復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第30話 仮初の家族

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 クロスロードの街に着いた時、既に街は黄昏色に染まっていた。
 暦の上ではそろそろ春に差し掛かろうという時期ではあるが、まだまだ昼間より夜の方が長いのが現状だった。

 俺は馬車から降りるとレイラの右手を引いて外周沿いに向かって歩を進める。
 そんな俺の右側を並んで歩きながら、リディアが口を開く。

「で、今はどこに向かってる訳? 取り敢えず宿屋?」

 いつもの俺達の行動といえばまずは宿で部屋を取る事だったのでそう言ったのであろうが、俺はその言葉に首を振る。

「いや、姉さんの家だ。まずは無事を知らせなければいけないし、前回来た時も泊めてもらったんだ」
「ふーん」

 俺の説明に特に興味もないように生返事を返すリディア。
 ウィルティアの町を出た時は少し混乱していたようだが、今はいつものリディアに戻っている。
 そして、それは俺も同じだ。
 
 先生とフィリスが生きているかもしれないと聞いた時は早く王都に向かわなければという気持ちが強かったが、ここに来るまでの馬車の中で多少落ち着くことが出来た。
 どの道急いだ所でこれまでかかった時間が戻るわけではないのだ。
 そういう意味はちゃんと馬車を使えたのは非常にありがたかった。
 きっと、徒歩だったならリディアの体力も考慮に入れずに走り続けてしまったかもしれないから。
 最も、レイラは簡単についてきそうではあったが。

 そんな雰囲気の中外周沿いの道を歩いていた俺達だったが、町の様子が以前と少し違っているのに気が付く。
 なんというか、以前に比べて通りに人が少ないのだ。
 王都に向かう街道の検問が解除されたからここに留まっていた商人や旅人が出て行った。
 それは分かる。
 しかし、それだけではない何かが、俺の嘗ての記憶との比較から違和感を感じていた。
 そこで気が付く。

「獣人族が……」
「何?」
「いや」

 俺の呟きにリディアが反応してきたが、俺はそれを首を振って流す。
 そんな俺の態度にリディアは少し唇を尖らせて不満な様子を見せたが、すぐに黙って歩き出した。

 そんな中でも俺は街中を見回して自分の記憶の中の嘗ての町並みを思い出してほぼ確信を持っていた。

 いないのだ。
 あれだけ沢山いた首輪をつけた獣人族が。
 嘗て姉さんは言った。首輪をつけた獣人達は自分に飼い主が居るという証明の為にそうしているのだと。
 つまり、この街には獣人族と共に生活している人間が多いということなのだ。
 これまでいつくかの町や集落を巡ってきた俺たちだけど、確かにこの街ほど獣人達が人間族と近い位置にいる街は存在しなかった。
 上下関係はもちろんあるだろうが、それだけ獣人達が生活しているであろう街で獣人達がいないのには何かある。
 俺は早速姉さんに聞くことが増えたなと思いながら少々記憶が薄くなり始めた姉さんの家までの道を歩いていった。




 姉さんの家に到着した頃には既に辺りが暗くなり始めた頃だった。
 うっすらと闇のヴェールをまとった町並みに浮かぶシルエットは、以前見た姉さんの部屋そのままである。
 窓を見ると明かりがついていることから、どうやら在宅しているらしい。

 俺は隣で少し緊張しているらしいリディアに頷いて見せると、レイラの手を引いて扉の前まで移動し、ノックをする。
 すると、中から「はーい」という返事と共に扉が開けられ、その隙間からひょっこりと1人の女性が姿を見せた。

 まだ少女といっても通用するのではないかと思う幼さを残した容姿に白い髪。
 一年近い時間が経っていたが、姉と慕った女性はその容姿も雰囲気はあの頃のまま変わらなかった。
 少し驚いたような表情をしていたが、すぐに俺たちに向けて柔らかい笑顔を向けてくれた。

「……お帰り。テオ、レイラちゃん」
「お姉ちゃん、ただいま!」

 姉さんの言葉にレイラは俺の手を離すと姉さんの胸の中に飛び込んだ。
 お腹に顔を押し付けてグリグリしているレイラの頭を撫でながら、姉さんは嬉しそうに微笑んでいる。
 あの頃の生活ですっかり姉さんに懐いていたレイラは、流石に姉さんの事を忘れる事は無かったらしい。
 この光景をグレイブが見たらなんて言うかな? なんて意地悪な事を考えてみる。

