復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第41話 本当の【物質】魔術

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 竜人が絶滅した理由にはいくつかの理由があると考えられてきていた。

 曰く、その大きすぎる力に己の身を滅ぼした。
 曰く、分岐した3つの人族の反乱を抑えきれずに隠遁した。
 曰く、突き詰めた戦闘能力の果てに生殖機能を失った。
 曰く、幻獣の祖として、幻獣と共に同様の道を辿った。

 様々な説は存在すれど、そのどれもに私が納得できなかった理由は、『圧倒的な力を持ちながら絶滅した』という言い伝えに違和感を感じたからだ。
 
 私は進化は現実世界と同じく弱肉強食であると考えている。
 強きモノが生き残り、弱きモノは死ぬ。
 それは単純にして明確。強ければ天敵など存在しないだろうし、環境の変化にも対応可能だろう。

 しかし、竜人は滅びた。
 最強の肉体と魔力を持ち、地上に存在した全ての生物の王として君臨し、実際に地形を変える程の力を有していた種族であるに関わらず。

 代わりに生き残ったのは3種の人類。
 
 竜人の持っていたとされる魔力を受け継いだ魔人族。
 竜人の持っていたとされる身体を受け継いた獣人族。
 竜人の持っていたとされる精神を受け継いだ人族。

 竜人の末裔と言われる3つの人類だが、私の見解は先ほど述べたものとは違う。
 それらは今までは朧げながら私の心に存在していただけだったが、今生に現れたかつて地上に君臨した生物の王を目にして。
  そして、人族の身でありながら、いや、人族の身であったからこそ、魔人族の力を完全に使いこなす存在を目にして確信するのだ。

「もう大丈夫だ」
「……お兄ちゃん……」

 竜人の魔力の攻撃を完全に防ぐ結界魔術を展開しつつ、致命傷を負っていた獣人の娘を完全に治癒するほどの魔術を扱うかつての精霊魔術師は言ってみれば太古の竜人とは対極に位置する存在だ。

「テオ……なんだよね? 本当に……」
「ああ」

 人族の魔術師である少女の問いに頷くと、魔人の男は立ち上がる。

「みんなはこの結界の中にいてくれ。俺は今から外で暴れている“幻獣”を止める」

 魔人の言葉に私は笑う。
 外にいるのは人族全ての祖とされる最強の“竜人”なのだ。
 3つの種族の全ての特性を持ち、全てを超える存在。
 
 それでも私が笑ったのは、目の前の魔人の男が口にした言葉こそ……最終的に私がたどり着いた答えと同様だった為だ。

「ソードマスターアスラ。お主はここに残り獣人の娘と魔術師の少女の保護を頼む。魔人……いや、魔神の共は我がする」
「……何?」

 魔神の男は外の竜巻に目を向けたまま微動だにしなかったが、アスラは眉をしかめると私に向かって不審な目を向ける。

「適材適所……というものだよ。魔力の尽きた魔術師の少女が戦力外なのは当然として、接近戦を主体とする戦い方が通用しないのは先程の獣人の娘の特攻で実証された。その対象は2本の剣を失った貴様にも当てはまる事」
「剣は失えど、我にはまだ2つの拳が存在する」
「それが通用せぬと言っているのだよ。ソードマスター・・・・・・・

 私の言葉に表情を歪めつつも反論しないのは、それが正しいと理解しているからだろう。
 それでも、アスラは私に向かって最後の抵抗をしてみせる。

「今の私が足でまといである事は理解した。だが、それが貴様の魔術が奴に通用するかどうかは別の話ではないか?」

 それは最もな疑問であろう。
 私はアスラの言葉に素直に頷く。

「通用はせんだろうな。仮初の腕と目を手に入れたとは言え、今の我が力は以前に比べるべくも無い。しかし、魔術であるならば近づかずとも奴の注意を引く事くらいは出来る筈だ」

 特に、理性を失って動くものを衝動的に行動することしか出来ない“古の獣”相手なら尚更だ。

「竜人が最強の生物など所詮おとぎ話の中だけだ」

 私の言葉に魔神を除く全ての視線が集中する。

「竜人は滅び、我らが種として生き残ったのは何故か? それは単純な力ではない何かが、竜人にはない何かが、我らの方が優れているからに他ならぬ」

 魔人には竜人程の魔力は持たないが、代わりに魔術という技術を用いる事ができる。
 獣人には竜人程の身体は持たないが、代わりに生き残るために必要な繁殖力を手にいれた。

 そして──

 ──人族は、竜人の持ち得なかった・・・・・・・・・・心という名の力を持っていた・・・・・

 1つの種族が3つに別れたのでは無かったのだ。
 2つに分かれた種族が、別のルーツを辿った種族と交わる事で、その後の世界を作り上げたのだ。

 魔人は人の心を手に入れる事で魔力の制御法を。
 獣人は人の心を手に入れる事で身体の制御法を。
 人は2つの種族と交わる事で、2つの種族の特性をほんの少しだけ受け継いだ。

