復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第29話 静寂の国を抜けて見えるは銀色の影

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 王都襲撃犯への警戒が解かれ、国境を自由に通過する事が出来るようになったとの報をアスラから聞いたのは、あれから一週間後の事だった。

 あの夜の後2日程ぎこちなかった俺とリディアだったが、その頃にはすっかり何時も通りの関係に戻り、ともに喜び直ぐに出発する旨をアスラとドリスに告げることになる。
 二人共残念だと言ってくれた。
 そして、いつでも頼ってきて欲しいとも。

 既にサイレントの城はリディアのマーキングをした後だったから、その申し出は本当に嬉しかった。
 それはリディアも同様だったらしく、アスラと固い握手をしながらも、別れを惜しんでいたように思う。
 きっと、この先俺から離れても、あの2人なら大丈夫だろうと思う。
 もっとも、こんな事はリディアの前では口が裂けても言えはしないが。

 そう思う理由として、それからの旅でのリディアの態度を見たからだ。
 一見普段通りの態度を取っていたリディアだが、ふとした事で弱さを見せる時がある。
 それは主に俺が怪我をした際などに現れ、必要以上に取り乱す。
 今までならばある程度冷静に物事を判断し、適切な指示を出す事が多かったリディアからは考えられない行動だった。
 
 今のリディアは自らの力では殆どの魔術を使用することが出来ない。
 辛うじて使用できるのは炎の低級魔術であり、街道に現れる雑魚ならばなんとかなるが、極希に現れる猛獣などには自らの力だけではどうにも出来ない事が殆どだった。
 そんな時は俺に構成付きの魔術を送り込む事で発動する事は出来たのだが、咄嗟に使う事ができない上に、俺が前線に出る事が今までよりも格段に増えた。
 今までの陣形は前衛にレイラ、中衛に俺、後衛にリディアというスタイルだった。
 それが、炎帝の宝剣などの俺自身が構成を組んで使用する事が出来る魔術を主体として使用する事が増えた為、結果的に俺とレイラ2人の前衛のみの戦いとなってしまったのだ。

 どうも、リディアはその事に責任を感じてしまっているらしい。

 俺は何度も今まではレイラと二人旅をしていた事、ドライアドが守護精霊となった事で魔力の消費が抑えられるようになった事を説明したが、どうにも納得してくれなかった。
 王都襲撃犯の警戒が解かれた事で公共の馬車も使用できるようになり、危険は格段に減ったというのに、リディアが俺から離れることは殆どなくなってしまった。
 
 サイレントの街を出てからおよそ2ヶ月半。
 俺達がサイレントの国を抜け、再びキリスティア王国領に戻ってきたのは、ようやく寒さも和らぎ、春の気配が感じるようになった頃だった。





 俺達がウィルティアの町にたどり着いたのは、国境を越えてから3日目の夕方の事だった。
 俺は御者に代金を支払うと一日中座りっぱなしで硬くなってしまった体を解す。
 サイレントの領土内では頻繁に行う必要もあった戦闘も、キリスティア王国領に入った途端激減したために、俺達の出来ることといえば日がな一日窓から流れる景色を見ながら話をするくらいだったからだ。
 恐らくだが、王都襲撃犯を追う際に派遣された兵達にある程度の獣達は駆除されて、街道近くには警戒して寄ってこなくなったと思われる。
 以前レイラと旅をしていた頃はそれなりに襲われていたから、そういう事だと思う。

「さて、それじゃあ今晩の宿を取ろうと思うけど、安宿でもいいか?」

 今はそれ程お金に困っているわけではない。
 サイレントでシグルズを倒してアスラを救った報酬をサイレント王から貰った為だが、お金は有限の代物である。
 贅沢はしなければしないほうがいい。
 ただ、それは建前で、以前レイラと共に過ごした宿で体を休めたいと思ってしまったのが一番大きな理由なのだが。

 そんな俺の考えをよそに町の景色をぼんやりと眺めていたリディアだったが、俺の方に目を向けると、少しだけ疲れたような声で答えてきた。

「あたしは別にどこでもいいよ。ここはあんたの方が詳しいんでしょ? 任せるよ」
「そうか。なら、行こうか」

 俺は少しウトウトしかけているレイラの手を握って歩き出すと、後ろを軽く振り返ってリディアの様子をこっそり伺う。
 表面上は特に変わった様子はない。
 俺の斜め後ろでつまらなそうに付いてくるさまはいつものリディアそのままだ。
 キリスティアに入ってからは殆ど戦闘を行う事が無かったから、気持ちの方もだいぶ落ち着いてきたのかもしれない。
 俺は内心ホッとしながら、以前何度も通った道を進む。
 あのボロ宿で休めば少しは気持ちも落ち着くだろうと思った。




