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第40話 そして果たされた約束
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転移魔術を使う度に大事なものを失ってしまうと、リディアが口にしていたのはいつの事だっただろう。
初めて転移魔術を使った時は魔人としての存在意義を失い、二度目に使ったときは人としての尊厳を失った。
三度目は人の世で生きる為の制限を課せられ──
──四度目は己の命を失った。
「……完全に理性を失ったか」
右腕のみになってしまったリディアをその胸に抱きながら蹲っていた俺の頭上から声が聞こえる。
顔を上げると、獣と化してしまった右腕を中空に伸ばし、魔力のシールドを張っているシグルズが見えた。
「無様だな」
俺には一瞥もくれずにシグルズは告げる。
「人の心を失くし、暴れ回るだけの獣となった竜人に対して、獣人に成り果てても国を守る為に立ち向かう男と、兄を守る為に必死に食い下がる獣人の娘がいる中で、己の失敗を嘆き、行動を起こさぬとは……貴様は勇者ではなかったのか?」
シグルズの言葉にシールドの外に目を向けると、赤い光を纏った獣と、金色の光を纏った獣がもはや天災の域に達しているであろう竜人に挑みかかっていた。
「……勇者? いつ俺がそんな事を口にしたんだ? 俺が望んだのは家族の平穏だ。レイラと……リディアと。静かに暮らすことが出来たらそれでよかったんだ」
「……ふん。敵討ちの巻き添えにした。の間違いであろう」
俺の言葉にシグルズは舌打ちするとシールドを解く。
「本音を言えば貴様には相当期待していたのだがね。まさか、こうまで脆いとは我が瞳も相当に曇っていたのかもしれぬ」
「だから失ったのだろう」と続けるシグルズの言葉には侮蔑の色がはっきりと見え、本人もそれを隠そうともしていない。
だけど、それでいい。今の俺にはもう戦う理由が存在しない。
「……本当に不抜けたか。こんな男に我が左腕を潰されたなど、汚点以外の何者でもない。さらばだ臆病者。我が妹の腕を抱きながら、その場で死を待つが──」
「──あんたの妹だろう」
しかし、シグルズの口から妹の事が語られた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「リディアは! あんたの妹じゃないのか! その妹が死んだのに、お前は何も感じないのか!」
「感じぬな」
リディアの腕を抱いたまま顔を上げた俺が見たのは、毛ほどにも表情を動かさないシグルズの見下した瞳だった。
「貴様は何を勘違いしているのだ? ここは戦場だ。弱きものは死ぬ。あの時、我が貴様に敗れた戦いの折に言ったはずだぞ。力あるものは生き残り、強者と戦う権利を得る。リディアは死んで挑戦権を失い、貴様は自ら挑戦権を返上した。貴様こそ何も感じないのか?」
「お前は……お前は未だにそんな事を……勇者を殺して回っていた頃と結局何も変わっていないのか!」
「変わらぬさ」
俺の叫びにもシグルズは眉ひとつ動かさず。
「我は変わらぬ。変わるはずもない。我が名はシグルズ。物質魔術の行き着く先を目指すもの。精霊魔術の最奥を見出したにもかかわず逃げ出した貴様とは違うのだ」
それだけ言うと、シグルズは俺から背を向ける。
遠ざかる背中を見つめながら、俺は今度は引き止めることはしなかった。
何故だかわからないけど……。
最後にシグルズがリディアの腕に向けた瞳が黒く濁って見えたから……。
~~~
赤い閃光と金色の疾風が駆け抜けるも、竜人が作り出す魔力の渦に立ち向かうには力不足という他なかった。
私は両手に寄生させた魔獣の腕に魔力を乗せると、瞬時に編んだ構成を獣人二人にまとわりつかせた。
「すまんな。遅れた」
ほんの気休め程度の回復魔術であったが、多少は余裕が出来たのだろう。赤い獣──ソードマスターアスラは白い牙を見せながら私に問う。
「テオドミロと…………リディアはどうした?」
その身を獣に変えながらも、心配するのは他人の事か。
私は先程の精霊魔術師との違いに多少の皮肉を持って返した。