 だから、3つの種族は同じルーツ・・・・・を辿った人族と言われたのだと思う。
 変化した環境に対応するために、互いに手を取り合った我々の祖先。
 その祖は、決して目の前の化物なのではない。
 それは──

「では行こうかテオドミロ。あの時話した我が願い。今度こそ果たさせてもらう」
「……願い……だって?」
「ああ」

 ──きっと、人族の身でありながら魔人の力を手にした魔神が見せてくれるだろう。

「我は願った。お前達・・・が最強の魔術を完成させる日が来る事を。その瞬間をこの目で見る事が出来るのだ」

 心を持たず、魔と獣の力しか持たない存在を。

「それも最高の特等席でな。期待しているぞ──最強の物質魔術師テオドミロ」

 魔と心を持った存在が、太古の王を乗り越える瞬間を。


~~~


 竜人の発生させる魔力の竜巻を引き裂いたのは、魔神が顕現させた魔力を込めた風の魔術の一薙だった。

「……思った通りであったな」

 魔力の鎧を取り払われた竜人は、今ではその狙いを魔神へと向けているが、当の魔神は顕現させた炎の剣で簡単に打ち払い、大地に穿った剣戟で、激しい火柱が舞い上がる。
 発生した火柱は魔術ではない。単純に炎の剣からこぼれ落ちた“完全に物質化した”炎が行き場を無くして溢れたに過ぎない。

「太古の魔人族が求め、そして届かなかった頂。魔力を顕現させる力を【物質】魔術と名づけた理由。その答えこそ、あの男が扱う力であるのだろう」

 通常の魔術であるならば魔力の供給が途絶えた所で魔力に戻り霧散するが、魔神の作り出す魔術はいつまでもその姿を残していた。
 炎が消える時は維持する可燃物が消失した時であるし、生み出した風は弱まるまでの間どこまでも漂い続け、水は大地に吸われ尽くすまでいつまでも流れ続けた。

 魔力を消費するのは発動する瞬間のみであり、発動した後は完全に物質化した力を振るうのみで良かった。
 だが、それでも膨大な魔力と身体をもつ竜人を消滅させるにはあと一歩足りなかった。

「……対等に渡り合っているが、このままでは魔力の差でこちらが不利だ。何か手はないのか? 魔神テオドミロ」

 無差別に放出された竜人の魔力を魔術の障壁でいなしながら発した私の問いに、魔神は顔を顰めながら答える。

「誰が魔神だ。一応あるにはあるけど、少しだけ時間がかかる。その間にあいつが俺以外の人間に向かったら厄介だから中々……」
「ふん。そんな事か」

 私は目の端でこちらに近づいてくる赤い影を捉えながら、両手に魔力を込めて、

「時間稼ぎは“我ら”に任せるがいい。貴様はその力を……最強の魔術を持って──」

 ありったけの身体強化を駆け抜けていくソードマスターに施し叫ぶ。

「あの化物を一太刀・・・でもって断ずるがいい!!」



~~~



「天空翔ける神の使いよ」

 俺の詠唱に反応するように凄まじい量の魔力が収束しながら右手に集まっていくのを感じる。

「勇者を助け、祝福を与える戦神の使いよ」

 思えばここまで長い道のりだった。
 戦いを求めた事が無かったとは言わないが、それでも静かな暮らしを求めていたのは本当だ。

「全てを浄化する聖なる光となりて」

 一歩一歩進む。
 目の前では嘗ての魔人族最強の男と、獣人となってしまったサイレントの王子が竜人に翻弄されながら、傷つきながらも必死に堪えてくれている。

「我が手に収まり全てを切り裂く刃となれ」

 歩んで来た道は寄り道ばかりだった。
 だけどそれが無駄だったとは言わない。言いたくない。
 例え、両親に合わせるといったレイラへの約束が果たせなかったとしても、俺はレイラとリディア。2人の代え難い家族を手に入れた。

「顕現せよ」

 俺のことを家族と認識して、俺の事を第一に考えてくれていたレイラ。
 たった一人の兄に劣等感を抱きながらも、俺と共にいる事で互いに足りない部分を補ってきたリディア。
 ……そういえば、俺に危機が訪れたら、必ず駆けつけるから、自分に危機が訪れたら必ず助けて欲しいと一方的に言っていたな。

「戦乙女の──神剣」

 掲げた右手に現れたのは物質的な質感だった。
 握り締めた金属の感触は掌に吸い付くようにフィットし、まるで初めからこの俺の為に作られた武器であるかのようで。
 
「……約束は果たせなかった。だけどこれからは違えない。お前が俺の心のどこに隠れていても、俺が必ず見つけてみせる。だからリディア。お前も俺を守ってほしい。俺が危機に陥った時、魔力という名の力を使って。何故ならこれは、この魔術の力の源は─」

