は先頭をズンズン進んでいくリディアに後ろから声を掛ける。
ここまで自信満々に進んでいて、「え? 知らないけど?」などと言われたら流石に困るが、どうもリディアの態度から何かしらの確証を持っているように感じたからだ。
「もちろん、アスラに会いに行くに決まってるでしょ」
当然のように答えるリディアに対して、俺は疑問を投げかける。
「え? だったら、行き先は城か酒場のどちらかじゃないのか? 見た所町の外に出ようとしているみたいだけど」
俺の問いにリディアは足を止めるでもなく指を立てて左右に振ると、まるで質問を答える教師の様な素振りで返答する。
「昨日食堂の娘が言っていたでしょ? 『日中城を留守にする事が多い』って。それに、あたしがいた頃と同じ理由なら、あいつが酒場に顔を出すのは無謀な冒険者が危険な依頼を受けるのを防ぐためよ。なら、自分の都合で動いている今、酒場に顔を出すことなんてない。それなら、日中はどこで情報を集めているのか?」
そこでリディアはようやく俺達の方を、いや、正確に言えばレイラに視線を向けて言い放つ。
「十中八九、サイレントの南東に広がる『沈黙の森』の奥深くにある、‘獣人の里’にいる」
その言葉に驚いた俺とは対照的に、何故自分に向かって言っているのかよくわかっていないらしいレイラがキョトンとした顔をしたのが印象的だった。
森に入ると同時に元気になるのが元野生児のレイラと、俺と意識を繋げたドライアドである。
ちなみに、レイラを‘元’野生児と形容した理由としては、森に入って元気になったレイラに対して俺が「野生児だなぁ……」と言った所、「えっ? 飼い猫でしょ?」と返したリディアの発言による。
確かに、ここ最近は外を歩けばベタベタとくっつかれるのにまかせ、空腹を訴えてくれば食べ物を買い与え、部屋に戻ればゴロゴロゴロゴロと甘えてくる様を思い出し、野生から遠ざかっているのを目にしている次第。
先入観抜きで見れば確かに飼い猫かもしれない。
しかも、獣人の里に向かっている今現在に置いて少し心配なのが、レイラの自分自身に対する認識である。
ここに来るまでに随分と獣人族の事や人間族の事を話題として振ってみたのだが、どうにも反応がよろしくない。
一言で表すなら、「なにそれ?」というような顔を毎回される。
まるで種族の違いを全く理解していないような感じなのだ。
尚、余談だが、飼い猫というものは飼い主の事を大きな猫として判断しているらしい。
中には、体の大きな親猫とか子猫とか思っている猫もいるらしいとの事。
詰まる所何を言いたいかというと、レイラが自分の事を人間族、あるいは、俺の事を獣人族と思っているのかもしれないということだ。
これが事実なら、レイラは仮でもなんでもなく俺の事を本当の兄だと思っている可能性が高くなった。
「あんたが最初にちゃんと説明しとかないから……」
俺の考えている事を読んだかのようなリディアの呟きに俺は思わず反応したくなってしまうがグッとこらえる。
言葉が通じなかった最初の頃の段階で、どうやってそんな細かい事を説明する事が出来たのか。
まあ、ある程度理解が深まった所で説明できれば良かったのだが、その頃には既に俺とレイラの関係は今のような感じだったから、説明したらしたでひと悶着起きたような気がする。
俺は溜息を1つ吐くと、非難の視線を向けるリディアに気がつかないふりをした。
何だか、余計な問題が増えた気分だった。
森の中の行軍は順調に続く。
原生林だけあり多くの獣達が存在していたが、その殆どは俺達の姿を発見すると逃げ出してしまっていたので余計な労力がかからなかった事が大きい。
偶に獰猛な肉食獣が襲いかかってくる事はあったが、レイラの体術と投石。もしくは俺の精霊魔術で撃退出来た。
ちなみに、火事になっては一大事だと魔術を使わず傍観者に徹していたリディアは、俺の森の魔術を見て驚いていた。
そう言えば、リディアの前でドライアドを使用した事がない事を思い出し、森の中でも大量の魔力を喰うものの、治癒魔術も使用できる事を告げた時の顔は傑作だった。
こういう反応を見る度に精霊魔術師の数が少ない事を実感する。
こうして休みなく歩き続け、太陽が中天の位置からやや西に傾いた頃。
俺達は獣人の里にたどり着いた。
獣人の里は大変な喧騒に包まれていた。
理由はわからないが、少なくとも俺達が縄張りに入り込んできたから……という訳ではないらしいのは確かで、里の入口で立ち尽くしている俺たちにはお構いなしで、武器を持った獣人達が「大変! 大変!」と言いながら駆けて回っているのである。
まず俺は、語彙はかなり乏しいながらも獣人達が言葉を喋っている事に驚いたが、この里の獣人族は人間族との交流も多少ある事はリディアの話から分かっていたのですぐに納得する。
しかし、一体何が大変なのか。
言葉が通じるなら、と、俺が近くを通り過ぎようとしていた成人男性らしき獣人族に話しかけようとした時、その人とは正反対の位置から大きな声が響き渡った。
