復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第25話 不揃いなパーティー

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 シグルズの魔術で出来たであろうかつては森だった荒野を走る。
 所々煙が上がり、黒く焼けただれた木々が左右に広がってはいるものの、俺達が走っている地面は更地になっていて走るのに邪魔な障害物は存在しない。
 大地に根付く木々さえも跡形もなく消し飛ばしてしまう魔術とは一体どんなものなのか。
 俺は先頭を走るリディアに追いついた所で速度を落とし、前方で弾ける魔術の奔流を感じていた。
 
 ……もしもあそこにいるのが以前戦ったシグルズならば、俺に勝ち目はあるのだろうか?
 
 手加減されて尚手も足も出なかった相手。
 残った魔力を全て注ぎ込んで使ったゲルガーの身体強化した攻撃をまともに食らいながらも立ち上がり、全てを無かった事にしたかのように回復した魔人族。
 もしも、あの時シグルズが引かなかったら……。

 あの時の事を思い出し、俺は昨晩リディアが兄に対して酷い劣等感を感じていた理由を悟る。
 きっと、今のリディアと俺は同じだ。
 同じ相手に恐れ、劣等感を感じている。
 それでも……。

 リディアが前に進むというなら俺がその為の障害物を取り除く。
 何より、俺自身がそうすると決めたのだから。




 後方に獣人の里が見えるか見えなくなるかの距離の辺りで、薙ぎ払われた森が丁度十字を切ったような状態で荒野が伸びている場所にたどり着く。
 恐らく、先程黒い魔術が横切ったのはここだろう。

「アスラは!?」

 丁度十字の中央で立ち止まると、リディアは辺りを見回した。
 俺も合わせて周りを見回すが、シグルズの姿も勇者と思わしき若者の姿も見えない。
 もはや戦いの場は既に違う場所に移ったのだろうか?
 そう思い、黒い魔術が放たれたであろう場所に向かおうとした時だった。

(そこから離れて!!)

 頭の中に悲鳴に似た絶叫がしたのと、全身にとてつもなく冷たい悪寒が走ったのは同時だった。
 俺は咄嗟に目の前にいたリディアを抱き寄せ前方に飛ぶと、樹木の盾を周りに展開する。
 しかし、魔術を展開しながら後方に向けた俺の目に飛び込んできたのは、今にも展開しようとする魔術の光と、その傍で呆然と光を見つめるレイラの姿だった。

「ドライアドッ!!」

 もはや魔力の使用量など考えずに、俺は今にも膨張し爆発する所だった魔術にドライアドの魔術を叩きつけながら、同時にレイラを木の蔦で絡めながらこちらに引っ張り寄せる。

 すぐに魔術は発動した。

 敵の放ったであろう魔術は俺が作り出した大木によって上空に運ばれながら断続的に爆発し、粉々に吹き飛ばされた魔術の大木の破片が辺りに撒き散らされる。
 俺は即座に樹木の盾を解くと、レイラの手を握って引き寄せ、リディアの胸の中に放り投げる。

「ちょっ!」
「にゃあ!」

 二人からは非難に似た声が上がるが、それに構っている暇はない。
 俺は即座にゲルガーと意識を繋ぐと、最初から全開で全身の力を捻り出した。
 同時に世界がゆっくりと流れるような感覚に陥るほど意識が鋭敏になる。
 ゲルガーを全力で使う時に必ず起こる現象だが、そのおかげで俺は確認する事が出来た。
 
 荒野の道の始まりの場所。

 その場所に居たのは嘗て自らを蹂躙した最悪の魔術師──

「捕えて貫け。バインドエッジ」
「させるかぁ!」

 男から放たれたのは獣の顎を思わせる漆黒の牙。
 それを、俺はゲルガーの能力により最大限まで切れ味を上げた魔封石のナイフで迎え撃つ。
 ゲルガーを使用したこのナイフで切れないものは今まで存在しなかった。
 それどころか、切った時に抵抗を感じた事もだ。
 しかし、奴の放った魔術はゲルガーの能力を乗せたナイフに初めての抵抗を与えたばかりか、切り裂くことも叶わず辛うじて魔術の方向を変えただけで終わった。
 鈍い音を立てて弾かれた魔術は後方上空へと進路を変え、轟音を立てて消えていく。
 俺の両手は衝撃によって軽く痙攣を起こしかけたが、何とかナイフは手放さない。
 すぐさま俺は意識をゲルガーからドライアドに切り替えると、コーティングされた木の葉の魔術、リーフブレットをあたり一面に展開する。
 いつもならば相手の足止め目的で数を抑える魔術だが、加減をして止められる相手では断じてない。
 俺は短時間で練れるだけ練った魔力で木の葉を現出されると、前方の魔術師に向かって発動させる。
 