「我が妹はこの世を去り、件の精霊魔術師は負け犬へと堕ちた。共にこの戦場に戻る事はあるまい」
「……そうか」
しかし、一見他人の心配をしているだけだと思ったアスラの態度を見て、私は己の間違いに気が付く。
奴は……この目の前の赤毛の勇者はただ、確認しただけなのだ。この戦いの戦力が今どれくらいあるのかとう言うことを。
「ならば、我等のみであの化物を抑えるしかあるまい。勝算がないわけでもないしな」
「ほう?」
魔鎧を赤く発光させ、迫り来る魔力の塊を拳で殴り飛ばしながら、赤毛の勇者は勝算とやらを口にする。
「奴がリディアを殺ってから、奴の攻撃が散漫になった。恐らく竜人とやらの邪気に精神が汚染されたのだろう。ならば、あれと同等の攻撃を打ち続ければ、勝手に自滅する筈だ」
それは終始竜人と接近戦をし続けているアスラだからこそ感じた事だろう。しかし、それが実現できるかはまた別の話だ。
「竜の閃光と同等の攻撃を何度も? いかに貴様が強くとも、あれを何度も避けられるとも思えんが……それとも、弱者を囮として利用するか?」
魔術のシールドをピンポイントで展開しながら攻撃をさばきつつ、精霊魔術師に目を向けた私の言葉は半分は冗談からだったのだが、目の前の勇者のセリフは私の予想を超えていた。
「それが必要ならそうするまで」
それでこそ勇者だ。
そう賞賛を贈ろうとした私の言葉を止めたのは、まだ若い獣人の娘だった。
「お兄ちゃんは弱者じゃないっ!」
金色の髪と瞳に、赤く染まった両の拳で飛び交う魔力を打ち砕き、少女は叫ぶ。
「お兄ちゃんは約束したもん! ずっと一緒にいてくれるって! 確かにあいつは死んだかも知れない。でも、お兄ちゃんは何時だって……」
勇者でさえ堪えるだけで手一杯であるはずの弾幕の中で泣きながら。
「本当は知ってた。お兄ちゃんがずっと一緒に居たい人が誰かって! でも、レイラは、レイラにはもうお父さんもお母さんもいなかったから! お兄ちゃんしかいなかったからっ!」
ジリジリと前進する金色の獣に戦慄しながら、アスラと私は自然に動く。
この戦力の中で最も突破力のあるのはあの金色の獣だ。
私は黒槍の魔術を展開する準備を始め、アスラは獣人の娘のフォローに入る。
「ホントはお母さん達に会えなくて寂しかったのに、お兄ちゃんだけいればいいって嘘ついて……。あいつからお兄ちゃんを遠ざけて! でもっ! ホントは知ってた! いつも泣いていたのはホントはお兄ちゃんだったって! だからレイラは! レイラはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
魔力が爆発し、金色の獣の右拳に小さな竜巻が表れる。
それは余りにも濃密で、触れるもの全てを打ち砕く破壊の力だった。
そして疾風は駆ける。
赤い軌跡を残した金色の疾風は、赤い獣の援護の元に、人在らざる者の作り出した竜巻めがけて突進する。
しかし──
竜巻に触れた瞬間に飛び出した“純粋な魔力の刃”は、金色の獣を容赦なく吹き飛ばす。
「……いつでも……いい子で……」
体が割けなかったのは奇跡が偶然か。
いや、きっと小さな“勇者”の勇気が一薙で命が失われる事を拒んだのだろう。
だが、恐らく次はない。
竜の閃光の余波を浴びたアスラは白い刃に続き赤い刃も失い、大きく体勢を崩している。
私の方も少ない魔力で魔槍の魔術を編むには時間が足りず、今発動しても“2撃目”を撃ち落とす事は出来ないだろう。
少女に向けた竜人の瞳に生気は無く、ただ、目の前の“虫”を撃ち落とす為に右手の手刀を落とそうとする寸前だ。
もはやこれまでか──。
私は即座に獣人の娘と赤毛の勇者を囮として、最後の魔術を“妹の仇”に打ち込む事にする。
なんて事はない──。
「妹の味わった痛み、その身でしかと受け止めよ!」
──精霊魔術師の事を言う権利など私にはない。
肉親の死に非常になりきれぬ私こそ、真の意味での弱者なのだから。
「漆黒の──」
しかし、自身の命の最後の一滴まで注ぎ込んだ魔術の詠唱を唱え終わる前にそいつは唐突に現れた。
──むせ返るような魔力と、竜人さえ凌ぐ存在感と共に。
~~~
「……レイラ……」
一筋の閃光が奔り、小さな少女が舞い上がる姿が見える。
──本当にいいの?