「ただいま。姉さん」

 俺も帰りの挨拶をした後、今度はリディアの方に目を向ける。
 そのリディアはと言うと、姉さんに抱きついてじゃれているレイラを見ながら、眉間に皺を寄せている所だった。





「姉さん。紹介するよ。この娘はリディア。今回の旅で知り合った魔術師だ。今では一緒に旅をして、力を貸してもらっているんだ」
「……どうも」

 俺の紹介にリディアは無愛想に姉さんに頭を下げただけで、それ以上を自分の口から何かを語る事は無かった。
 なんだかグレイブに紹介した時と同じような反応だが、どうもこの娘は気を許した相手以外にはあまり自分から関わろうとしないらしい。
 初めて俺達が会った時はかなりリディアの方から積極的に関わってきたような気がしたが、あれは単に助けてくれた相手だった事と、ようやく解放された事でテンションが上がっていたのかのどちらかか。
 あるいは、俺が獣人族であるレイラを連れて歩いていたからか。
 真偽は分からないが、少なくとも今のリディアは姉さんに対してあまり友好的では無かった。

「そう。私はシグルーン。一応、この子達の姉を自称しています」

 そう言って姉さんは隣の席でご飯を食べていたレイラの頭を優しくなでる。
 撫でられたレイラは気持ちよさそうに目を細めていた。
 ちなみに現在は夕食の真っ最中である。
 突然訪ねてきたのであまり量は多くなかったが、それでもレイラは嬉しそうだ。
 俺も久しぶりに食べた姉さんの料理に舌鼓を打ちながら口に運んでいたのだが、リディアはあまり食べていない。
 遠慮しているか、それとも警戒しているのか。

「口に合わなかったかしら?」

 そんなリディアを見ながら姉さんが話しかけるが、リディアは首を横に振って否定する。

「そんな事は。とても美味しいです」
「でも、あまり食べてないみたい……」
「ごめんなさい。あまり食欲がなくて」

 そう言いつつ、リディアは自分の前に置かれた皿の半分をレイラの前に移動すると、「あげる」と言った。
 レイラは一瞬キョトンとしたようだが、直ぐに状況を理解するとリディアが回してきたお皿にフォークを伸ばしていく。
 相変わらずすごい食欲だ。
 あの小さな体のどこにあれだけの食料を消費するだけのエネルギーを使っているのか本気で知りたいと思った。

「そういえば……」

 俺はふと思い出して姉さんに尋ねる。

「俺達がこの街を出て行ってすぐくらいに王都の兵が来たりしなかった? 例えば俺を探してたりとか……」

 俺の言葉に姉さんは右手の人差し指を顎の下に当てながら何かを考えるような素振りを見せるも、直ぐに首を左右に振った。

「特に無かったよ。3ヶ月位前に届いたテオの手紙にもそんな事が書いてあったけど、ひょっとして何かトラブルに巻き込まれたの?」

 3ヶ月前に届いた手紙とは、俺が5ヶ月位前に出した手紙のことだろう。
 ひょっとして時間がかかるかもとは思っていたが、想像以上に遅かったらしい。
 これでは、例え何かが起っていたとしても注意喚起にはなり得なかっただろう。
 最も、初めからあの手紙で注意喚起をしようという目的に関してはあまり期待していなかった。どちらかといえばこちらの無事を知らせる意味合いが強い。
 俺は隣で神妙な顔をしているリディアに少しだけ視線を投げた後、姉さんに向き直って答える。

「いや、大したことじゃ無かったんだ。ただ、こっちの無事を知らせたくて」
「そう。元気そうで安心した。最近は街中で獣人の人達を見る事もないから、レイラちゃんの事心配してたんだ」

 その言葉に俺は今日町で感じた違和感を思い出す。
 そうだ、その事を姉さんに聞こうと思っていたのだ。

「そうだ。ここに来るまでの間で見たよ。以前はあれほどいた獣人達が今日は全くいなかった。何かあったの?」
 
 俺の言葉に姉さんは僅かに顔を曇らせると、「実はね……」と言ってこれまでの事を話してくれた。

 異変があったのは5ヶ月ほど前らしい。
 
 5ヶ月前というとちょうど俺達が転移魔術でフレイランドに飛ばされた時期とかぶるから、俺達の起こしたディスティアの兵士詰所炎上事件と何か関係があるのかと思ったが口には出さない。
 余計な心配を姉さんにさせることもないだろう。