 向かう木の葉は数百枚。
 
 それが高速回転しながら殺到する。
 しかし、魔術師は向かってくる木の葉を右手を払う動作のみで全て焼き落とす。
 詠唱は無かった。
 しかし、以前のように魔力のみで弾き飛ばした訳でもない。

「なるほど」

 舞い落ちる木の葉の中に立ちながら、何事もなかったようにそいつは笑う。

「これが万全の状態での貴様の力という訳だ」

 実に楽しそうに。
 ようやく望むものを手に入れる事が出来た子供のように。

「実に結構。まさか、1日で‘2人の勇者’と戦えるとは思ってもみなかったぞ」

 右手を掲げ、その先に膨大な魔力を集めながら。

「さあ、あの時の続きを。楽しませてもらうぞ」

 その先に現れるのは漆黒の槍。

「テオドミロ!!」

 魔術が放たれると同時に俺は意識をすぐにゲルガーに繋ぎ直すと、魔封石のナイフで受け止める。
 しかし、今度は弾けない。
 猛烈な圧力でもって、ナイフごと、ゲルガーごと飲み込もうと襲いかかる黒い槍。

(も、持って行かれ……)
「はあぁっ!!」

 魔術の圧力に押し負けようとしていたその時、いきなりその抵抗力が弱くなった。
 その理由はすぐに判明する。
 掛け声と共に後方から飛び込み、魔術を切り裂いた一人の剣士が俺の目の前に立っていたから。
 その背中から分かるのは真っ赤な鎧に身を包んだ赤髪の剣士。
 両手には二振りの剣。
 右手に持つは白人の刃。
 左手に持つは真っ赤な刃。
 背は俺と同じ位かやや低いか。
 体格は同じくらいだろう。
 しかし、その雰囲気は違う。俺とはまるで違う。そう例えるならば……。

 前方の魔人と同種の化物。

「まだ、勝負はついていないぞ。シグルズ・ファフニール」

 その容貌は俺がリディアに聞いていたそのままの姿で、すぐにソードマスターアスラその人だとわかった。

「アスラ!!」
「リディアか。久しいな」

 俺の元に駆け寄り、怪我を確かめながら掛けたリディアの声に、アスラは振り向きもせずに答える。
 見ているのはただ一点。
 目の前の魔人、シグルズ・ファフニール。

「サイレントのソードマスターに精霊憑依の体現者。それと──」

 こちらにゆっくりと歩み寄りながら、シグルズはさも可笑しそうに語りかける。

「未熟な魔術師と獣人の子供。随分と不揃いなパーティーもいたものだ」

 未熟な魔術師。
 そのワードを聞いた所で、赤髪の剣士は赤い刃をシグルズに向ける。
 その背後に圧倒的な存在感を燃え上がらせて。

「失礼ながら私は精霊憑依の体現者とやらも、獣人の子供とやらの実力も把握していない。だが、我が背中を守る魔術師の実力はよくわかっているぞ。その実力は決して未熟ではない。そして、彼女と共に有る者達の実力が不足しているとも思えん」
「憑依魔術の使い手の事は不足とは言ってはおるまい。力が不足しているのは他の2名だ。だから言ったのだ‘不揃い’だとな」

 シグルズの言葉にアスラの鎧の赤が更に濃い真紅に染まる。
 その色は、アスラから溢れ出る濃厚な魔力に反応しているのは直ぐにわかった。
 俺は理解する。
 アスラが戦争を止める程の力を持った理由。
 どの様にしてその力を具現化しているのかを。

「ならばその力……」

 魔道具。
 彼が身に付けているのは、鎧も、剣も、全てが魔道具なのだ。
 そして、複数の魔道具を扱う事が出来る膨大な魔力。
 それこそが彼が勇者と呼ばれる力を持つ事が出来た理由。