脳裏に響くのは心が弱い俺が作り出した幻覚の声。
──このまま逃げていたら本当に大切なモノがなくなっちゃんだよ?
大切なモノ?
大切なモノって何だ?
本当に大切なものはもうなくなってしまったよ。
──そんなことない。
あるんだよ。
俺は約束したんだ。
お前にとっての帰る場所になるって。
でも、それは叶えられなかった。
──そんなことない。
助けられなかった。
俺が仇討ちなんかにこだわらなければ、フィリスの頼みを聞かなければ、こんな事にはならなかった。
レイラだって巻き込まずに済んだ。
──そんなことない。
俺が。
俺が全部悪いんだ。
俺が何もしなければこんな事にはならなかったんだ。
俺が掟を守らなかったから故郷の人たちは死んだ。
俺がレアンドロにあわなければレイラはこんな俺についてこなかった。
俺が仇討ちにこだわらなければリディアだってこんな所で──
──そんなことないっ!
幻覚の声はいつしか俺の心を蹂躙し、その愛しい声が俺の感情を崩壊させる。
──思い出してテオ。
思い出す?
一体何を思い出せというのか?
──あたし達が約束したあの夜の事を。
……綺麗な夜だったな。
星が煌き、隣には紅い瞳をした君がいて……。
──ずっと一緒にいると約束したね。
そうだ。
ずっと一緒にいると約束したのに俺は……。
──でも、永遠なんてない。いつか一人で生きていくことになる……って。
魂で繋がっているのに……って嫉妬していたっけな。
──そうだよ。そして、あなたはその時言ったんだよ?
……ああ……そうだ。
確かに言った。
──ずっと。ずっと先。
俺が寿命で死ぬその時まで。
『お前の傍で力になる』
~~~
大地を引き裂く竜の閃光。
その強大な力を引き裂いたのはその上をいく圧倒的な魔力……いや、魔術だった。
「馬鹿な……あれは……あの魔術は……」
天空に伸びた光の帯。
大地を、いや、空間さえも切り裂いたかと錯覚するような純白の魔力の刃を見たのは、魔人としての生を受けてから2度目だった。
私は背後を振り返る。
そこに立っていたのは一人の男。
薄汚れた新緑の鎧に身を包み、魔力の残光が残る右腕を竜人に向けている。
向ける瞳は真っ赤に染まり、爆風で揺れる黒髪から、少し尖った耳が覗いていた。
「その姿……まさか、魔人……か? いや、しかし……」
私は自分が混乱していることを自覚する。
私の中の経験が、目の前にいる男の容姿、魔力量など全ての条件が魔人のそれと符号する。
しかし、人間が魔人化するなど長い人類の歴史の中でも聞いた事がない。
だが、魔人になる──という事以外の例ならば──
「まさか……精霊憑依……とでもいうのか?」
普通ならば種族が違うとは言え、同じ人族である魔人が精霊になるなど考えられないが、それは魂が輪廻の流れに戻ると考えられているからだ。
ならば──
──死んだ直後に精霊として召喚したらどうなるのか。
「……ずっと一緒だ。俺達は」
魔人と化した男が独りごちる。
「だから、今一度誓おう。この命が尽きるまで、ずっと、ずっと」
まるで誰かに語りかけるように喋りながら、再び魔力の篭った右手を天空に掲げ、両の瞳を赤く焦がして。
「お前の傍で力になる」
生気を取り戻したその男の背後では、微笑みを浮かべたリディアが寄り添っているのが見えたような気がした。
初めて転移魔術を使った時は魔人としての存在意義を失い、二度目に使ったときは人としての尊厳を失った。
三度目は人の世で生きる為の制限を課せられ──