「リディア!」
その声に、俺とリディアとレイラ。ついでに俺が先程声を掛けようとした男性が振り向く。
4つの視線が向けられた場所にいたのは、比較的若そうな獣人族の青年だった。
「いい所来た! アスラが、アスラが大変!」
どうやら知り合いの獣人らしい。
リディアはアスラという単語に反応すると、近寄ってきた青年の両肩に手を掛ける。
「アスラ!? やっぱり、ここに来ているのね!? 大変って何が!?」
リディアの叫びに青年もリディアの両肩に手を置くと、興奮したように叫ぶ。
こうして見ると格闘技の組み合いのようだが、そんな呑気な考えも青年の言葉で吹き飛んだ。
「ちょっと前、シグルズ名乗るやつ来た! そしたら──」
「シグルズ!? まさか、シグルズ・ファフニールか!?」
「シグルズ!? まさか兄さん!?」
青年の言葉に俺とリディアの台詞が被る。
いや、問題はそこではない。
今、リディアは何と言った?
俺の聞き間違いでなければ‘兄’と言わなかったか?
「リディア! まさかお前の兄なのか!?」
「あんたひょっとして兄さんの事知ってるの!?」
再び俺とリディアの声が被るが、それだけで状況は大体わかった。
どうやら、俺達の想像している人物は同一人物らしい。
「そんなの、どうでもいい!!」
しかし、更なる追求をしようとしていた俺とリディアの行動を遮ったのは獣人の青年だった。
「シグルズ、森を壊した! それ見たアスラ怒ってシグルズを追い返そうとした! そしたら、アスラ吹っ飛んだ!!」
吹っ飛んだ!?
一瞬何を言っているか理解できなかった俺だったが、突然走り出したリディアのあとに続くように俺も走る。
その後をレイラと獣人二人も着いてきているようで、複数の足音が背後から聞こえる。
リディアが足を止めた場所は沢山の獣人族が武器を持って何やら議論している所だった。
しかし、獣人達の議論の内容はこの際どうでもいい。
この異常事態を表す光景が一目の元に広がっているのだから。
「なんだこりゃ!?」
森の中にある里は集落の周りを簡単な柵で囲ってあるのだが、その一部が破壊され、破壊された柵と同じ幅の道が南に向かって真っ直ぐに伸びていた。
端的に言うと、‘とんでもない幅と距離の木々が全て薙ぎ払われていた’。
「これ……これって……」
リディアの声が震えているのが分かる。
そして、俺もリディアが恐れている理由に察しがついた。
何故なら、昨晩リディアから彼女の兄の事を聞いていたから。
地形を変える程の……凶悪な魔術を。
「おい、リディ──」
とにかくリディアを落ち着かせようと肩に手を掛けようとした時だった。
南の森から何かが光ったと感じた直後、猛烈な爆音と爆風が辺りを飛び交い、吹き飛ばされた木々が爆散しながら舞い上がっていくのが見えた。
距離は数100m程南。薙ぎ払われた木々と黒い閃光が西に向かって走り抜けていく。
「アスラァ!!」
叫びながら駆け出したリディアを俺も必死で追いかける。
どうやら、勇者と魔人の戦いは既に始まっているらしい。
そんなリディアに視線を向けながら、俺はこれまでのリディアに対しての認識を改めざるをえなくなる。
俺なんかよりも遥かに強力な魔術を扱うリディアが魔人族では落ちこぼれ扱いされていたという事。
その力を持って悠々と大陸を旅してきたと思っていたが、なんの事はない。今の俺達と同じように苦労しながら何とかやってこれていただけだった。
全てを一人でやりきって来たと思っていたが、嘗ては人間に助けられながら生活していたという事。
そして何より、不遜で自意識の高い普段の態度が、本当は弱い自分自身を隠すための虚勢であった事などだ。
俺は今までリディアとはどこか距離を感じていた。
種族間の違いという意味ではない。
種族の違いが距離の違いだというのなら、俺とレイラがこれほど打ち解けることはなかっただろう。
リディアと俺との違い。
それはやはり決定的な力の差があると思う。
俺は魔術師だ。
ならば、同じ魔術師であるリディアとの力関係はどうやっても魔術の優越で考えてしまう。
確かにリディアは今は炎の魔術しか扱う事は出来ないが、その威力や使い勝手は俺なんかよりもはるかに高い。
フレイランドでのジャックフロストとの戦いにしても、俺とレイラだけでは勝つのはもちろん、遭遇したら逃げることさえ出来なかっただろう。
何よりも、魔人族であるリディアの魔力は膨大だ。
大きな魔術を連発しても息切れしないその力は、俺とは比較にならない。
もしも、俺とリディアが魔術のみで正面からやりあった場合、俺の勝てる可能性は限りなく低いだろう。
勝つ為には、‘如何にして接近戦に持ち込めるか’という勝負になるはずだ。
そう、以前戦ったシグルズ・ファフニールの時のように。
今の俺達は2つ並べられたベッドの淵にお互いが向かい合うように座っている。
物理的な距離で言えば手の届く範囲に存在する。
しかし、気持ちの上ではどうだろう?