 だが、話を聞いているうちに俺達の起こした事件とは関係がないと思い始める。
 その理由として、全く関係のない事件がこのあたりで発生していたからだ。

「大量の獣人族が行方不明に?」

 俺の言葉に姉さんは頷く。
 その表情は暗く、その頃のこの町の混乱がそれだけで伝わった気がした。

「初めは自立している獣人族だった。勤め先の倉庫の人が1週間以上出勤してこないって領主様に陳情したのが始まり。その時はみんな森に帰ったんだろうとか言っててあまり真剣に立ち会ってなかったんだけど、その内首輪を付けている筈の獣人たちも行方不明になっていったの。その中には領主様が世話をしている獣人の子もいたものだから、一時期すごく大々的に獣人達を探したりもしたんだよ。でも、見つからないばかりか、この街を出て行った形跡すら掴めなかった。それからかな。この街の人達が獣人を外に出さなくなったのは」

 姉さんの言葉に俺は内心どきりとする。
 行方不明の獣人達。
 それが、嘗て故郷の森であった獣人族の集落を襲撃したレアンドロの姿と被ったからだ。

「最近はないの? 行方不明になる獣人は」

 俺の問いに姉さんは頷くと、レイラの頭を撫でながら答えた。

「2ヶ月位前かな。その頃になったらパッタリとなくなったよ。そう確か……王都への街道が全面開通になった頃だと思う」

 その頃の俺達はシグルズを倒してサイレントにいた頃だろう。
 単純に考えるならば、王都への道が開けた事を期に拠点を移したとも考えられる。
 
 そこで俺は思い出す。

 ガルニア風穴を抜ける時、俺は確かにレアンドロの仲間の死体を見た。
 ガルニア風穴にレアンドロが訪れた事は間違いのない事実だ。
 しかし、俺はそこでレアンドロがその洞窟を“抜けた”と勝手に勘違いしていなかっただろうか?

 考えてみれば、抜けた先のディスティアでレアンドロ達の情報は無かった。
 唯一の物騒な情報はリディアが捕まった騒動くらいで、それ以外は本当に静かな町であったのだ。
 あの頃は深く考えなかったが、よく考えたらあの町で全く存在感を示さずに通り抜けるのはいささか無理がありすぎないだろうか?
 
 もしも、レアンドロの目的がガルニア風穴の通過ではなく、それ以外にあったのだとしたら?
 一度目的の為にガルニア風穴に赴き、用事を済ませたあとクロスロードに戻ってきた。
 そして、クロスロードで新たな“商品”を入荷した後王都に向かう。
 もしもそうなら……。

 レアンドロが王都に向かったのはつい最近という事だ。

「姉さん。急で申し訳ないけど、俺達は明日王都に向かおうと思っているんだ」

 俺の言葉に姉さんはびっくりしたような顔をしたが、直ぐに寂しそうに笑う。
 その笑顔があまりにも寂しそうなものだったから、俺の胸がチクリと傷んだ。

「そっか……まあ、しょうがないよね。今回帰ってきたのも、用事が終わったからじゃないんでしょ?」
「うん」

 今回レイラを連れて帰ってきたという事は、未だにレイラの両親が見つかっていない事の証明だ。
 だからこそ、またすぐに俺達が出て行ってしまう事も分かっていたのだろうが、すぐには切り替えができないらしい。
 姉さんはレイラの口元を拭った後、その頭を胸に抱く。
 初めはきょとんとしていたレイラだったが、すぐに笑顔になって姉さんの胸に顔を埋めた。

「でも、今日くらいは一緒にいてもいいよね。家族なんだから」
「ああ」

 姉さんの言葉に俺は頷く。
 そんな俺たちに視線を向けながら、リディアは一人難しい顔をして何か言いたげに佇んでいた。





 その後はいろいろあって、今夜の寝床は姉さんとレイラがベッド。
 俺とリディアの二人が床に毛布を引いて寝る事になった。
 
 姉さんは最後までリディアにもベッドを勧めたのだが、リディアが断固として断ったのだ。
 窮屈になるからやめておく。と。

 その時に前回は俺とレイラと姉さんの三人でベッドを使用したが特に窮屈ではなかったと姉さんが発言したものだから、リディアから汚物でも見るような目で見られたりもしたが。
 俺はというと今回は最初から床で寝るつもりだったから、野宿用の毛布や寝袋も準備していたので問題なかったのだが、姉さんがせめてと言って布団一式を用意してくれた。
 だから、今は床に野宿用の毛布を二枚敷いて、その上に横になって布団をかぶるというスタイルに落ち着いていた。