 宿に入ると女将さんは俺達の事を覚えていたらしく、笑顔で歓迎してくれた。
 ただ、肝心のリディアが女将さんの事を覚えておらず、キョトンとした顔をしていたのが印象的であったが。
 それに、部屋も以前の一人部屋ではなく二人部屋をとった事も大きく、レイラにとってこの宿で懐かしさを感じる要素は無かったらしい。
 レイラは部屋に入るとフラフラとベッドに歩いていき、ポスンと倒れてそのまま寝息を立ててしまった。
 俺は苦笑しながらレイラに布団を掛けてあげた後、食堂でお湯を貰って部屋に戻る。
 部屋ではもう1つのベッドにリディアが腰掛け、髪を拭いているところだったので、貰ってきたお湯を桶に入れてリディアに渡した後、着替えをさせる為にレイラの寝ているベッドに向かう。
 その後はレイラの服を脱がせて体を拭き、サイレントで購入した部屋着に着替えさせた後、体に布団をかけてあげた。
 この行為は今までもレイラが寝てしまった時は普通に行われていた行為だった為、レイラも特に起きるでもなくスヤスヤ寝息を立てていた。
 起きた時も服が変わっている事など気づかずにいるのだから面白い。

「あんたってさ……」

 そんな俺の行動の一部始終を見ていたリディアが、呆れたような声を上げる。

「ホントそういう事を平然とやるよね。一応そいつ女の子だって事わかってる?」

 その言葉に俺はベッドに腰を下ろした後、レイラの頭を撫でながらリディアに答える。

「今更だなぁ……。レイラはまだ子供だし、これ自体会った時からやってる事だから特別な感じはしないかな。お風呂だって一緒に入るし」
「相変わらずこじらせてるね。何がとは言わないけど」

 そんな俺の言葉にリディアは溜息を吐く。
 どうも今日は本当に疲れているようで、俺への言葉にも力が無い。

「明日は直ぐに出発するの?」
「一応、知り合いに挨拶する予定。最も、挨拶だけして明日中にはクロスロードに向かうけどね」
「クロスロード……街道の街だね」

 俺の言葉にリディアは天井を見上げながらポツリと呟く。
 そういえば、リディアは一度あの街でマーキングをしようと考えた事があったと言っていた。
 それはガルニア風穴を抜ける際の保険との事だったから、理由としてはフレイランドの農村と同じ理由からだろう。
 リディアの勘違いで結局クロスロードにマーキングされる事は無かったが、今となってはそれが良かったのか悪かったのかは分からない。

 リディアと初めて会ったあの時に直ぐにクロスロードに戻っていたなら、俺達は直ぐに別れてしまっていただろう。
 助けてもらった礼をして、後はそれっきり。
 当時のリディアならば間違いなくそうしたはずだ。
 そして、それは俺も同じで、フレイランドの農村に飛ばされて、そこからお互い協力して下山していなければ、リディアを迷惑な魔人程度にしか思わなかっただろう。

 そして、共に旅をしなければここまで信頼しあう事もなかったし、リディアが俺にマーキングする事もなかった。
 サイレントでシグルズと決着を付ける事も無ければ、アスラと出会い、ドライアドの素体であるドリスに出会うこともなかった。
 
 時間はかかった。
 取り返しがつかないかもしれない時間は。
 ここまでの旅でレアンドロに届かなくなってしまった可能性は非常に高い。
 それでも、俺はこの旅が無駄な事だとは思わなかった。
 この旅で手に入れたものが無駄だったとは思えなかった。

「リディア」

 俺はレイラの頭から手を離すとリディアを呼ぶ。

「何?」

 リディアは答える。
 ローブを脱ぎ、魔人族の証である黒髪も赤い瞳も先の尖った耳も露出させて。

「クロスロードの街には俺の姉さんがいるんだ。着いたらお前の事も紹介するよ」

 俺の言葉に、リディアは怪訝そうな視線を向ける。

「あんたって天涯孤独の身じゃなかったっけ?」
「血は繋がっていない。故郷の村で俺の世話を焼いてくれた人だよ。純粋な家族とは違うけど、俺にとっては姉みたいな人なんだ」
「要するに、レイラにとってのあんたみたいな人って事ね」