きっと、物理的な今の距離よりもずっと遠い。
「お前はどうしたいんだ?」
俺は訊く。
自分の友達が困っている。
その話を聞いた時から元気が無くなったのは見ていてわかる。
しかし、その事に対してリディアがどうしたいのかを俺はまだ聞いていなかったから。
「どうって……あたしに何が出来るって言うの……?」
今まで一度も見た事がないような弱々しい口調でリディアが呟く。
俯いたままだから表情は見えないが、きっと酷い顔をしている事だろう。
「何が出来るかが問題ではないだろう」
俺の言葉にリディアが顔を上げる。
涙目にへの字口。
確かに酷い顔だったが、思っていたよりはマシだと思った。
「お前がどうしたいかの方が重要だと思う」
「何の力にもなれないのに?」
「何故力になれないと思うんだ?」
「……それは……」
俺の言葉にリディアが黙る。
しかし、俺は黙らない。
「俺の知っているリディア・ファフニールは、どんな時でも強気で強力な魔術師だったけどな。以前俺達の護衛をやっていた時のお前が負ける姿を、俺は思い描けないくらいだった」
「それは、相手が雑魚ばかりだったから……」
「ジャックフロストは雑魚なのか?」
その単語に、リディアはうっと息を呑む。
「あいつは……あいつを倒したのはあんたじゃない」
「俺は剣を振り下ろしただけだ。あいつに止めを差したのは君だよ。リディア」
俺の全力の憑依魔術でも。
レイラのソウルクラッシュでも。
さしたるダメージを与える事が出来なかった存在を、たったの一撃で消滅までさせた魔術が強力でない筈がない。
そして、そんな魔術を扱うことが出来る魔術師が、弱いということがあろう筈がない。
「リディア。君は強力な魔術師だ。俺はきっと君の友人であるアスラよりもずっと付き合いは短いから、言葉に重みはないかもしれない。でも、同じ魔術師として俺は純粋に君の力を評価しているつもりだ。君は強い。少なくとも、俺もレイラも、君には何度も助けられた。その力が役に立たないなんてことは断じてない」
俺の言葉にリディアは答えず只々見返す。
俺は、その眼差しを真っ直ぐに受け止めた。
「お前はどうしたいんだ?」
俺は再度問いかける。
先程は弱々しく返したリディア。
しかし、今回は瞳に力を宿したまま俺を見返し、膝の上に置いていいた両手をグッと握った。
「アスラを……助けたい」
「なら助けよう」
俺の返答にリディアは今度こそ驚いた表情をした。
しかし俺は、リディアが口を開くよりも早く、右手を胸に当てて言葉を紡ぐ。
「俺達は仲間だ。仲間なら協力するのは当然だ。何より……約束しただろう?」
俺の言葉と行動で、リディアは全てを悟ったらしい。
右手を口元に持っていくと、俺の胸と自分の胸を見比べて。
「お前を守る。お前に危機が訪れた時はすぐに駆けつけるし、お前がどこかに連れ去られても必ず見つけてみせる。お前の失われた力の分は、必ず俺が補ってやる。何故なら俺達は……魂で繋がれた本当の意味での仲間なんだろう?」
俺の言葉に、とうとうリディアは涙を落とすと、小さく「ありがとう」と繰り返した。
俺はこの時初めて、リディアとの距離を物理的な距離よりも近くに感じる事が出来た。
話の後泣き寝入りをしてしまったリディアだったが、朝起きた時はすっかりいつものリディアに戻っていた。
どうやら、レイラもいる手前、虚勢を張るのを止めるつもりはないらしい。
俺達が話をしていた頃はすっかり夢の中だったレイラはこれからの予定は全くわからない状態だったにもかかわらず、何の疑問も抱いていないかのように俺達の後に付いて行くことになった。
リディアはボソッと「扱い易いやつ……」なんて言っていたが、レイラに聞こえなかったのは幸いだった。
これからどんな事が待っているかもわからないのに、朝から喧嘩は流石に困る。
「で、これから何処に向かうつもりなんだ?」
俺は先頭をズンズン進んでいくリディアに後ろから声を掛ける。
ここまで自信満々に進んでいて、「え? 知らないけど?」などと言われたら流石に困るが、どうもリディアの態度から何かしらの確証を持っているように感じたからだ。