「その身で味わうがいい!!」
「行くぞ。ゲルガー!」

 アスラの赤い刃と赤い鎧が発光したのとほぼ同時に、俺はゲルガーと意識を繋げてシグルズに飛び込む。
 
 先にシグルズに剣を振るったのはアスラだった。
 身体強化をした俺よりも遥かに速いスピードで飛び込み、赤い刃を振り下ろす。
 しかし、シグルズはその攻撃を魔力の塊で押しのけながら、地面から現出させた岩塊で受け止める。
 だが、アスラの攻撃はその岩塊を軽々と切り裂くと、シグルズに向かって更なる斬撃を繰り出す。
 その斬撃をシグルズは後方に跳んで躱すが、飛んだ先にいるのは俺だ。
 俺はナイフを振りかぶると、シグルズに向かって袈裟懸けに振るう。
 シグルズはすぐさま魔力の塊で全身を覆うと、外に向かって展開する。
 俺はその魔力に押し流されるように後ずさるが、アスラは物ともせずに飛び込んだ。
 
「炎帝の宝剣!」
 
 その時、リディアの魔術が完成し、俺のナイフに炎の刃が現出する。
 その刃を持って魔力を切り裂くと、アスラに続いて俺もシグルズの懐に飛び込んだ。
 
 魔力の壁を破った二人からの挟み撃ち。
 逃げ場はない。
 そう思った俺だったが、シグルズの顔を見た瞬間、それが甘い考えだと知る。

「地の底に咲く炎の花よ!!」

 シグルズが叫び、両手を空に掲げた瞬間、圧倒的な魔力量に俺とアスラは後方に弾ける。
 何かの魔術かと思ったが、険しい顔に変わったアスラの様子に、俺は嫌な予感がした。

「そこの君! あの二人を守って!」

 アスラの声に俺は動く。
 疑問を挟む間もない。
 何故なら、シグルズの魔力の総量が爆発的に増えたからだ。

「何びとにも消せぬ黒き炎よ! 全てを焼き尽くす煉獄の力となりて、我が手に収まり全てを貫く槍となれ!」

 大気が震え、上空の雲が吹き飛ぶ。
 圧倒的な魔力の重圧が俺達にのし掛かり、何かとんでもない魔術が発動する事が肌で感じた。
 
 俺はゲルガーと完全にシンクロすると、全力で炎の剣を構える。
 後ろにはリディアとレイラ。
 どんな攻撃が来ても絶対に通すわけにはいかない。
 何よりもこの剣はジャックフロストさえも一撃で消滅させたリディアの最強の魔術だ。
 そう簡単に破られるものでもない。

「貫け! 煉獄の魔槍!」

 魔力が迸った。
 
 向けられたのは俺たちではなくアスラに対してだった。
 恐らく、このメンバーの中で一番強力な相手にぶつけるつもりだったのだろう。
 だが、およそ90°の位置で距離的には近くても方角は違った俺達の辺りまでその魔力の余波は及ぶ。
 黒い魔力は渦を巻き辺りを暴れ狂い、放たれた魔術の余波は力を持ってシグルズの周りを舐めまわす。

「ぐあっ!」

 シグルズの魔術を赤い刃でまともに受けたアスラだったが、堪えたのも一瞬。
 あっという間に魔術の槍と共に彼方に吹き飛んでしまった。
 しかし、その被害はそれだけに留まらない。

「なっ!?」

 魔力の余波を炎の剣で受け止めていた俺だったが、その圧倒的すぎる魔力の本流に、なんと炎の剣が砕け散った。
 リディアの魔術と俺の憑依魔術の合わさった炎の剣が……だ。

 轟音を上げて森の木々は吹き飛び、爆散しながら辺りに弾け飛んでいく。
 その様子を、俺は後方の二人を抱き抱えた状態で吹き飛ばされながら見ているしかなかった。
 
 


 「……う……」

 爆風が収まり魔力の気配が消えた頃、俺は何とか体を起こす事に成功する。
 直接魔術を受けたのではなくその余波に吹き飛ばされたからだろう。
 俺達は荒野ではなく森の中で樹木の残骸の上で横たわっていた。
 腕の中にはレイラ。
 リディアは俺よりは先に目が覚めたのだろう。
 すぐ傍で座り込み、レイラに必死に魔術を掛けているようだったが、何の変化も生じていなかった。
 
 見るとレイラの腕からはそれ程深くはないようだったが肘から肩にかけての切り傷が出来ており、じんわりと血が滲んでいる所だった。
 恐らく、リディアが掛けているのは治癒魔術だ。
 しかし、発動せずに無駄に魔力を垂れ流してしまっている。

「ドラアド。頼む」

 俺が右手をレイラの傷口に掲げると、レイラの傷口がみるみる塞がる。
 その後手拭いで腕を拭き上げると、最初から傷等なかったかのように綺麗な肌が姿を現した。

「……ごめん」
「謝るな。お前が出来なくなった事をするのが俺の役目だ」

 がっくりと肩を落として謝るリディアに、俺は慰めにもならない言葉を掛ける。
 先程の魔術で随分と魔力を消費してしまったが、どの道シグルズにはゲルガーしか効きそうもない。
 ならば、少ない魔力を持ってゲルガーを憑依させ、アスラと協力して当たるしかないのだが……。

(勝てる……のか?)