「起きてる?」

 ベッドから2つの寝息が聞こえてきたくらいだろうか。
 もう夜も深くなって物音一つしない漆黒の闇の中からよく知った声が聞こえてくる。
 その声は、この部屋に入ってからはあまり耳にしていなかった声だった。

「何だよ。明日も早くに出発するんだから早く寝ろ」
「少しくらいいいでしょ」

 俺の言葉に隣で寝ていたリディアがモゾモゾと動きながら俺の腕に触れた。
 寝た時は2枚の毛布を離して敷いておいたはずなのに、いつの間にか俺の布団に入り込んできていたらしい。

「フィリスってどんな人?」

 布団の中で俺の腕を指でなぞりながら、突然そんなことを聞いてくる。
 突然の事に俺は苦笑しながら、撫でてくるリディアの指を払いながら、小声で答える。

「どうしてそんな事を聞く?」
「だって……今回のあんたのお姉さんみたいに、これからもあたしの知らない人があんたに近づくんでしょう? 家族とか言ってさ」
「……家族には違いないだろう?」

 俺の言葉にリディアは首を振る。
 いや、正確にはこの暗闇で確認することは出来なかったから、振ったように感じただけだが。

「違うよ。あんたとレイラはまだいいけど、あんたとお姉さんがしているのは寂しさを紛らわすための家族ごっこみたいなものだよ。本当の家族はもっとこう……」

 リディアは何かを言葉にしようとしているようだが、うまく言葉にできないらしい。
 うーんと考え込んでは、払われた俺の手を再び掴み、俺の指を何やら弄りだした。

「うまく言葉に出来ないけど、とにかく違う。会ってから数時間しか経ってないけど、見ていてはっきりわかった。これは違うって」
「いいじゃないか。ごっこでも」

 俺の言葉にリディアは黙る。
 俺の指を弄る動きも止まったので、予想外の返答だったのかもしれない。

「本当の家族じゃない事は俺達が……何よりも姉さんが一番わかっているよ。それでも寂しいじゃないか。俺も姉さんも血の繋がった人間はもう一人もいない。厳密に家族と呼べる人間はもうこの世にいないんだ。でも、それでも縋りたいものは欲しいじゃないか。例えごっこでも、仮初でも、家族が居ればこの先生きていく為の力にはなる」
「……あんたも……そうなの?」
「そうだよ。俺だって」

 俺は布団の中のリディアの手を握る。
 それはとても小さく、しかし、とても暖かい手だった。

「淋しいからこそレイラに縋った。淋しいからこそ姉さんの元に帰る場所を見つけた。淋しいからこそ……お前と一緒に旅をしている」

 握った手が握り返されたのを感じる。
 俺は天井を向いていた顔を右に向けると、布団から顔を出したリディアの瞳と目があった。
 この暗闇の中でしっかりと瞳を捉える事が出来たのは、その両目が光っていたからだ。

 瞳の発光は魔力を使用している証。
 思えば夜サイレント城の庭で会った時に眼が光っていた理由は今日この時と同じ理由なのだろう。
 殆ど魔術を使用する事が出来なくなったリディアが唯一使う事が出来る高難度魔術。
 
 転移魔術。
 
 その魔術を使用する上での目印。
 
 リディアは今もあの時も俺に刻み込んだ自らの魔力を視ていたのだろう。

「フィリスも……あんたにとって家族なの?」

 リディアの問いになんと答えるべきか悩んだが、俺は結局素直に頷く。

「そうだな……あいつがどう思っているかはわからないけど、俺は妹みたいに思っていたよ」
「そっか」

 その答えに満足したのか、リディアは顔を天井に向ける。
 やがて目の光も消えて、部屋の中は再び元の暗闇に戻る。

「もう寝るよ」
「わかった」

 握った手はそのままに、やがてリディアは小さく寝息をたて始めた。
 俺は一人天井を見上げながら、フィリスの事を考える。

 フィリスは本当に生きて王都にいるのだろうか?
 いるとしたら、俺は再び会う事は出来るのだろうか?
 会ったとして、俺はなんと声をかければいいのだろう……。

 いくら考えても出る事のない答えをいつまでも探しながら、いつしか俺も眠りに落ちていく。
 しかし、生きているかどうかも分からないフィリスに対する自分の行動を思うよりも、確実にわかっていることだってある。

 どんな理由で、どんな立場であったとしても、フィリスが生きていればきっと俺は嬉しいだろう。

 それだけは変えようのない真実だった。 
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