「もちろん、アスラに会いに行くに決まってるでしょ」
当然のように答えるリディアに対して、俺は疑問を投げかける。
「え? だったら、行き先は城か酒場のどちらかじゃないのか? 見た所町の外に出ようとしているみたいだけど」
俺の問いにリディアは足を止めるでもなく指を立てて左右に振ると、まるで質問を答える教師の様な素振りで返答する。
「昨日食堂の娘が言っていたでしょ? 『日中城を留守にする事が多い』って。それに、あたしがいた頃と同じ理由なら、あいつが酒場に顔を出すのは無謀な冒険者が危険な依頼を受けるのを防ぐためよ。なら、自分の都合で動いている今、酒場に顔を出すことなんてない。それなら、日中はどこで情報を集めているのか?」
そこでリディアはようやく俺達の方を、いや、正確に言えばレイラに視線を向けて言い放つ。
「十中八九、サイレントの南東に広がる『沈黙の森』の奥深くにある、‘獣人の里’にいる」
その言葉に驚いた俺とは対照的に、何故自分に向かって言っているのかよくわかっていないらしいレイラがキョトンとした顔をしたのが印象的だった。
森に入ると同時に元気になるのが元野生児のレイラと、俺と意識を繋げたドライアドである。
ちなみに、レイラを‘元’野生児と形容した理由としては、森に入って元気になったレイラに対して俺が「野生児だなぁ……」と言った所、「えっ? 飼い猫でしょ?」と返したリディアの発言による。
確かに、ここ最近は外を歩けばベタベタとくっつかれるのにまかせ、空腹を訴えてくれば食べ物を買い与え、部屋に戻ればゴロゴロゴロゴロと甘えてくる様を思い出し、野生から遠ざかっているのを目にしている次第。
先入観抜きで見れば確かに飼い猫かもしれない。
しかも、獣人の里に向かっている今現在に置いて少し心配なのが、レイラの自分自身に対する認識である。
ここに来るまでに随分と獣人族の事や人間族の事を話題として振ってみたのだが、どうにも反応がよろしくない。
一言で表すなら、「なにそれ?」というような顔を毎回される。
まるで種族の違いを全く理解していないような感じなのだ。
尚、余談だが、飼い猫というものは飼い主の事を大きな猫として判断しているらしい。
中には、体の大きな親猫とか子猫とか思っている猫もいるらしいとの事。
詰まる所何を言いたいかというと、レイラが自分の事を人間族、あるいは、俺の事を獣人族と思っているのかもしれないということだ。
これが事実なら、レイラは仮でもなんでもなく俺の事を本当の兄だと思っている可能性が高くなった。
「あんたが最初にちゃんと説明しとかないから……」
俺の考えている事を読んだかのようなリディアの呟きに俺は思わず反応したくなってしまうがグッとこらえる。
言葉が通じなかった最初の頃の段階で、どうやってそんな細かい事を説明する事が出来たのか。
まあ、ある程度理解が深まった所で説明できれば良かったのだが、その頃には既に俺とレイラの関係は今のような感じだったから、説明したらしたでひと悶着起きたような気がする。
俺は溜息を1つ吐くと、非難の視線を向けるリディアに気がつかないふりをした。
何だか、余計な問題が増えた気分だった。
森の中の行軍は順調に続く。
原生林だけあり多くの獣達が存在していたが、その殆どは俺達の姿を発見すると逃げ出してしまっていたので余計な労力がかからなかった事が大きい。
偶に獰猛な肉食獣が襲いかかってくる事はあったが、レイラの体術と投石。もしくは俺の精霊魔術で撃退出来た。
ちなみに、火事になっては一大事だと魔術を使わず傍観者に徹していたリディアは、俺の森の魔術を見て驚いていた。
そう言えば、リディアの前でドライアドを使用した事がない事を思い出し、森の中でも大量の魔力を喰うものの、治癒魔術も使用できる事を告げた時の顔は傑作だった。
こういう反応を見る度に精霊魔術師の数が少ない事を実感する。
こうして休みなく歩き続け、太陽が中天の位置からやや西に傾いた頃。
俺達は獣人の里にたどり着いた。