 そう口にした後、リディアはごろりと背中からベッドに横たわる。
 大の字になって仰向けになって転がる様は、先程のレイラと少しだけ被る。
 体の大きさは随分と違うけれど。

「まあ、紹介してくれるって言うんなら勝手にすればいいと思うけど」
「ああ、勝手にするよ」

 俺の言葉にリディアはチラリと俺を見た後、「なんて紹介する気なんだか……」と言いながら布団の中に潜り込んでしまった。

 俺はそんなリディアを眺めながら、ようやくスタート地点に戻ってきた事を実感する。
 あの頃はレイラと二人、殆ど何もない状態からのスタートだった。
 遠ざかる大森林を馬車の中で眺めながら、再び帰ってくるのは何時だろうと思いを馳せたものだ。

 あれから凡そ8ヶ月。
 あの時心に誓ったレイラの両親を見つけるまでには至っていない。
 それでも、あの頃には持っていなかったものを俺達は沢山手に入れた。
 あのままレアンドロに追いついたとしても、ひょっとしたら軽くあしらわれて終わりだったかもしれない。
 そのまま殺されてしまったかもしれない。

 でも、あの頃の俺とは違う。
 今ではリディアもいるし、ドリスもいる。
 レイラもあの頃に比べれば強くなった。
 今度は絶対に負けない。絶対にだ。

 俺は明かりを消して暗闇に向かっておやすみと言うと、レイラの眠るベッドに入る。
 眠りに落ちるまでそれ程時間はかからなかった。




「久しぶりだね。ひょっとして帰ってきたのかな?」
「いえ、そういうわけではないんですけどね」

 出発前に酒場に寄った俺達は、そこで目当ての人を見つける事が出来た。
 正直な話、もしもグレイブが何かの依頼を受けて不在だったとしたらそのまま出ていこうと思っていたのだが、こうして出会う事が出来たのは幸運だった。
 もっとも、それは未だにグレイブが仕事を選ばなければ依頼を受ける事が出来ない立場のままだという事なのだが。

「俺の方は相変わらずさ。折角テオが一緒にやってくれたフォレストワーム討伐者の称号も今では霞と消えて嘘つき扱い。やっぱり、人間背伸びはするものじゃないね」

 腕を組みながらしみじみと語るグレイブのセリフに、俺も苦笑するしかない。
 フォレストワームを倒した事でようやく受けることが出来るようになった高額報酬の依頼も、失敗続きで受けることが出来なくなったとかそんな理由なのだろう。

「ま、テオの方は随分と変わったみたいだけどね」

 そのままの格好でグレイブは俺たちをぐるりと見回す。
 ちなみに、グレイブの対面に俺が座り、その右側にレイラが、左側にリディアが座っている。

「ああ。紹介しますよ。この娘は旅の途中で知り合った魔術師でリディア。今では一緒に旅をしているんです」
「……どうも」

 俺の紹介にリディアが軽く会釈する。
 しかし、なんというかすごいおざなりな挨拶だ。
 すぐにでもこの場を離れて出発したい匂いがプンプンするぞ。
 そして、それはグレイブもわかったらしい。
 あくまで笑顔で対応しようとしているようだが、頬がピクピク痙攣している。
 しばらくどうにかリディアに対して何かを言おうとしていたようだったが、目線さえ合わそうとしないリディアの態度に諦めたらしい。
 グレイブはすぐにそのターゲットをレイラに向けると、満面の笑みを浮かべた。

「レイラちゃんも久しぶりだね。元気だったかい?」
「だれ?」

 ピシリと音がした気がした。
 グレイブの笑顔が完全に凍りつき、汗が一筋頬を落ちた。
 
「……ぷっ」

 横では吹き出した音がする。
 チラリと左側に視線を向けると、リディアが口元を抑えて顔を横に向けているのが見えた。
 なんて失礼な娘なんだ……。
 ちなみにもっと失礼なのはレイラで、今ではグレイブの事など気にも止めずにテーブルの上のパンを口いっぱいに頬張っている。
 レイラよ。今君が口にしている食べ物は目の前の君が知らないと言ったお兄さんが買ったものだと分かっているのかい?
 