 以前よりは戦えている実感は有る。
 全く手も足も出ずに、不意打ちに近い形でゲルガーを宿してやっと追い返した相手。
 今度はソードマスターと呼ばれる最強クラスの剣士もいる。
 普通に考えたら何とかなりそうだとも思う所だが、はっきり言ってあいつの使う黒い槍の魔術には俺もアスラも対抗策が見いだせていないのが現実だった。

「アスラの剣は‘ウィザードバイト’と呼ばれる魔術を喰らう魔剣。放たれた魔術を喰らい、逆にその力を威力に変えて相手に返す。あの魔剣が喰らいきれない程の威力と魔力量を誇る魔術なんだよ。あいつのアレは」

 気絶してピクリとも動かないレイラをジャケットで優しく包み込みながら、リディアは呟く。

「今までアスラは魔術師に対しては無敵だった。相手の魔術を自らの魔力に変換して、赤狼の鎧と封魔石の剣の維持に回す。魔術師の混じった軍隊相手に息切れせずに戦い続ける事が出来るのは本人の高い魔力量もあるけれど、その戦い方があったから。でも……」

 ジャケットで包まれたレイラを俺は抱き上げ、大きな木の根元に横たえる。
 そんな俺の様子を眺めながら、リディアは続ける。

「今のアスラはあの魔術を辛うじて防いでいるだけ。あのままじゃいつか魔力が尽きて兄さんの魔術を食らって死んでしまう」

 俺は立ち上がり、リディアを見る。
 リディアも既に立ち上がり、俺を正面に見据えて意志の篭った瞳を向ける。
 既に何かの覚悟をしているように感じた。

「なら、フォローをしないとな。アスラ一人では死んでしまうかもしれない。でも、シグルズの意識がほかに向けば、それだけアスラは戦いやすくなる」
「……そうね」

 再び戦場に向かおうとする俺に対して、リディアの歯切れが悪い。
 決意の篭った眼はしている。
 その姿から諦めたような気持ちは感じない。
 しかし、何か変な違和感を感じ取った。

「リディア?」
「テオドミロ」

 俺の呼びかけに被せるように彼女は俺の名を呼ぶと、両手で俺の右手を包み込んだ。

「今のあんたが行ってもあいつには勝てない。きっと、アスラを助けるより前にあいつに殺されてしまう。さっきレイラを助ける為に使った治癒魔術で、殆ど魔力は残っていないんじゃないの?」

 図星だった。
 いや、魔人族であるリディアなら、俺の体に残る魔力の残量は感じる事が出来るのかもしれない。

「そんなあんたを、あんな化物の所に送り出す事はあたしには出来ない」

 リディアは俺の右手をギュッと握って俯く。
 そんなリディアに、俺は否定の言葉を掛けようとした所で、更なるリディアの声に遮られる。

「あんたは約束を守ってくれた。ここに来てからずっとあたしを守り、あたしの出来なくなってしまった事の代わりをしてくれている。だから、ここからはあたしが約束を守る番だ」

 リディアは顔を上げる。
 決意の篭った眼差しで。
 あの時、ジャックフロストを相手にした時。
 俺に精霊を消滅させる力を与えてくれたあの時と同じ力強い瞳で。

「今からあたしはあたし達の‘絆’に賭ける。今まであたしが出来なかった事も、あんたと一緒なら出来ると信じる。だから、あんたも──」

 リディアは握った俺の右手を自分の胸元に引き寄せて。
 俺もそれに釣られるようにリディアと密着する程に近づいて。

「あたしを信じて、全てをあたしに委ねてくれる?」

 俺は自然と空いた左手でリディアの耳に触れる。
 先の尖った彼女が魔人という証。
 その彼女が言うのだ。
 なら、俺が言う事など最初から決まっている。

「当たり前だろ」

 リディアは微笑む。
 握り締めた両手はそのままに。

 遠くで爆音が聞こえる。
 恐らく、アスラとシグルズの戦いが再び始まったのだろう。
 時間はあまり残されていない。

「それじゃ始めるわ」

 リディアは宣言する。

「あいつの槍を切り裂く力。今度こそあいつの目に焼き付ける」
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