 魔術で作り出した大剣を構え、2人の仲間が相手にしている竜人に狙いを定めて俺は叫ぶ。

「俺とリディア! 俺たち二人の魂に刻み付けられた本当の意味での繋がりだから!!」



~~~



「!! 引くぞアスラ!!」

 叫び声と共に感じた魔力の奔流に、私はこれまでの競り合いで傷だらけだった相棒に時間稼ぎの終了を知らせる。
 アスラも私の叫んだ意味を理解したのだろう。すぐさま後方に距離を取ると、防御の姿勢を取ってみせる。
 竜人の攻撃が先程からアスラに向けられていたからだが、それが無駄である事を私は既に知っている。

「おおおおおおおおおっ!」

 魔人とは思えない機動力をもって突撃するのは1柱の魔神。
 両手に携えるのは純白の刃を持つ一振りの大剣。
 その大剣はひと振り毎に竜人の魔力の風を引き裂き、遂には竜人の右腕を切り飛ばした。

 ひと振り毎に煌く魔力の尾を残した神剣は、全ての物質を切り裂く刃となって古の存在を、その魂ごと切り裂いていく。

「……馬鹿な……」

 魔力の風が衰えていった為に雑音が少なくなったからなのか、それとも、魂が削られていく事で本来の魂が顔を出したのかはわからない。
 しかし、これまで無表情で無慈悲な攻撃を加えていた竜人の口からハッキリとした感情の篭る声が漏れた。

「竜人は最強の存在だった筈だ。それがこんな……たかが魔人如きに遅れを取るなど──」
「竜人が最強など、笑えない冗談だ」

 右腕に続き左腕も切り飛ばされ、空中に逃げようとしたところを“操っていた魔力”まで切り裂かれて大地に落とされた竜人に向かって私は言う。

「真に竜人が最強であったなら、この世から消えたりなどしなかった。己の力を2つに割ったのはこの世界で生き残るためにほかならない。貴様には聞こえないのか? この谷に充満する竜人達の悲しみの声が。そして、後の世に生きていく事になる、己の分身達に向けた慈愛の声が」
 
 今まさに私の耳に飛び込んでくる声を聞くことが出来ているのなら、あの男にも私の言いたい事がわかるはずだ。

「聞こえるはずだ今ならば。この時、この場所ならば、“耳がいいだけの精霊魔術師”でなかったとしても。己の身を犠牲にしてまで残したかった未来は、貴様が目指しているものなのではない」

 耳に入るのは深い悲しみ。

 愛すべき子供達が愚かな戦いを繰り広げる光景を目にして。

「……馬鹿な……」

 攻撃は止まらない。それは竜人、魔神共に変わらぬ事だが、竜人の攻撃は先程までと比べると明らかに鈍っていた。

「……馬鹿な……そんな馬鹿な……このような事信じられるものか……愚かな3種の人類共に滅ぼされ、無念の内に死んでいった先祖の想いを私は──」
「残念だが」

 両足を切り落とされ、その勢いのまま魔神に蹴り飛ばされ、崖に叩きつけられた竜人──いや、その身に3種の人族の血を宿した混血児・・・は、続けて放たれた氷の針の魔術に全身を縫い止められる。

「竜人は自ら滅んだのだ。貴様が行っているのは仇討ちでも何でもない。毎晩聞かされた寝物語を間に受けた未熟な子供の癇癪行為。いや──」

 魔神は白刃を振りかぶる。
 しっかりと形を持ったその魔術は、初めに竜人の閃光を切り伏せた魔術の刃とは違い周りに魔力をばら撒いてはいないが、収束されたその威力はそれまでの神剣とは比べ物にならない。

「──理由のない、唯の虐殺だよ」

 神剣が振り下ろされる。
 その瞬間、夥しい光量と共に奏でられた耳を劈く金属音は、周囲に漂っていた竜人達の残された声さえも切り伏せてしまったかのように次々とかき消していく。
 
 しかし、その一つ一つをこの場にいた私達全員が聞いていた事だろう。

 一人の竜人は我々に向かってお礼の言葉を。
 一人の竜人は我々に向かって不幸な血に翻弄された、先祖返りした子孫に対して謝罪を。
 一人の竜人は我々に向かってこの場で戦った俺達にに対して苦言を。
 一人の竜人は我々に向かって逞しく生きている事に対して激励を。
 そして。

 新たに加わった最後の竜人は我々に向かって──
 
 ──自らの過ちの謝罪と、この後の人類の行く末を託した。

 そんな彼らの遺言を聞きながら、我々はただ赤くなり始めた大空を見つめていた。
 魔人族となり、その生を極端に伸ばしてしまった、この世界でただ一人完成された物質魔術師となった魔神も、我々と同じように無言で大空を見上げていた。
 その手に消えずに残った神剣を持って。

 こうして──

 ──後の世に【沈黙の聖戦】と呼ばれた戦いは幕を閉じた──

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