「あの。なんか色々すみません……」
「い、いや、テオは気にしなくていいんだよ。まあ、あれだよね。小さい子は昔の事を忘れやすいから仕方ないね」

 あは、あはと笑いながらそう言ったグレイブに俺は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 レイラと最後に会ったのがそれ程昔ではなかっただけに尚更。

「ねえ、『テオ』って?」

 そんな空気の中、リディアがグレイブに質問する。
 先程までは話しかけんなオーラを出していたリディアも、先程のやり取りでグレイブに対する印象が変わったらしい。
 必死に笑いを堪えた表情をグレイブに向けている。
 取り敢えず、本当に失礼な奴だと言っておこう。
 いや、とっくに知っていた事だけど。

「テオはテオさ。テオドミロの愛称。テオを子供の頃から知っている連中は大体そう呼んでるね」
「ふーん」

 納得したのかしないのか、まじまじと俺を見つめるリディアに苦笑する。

「今ではそう呼んでくれる人も少ないですよ。グレイブさんの他には姉さんくらいで」
「姉さん? ひょっとしてシグルーンかい? 彼女に会ったの?」
「はい。クロスロードの街で医者のような事をしていましたよ」

 俺の言葉にグレイブは感心したような声を上げる。

「そりゃよかった。テオの前に俺が世話したのが彼女でね。それ程魔術が得意というわけでもないし、王都に行ってどうするんだろうと思っていたけど、結局クロスロードに根を下ろしたか。いい選択だったね」

 その話を聞いて、俺はグレイブがこの町で故郷の村から来た若者達をサポートしている事を思い出した。
 なんだかんだで面倒見のいい男だし、姉さんも助かった事だろう。
 クロスロードに着いたらグレイブの安否も知らせてあげよう。

「そうだ。故郷の話をして思い出した。テオに聞きたい事があったんだよ」

 そんな事を考えていた俺に、グレイブが何かを思い出したように話しかけてくる。
 
「何です?」
「うん。この話をする前にテオに聞いておきたいんだけど、村が壊滅した時に遺体を埋葬したのはテオ。それは間違いない?」
「…………はい」

 グレイブの言葉で故郷の村の惨状を思い出した俺は、思わず俯きながらもなんとか声を絞り出す。
 すると、膝の上で握り締めた俺の握りこぶしを、隣に座っているリディアがそっと触れてきた。
 横目で見るとしれっとした顔をしていたが、彼女なりに気を使ってくれたのだろう。
 俺は握っていた手を開くと引っくり返し、リディアの手を握り締めた。

「ここからが本題なんだけど……その時埋葬した遺体は‘村人全員だった’。間違いないかい?」

 真剣な目を向けるグレイブの視線を受け止めながら、俺は当時の事を思い出す。
 多少錯乱した状態ではあったものの、人数を数えながら埋葬した覚えがある。
 その時に何人か獣に食い散らかされた遺体はあったものの、ほぼ間違いない筈だ。

「……多分。既に獣に食われかけた遺体もありましたけど、大体数はあっていたはずです。顔も確認できる人はしましたし」
「村人以外は?」
「え?」

 グレイブの言葉に俺は混乱する。
 村人以外?
 故郷の村に村人以外の人なんかいただろうか?
 辛うじて余所者と言えるのは先生くらいで……。

「あっ!!」

 俺は唐突に思い出す。
 あの時の俺は混乱していた。
 錯乱していたといってもいい。
 だから、村を隅々まで回ってみんなの安否を確認したのだ。
 村人の安否だ。
 その中に‘村人では無かった’先生の事は意識の外に抜けていた。

「テオ。もう一度聞くよ?」

 グレイブが再度問いかける。
 俺が顔を上げてグレイブを見ると、既に何か確信したかのような真剣な目をした男と目があった。

「その中に村人以外……アレックス先生の遺体はあったかい?」
「…………な、無かった…………」

 そう、無かったのだ。
 言われてみれば確かに無かった。
 先生の姿は特徴的だった。
 少なくとも、あの村の人間とは一目見て違いが分かる服装と容姿をしていた。

 それから違和感はもう一つ。
 あの時村にはレアンドロが仲間達と襲撃を行ったはずだ。
 その時に村人達は無抵抗だったのだろうか?
 少なくともあの時の俺よりは強い人達は沢山いた。
 レアンドロには敵わなかったかもしれないが、そのほかの連中にまで遅れを取るだろうか?
 あの時身元の分からない死体が幾つあった?
 本当に全て村人の遺体だったのか?
 例えば魔術でバラバラにされた遺体があったとして、俺は本当にそれが村人だと判別できただろうか?