獣人の里は大変な喧騒に包まれていた。
理由はわからないが、少なくとも俺達が縄張りに入り込んできたから……という訳ではないらしいのは確かで、里の入口で立ち尽くしている俺たちにはお構いなしで、武器を持った獣人達が「大変! 大変!」と言いながら駆けて回っているのである。
まず俺は、語彙はかなり乏しいながらも獣人達が言葉を喋っている事に驚いたが、この里の獣人族は人間族との交流も多少ある事はリディアの話から分かっていたのですぐに納得する。
しかし、一体何が大変なのか。
言葉が通じるなら、と、俺が近くを通り過ぎようとしていた成人男性らしき獣人族に話しかけようとした時、その人とは正反対の位置から大きな声が響き渡った。
「リディア!」
その声に、俺とリディアとレイラ。ついでに俺が先程声を掛けようとした男性が振り向く。
4つの視線が向けられた場所にいたのは、比較的若そうな獣人族の青年だった。
「いい所来た! アスラが、アスラが大変!」
どうやら知り合いの獣人らしい。
リディアはアスラという単語に反応すると、近寄ってきた青年の両肩に手を掛ける。
「アスラ!? やっぱり、ここに来ているのね!? 大変って何が!?」
リディアの叫びに青年もリディアの両肩に手を置くと、興奮したように叫ぶ。
こうして見ると格闘技の組み合いのようだが、そんな呑気な考えも青年の言葉で吹き飛んだ。
「ちょっと前、シグルズ名乗るやつ来た! そしたら──」
「シグルズ!? まさか、シグルズ・ファフニールか!?」
「シグルズ!? まさか兄さん!?」
青年の言葉に俺とリディアの台詞が被る。
いや、問題はそこではない。
今、リディアは何と言った?
俺の聞き間違いでなければ‘兄’と言わなかったか?
「リディア! まさかお前の兄なのか!?」
「あんたひょっとして兄さんの事知ってるの!?」
再び俺とリディアの声が被るが、それだけで状況は大体わかった。
どうやら、俺達の想像している人物は同一人物らしい。
「そんなの、どうでもいい!!」
しかし、更なる追求をしようとしていた俺とリディアの行動を遮ったのは獣人の青年だった。
「シグルズ、森を壊した! それ見たアスラ怒ってシグルズを追い返そうとした! そしたら、アスラ吹っ飛んだ!!」
吹っ飛んだ!?
一瞬何を言っているか理解できなかった俺だったが、突然走り出したリディアのあとに続くように俺も走る。
その後をレイラと獣人二人も着いてきているようで、複数の足音が背後から聞こえる。
リディアが足を止めた場所は沢山の獣人族が武器を持って何やら議論している所だった。
しかし、獣人達の議論の内容はこの際どうでもいい。
この異常事態を表す光景が一目の元に広がっているのだから。
「なんだこりゃ!?」
森の中にある里は集落の周りを簡単な柵で囲ってあるのだが、その一部が破壊され、破壊された柵と同じ幅の道が南に向かって真っ直ぐに伸びていた。
端的に言うと、‘とんでもない幅と距離の木々が全て薙ぎ払われていた’。
「これ……これって……」
リディアの声が震えているのが分かる。
そして、俺もリディアが恐れている理由に察しがついた。
何故なら、昨晩リディアから彼女の兄の事を聞いていたから。
地形を変える程の……凶悪な魔術を。
「おい、リディ──」
とにかくリディアを落ち着かせようと肩に手を掛けようとした時だった。
南の森から何かが光ったと感じた直後、猛烈な爆音と爆風が辺りを飛び交い、吹き飛ばされた木々が爆散しながら舞い上がっていくのが見えた。
距離は数100m程南。薙ぎ払われた木々と黒い閃光が西に向かって走り抜けていく。
「アスラァ!!」
叫びながら駆け出したリディアを俺も必死で追いかける。
どうやら、勇者と魔人の戦いは既に始まっているらしい。
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さいとう みさき
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