「最近、王都に新しい宮廷魔術師が仕えたと噂で聞いた。どうにも、その特徴が俺の知っている魔術師とかぶってならない」

 グレイブの言葉に俺の意識が現実に引き戻される。
 新しい宮廷魔術師? そういえば、シグルズが王都を襲撃した時に宮廷魔術師が1人殺されたと聞いたような気がする。

「それから、その魔術師と共に目撃された銀色の髪の少女の姿。この話、テオならどう考える?」

 クライブの言葉に俺の体に電流が走る。

「銀髪の……少女……!」

 俺は思い出す。
 あの村に銀髪の人間は何人いた?
 その中で少女と呼べる人数は?
 あの時埋葬した時にその銀髪の少女は存在したか?
 彼女の家にあった遺体は埋葬した。
 真っ黒に炭化した2つの遺体だ。
 俺はそれを彼女だと判断して埋葬した。
 本当にそうか?
 本当にアレが彼女だったのか?

「あくまで噂さ。でも、一応確認しておきたかったんだ。あの時の唯一の生き残りである‘筈の’テオにね」

 俺とグレイブは見つめ合う。
 お互い何かを悟っている。
 それが本当かどうかは分からない。
 しかし、はっきりした事は確実にある。

「先生の遺体はありませんでした」
「うん」
「数はほぼ合っていた。でも、その中に殺戮集団の人数は考慮に入れていません」
「成る程」
「そして……あの時の遺体の中で、俺はフィリスを確認していない!」
「……間違いないかい?」
「俺がフィリスを見間違うとでも?」
「そうだね」

 俺は立ち上がる。
 グレイブは座った状態のまま俺を見ていた。
 これが唯の噂ならそれでもいい。
 しかし、可能性があるのなら、俺達は動かなければいけない。

「王都に向かいます」
「そうか。俺は故郷の村に一度戻ってみることにする」
「頼みます」
 
 俺は背を向けると酒場の出口へと歩を進めた。

「ちょ、ちょっと!!」

 その際手を握ったままだったリディアも釣られるように立ち上がったが、困惑したような声を上げる。
 その後にビックリしたように駆けてくるレイラの足音も聞こえる。

「ねえ! 突然どうしたの!? フィリスって誰!?」

 構わず歩く俺に引きづられるようにぎこちなく歩くリディアの問いに俺は答えない。
 代わりに答えたのは椅子に座ったままのグレイブだ。

「フィリスはテオの幼馴染だ。小さな頃からとても仲が良くて、俺達や大人達はみんな噂していたよ」

 俺は酒場のドアを開ける。
 レイラは俺に追いついて右手を握ってきたが、リディアはグレイブの話を聞こうと外に出る事を拒むように抵抗している。
 そんなリディアの腕を強引に引っ張る。

「あの2人はきっと将来結婚するだろうってね」

 グレイブの最後の言葉は、俺が扉を閉めるよりも早く俺達の耳に飛び込み、俺に1つの過去を呼び起こした。

『出て行かないって。王都には行かないって。この村が好きだから、一生この村で暮らすんだって。フィリスちゃんはいつもそう言ってるの』

 一生村で暮らすと言ったフィリス。
 一生村で暮らすと言った俺。

 そう言った筈の人間が村を出る事があるだろうか?
 少なくとも俺は村の外に出ている。
 理由はレイラの両親を探すためだ。
 レイラの両親を探す為、二人を攫ったレアンドロを追いかけている。
 そして、レアンドロが一番潜伏している可能性が高いのが王都だ。
 その王都で見たという先生と銀髪の少女の噂。

 もしも二人が生きているとして、村を出るとしたらどんな理由があるだろう?
 それは……。

 レアンドロを追う事ではないのか?

 俺は足早に馬車小屋に向かう。
 そんな俺の足に合わせて左右の二人も着いてきてくれた。




 俺はついに探し物を見つけたのかもしれない。
 
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