──四度目は己の命を失った。
「……完全に理性を失ったか」
右腕のみになってしまったリディアをその胸に抱きながら蹲っていた俺の頭上から声が聞こえる。
顔を上げると、獣と化してしまった右腕を中空に伸ばし、魔力のシールドを張っているシグルズが見えた。
「無様だな」
俺には一瞥もくれずにシグルズは告げる。
「人の心を失くし、暴れ回るだけの獣となった竜人に対して、獣人に成り果てても国を守る為に立ち向かう男と、兄を守る為に必死に食い下がる獣人の娘がいる中で、己の失敗を嘆き、行動を起こさぬとは……貴様は勇者ではなかったのか?」
シグルズの言葉にシールドの外に目を向けると、赤い光を纏った獣と、金色の光を纏った獣がもはや天災の域に達しているであろう竜人に挑みかかっていた。
「……勇者? いつ俺がそんな事を口にしたんだ? 俺が望んだのは家族の平穏だ。レイラと……リディアと。静かに暮らすことが出来たらそれでよかったんだ」
「……ふん。敵討ちの巻き添えにした。の間違いであろう」
俺の言葉にシグルズは舌打ちするとシールドを解く。
「本音を言えば貴様には相当期待していたのだがね。まさか、こうまで脆いとは我が瞳も相当に曇っていたのかもしれぬ」
「だから失ったのだろう」と続けるシグルズの言葉には侮蔑の色がはっきりと見え、本人もそれを隠そうともしていない。
だけど、それでいい。今の俺にはもう戦う理由が存在しない。
「……本当に不抜けたか。こんな男に我が左腕を潰されたなど、汚点以外の何者でもない。さらばだ臆病者。我が妹の腕を抱きながら、その場で死を待つが──」
「──あんたの妹だろう」
しかし、シグルズの口から妹の事が語られた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「リディアは! あんたの妹じゃないのか! その妹が死んだのに、お前は何も感じないのか!」
「感じぬな」
リディアの腕を抱いたまま顔を上げた俺が見たのは、毛ほどにも表情を動かさないシグルズの見下した瞳だった。
「貴様は何を勘違いしているのだ? ここは戦場だ。弱きものは死ぬ。あの時、我が貴様に敗れた戦いの折に言ったはずだぞ。力あるものは生き残り、強者と戦う権利を得る。リディアは死んで挑戦権を失い、貴様は自ら挑戦権を返上した。貴様こそ何も感じないのか?」
「お前は……お前は未だにそんな事を……勇者を殺して回っていた頃と結局何も変わっていないのか!」
「変わらぬさ」
俺の叫びにもシグルズは眉ひとつ動かさず。
「我は変わらぬ。変わるはずもない。我が名はシグルズ。物質魔術の行き着く先を目指すもの。精霊魔術の最奥を見出したにもかかわず逃げ出した貴様とは違うのだ」
それだけ言うと、シグルズは俺から背を向ける。
遠ざかる背中を見つめながら、俺は今度は引き止めることはしなかった。
何故だかわからないけど……。
最後にシグルズがリディアの腕に向けた瞳が黒く濁って見えたから……。
~~~
赤い閃光と金色の疾風が駆け抜けるも、竜人が作り出す魔力の渦に立ち向かうには力不足という他なかった。
私は両手に寄生させた魔獣の腕に魔力を乗せると、瞬時に編んだ構成を獣人二人にまとわりつかせた。
「すまんな。遅れた」
ほんの気休め程度の回復魔術であったが、多少は余裕が出来たのだろう。赤い獣──ソードマスターアスラは白い牙を見せながら私に問う。
「テオドミロと…………リディアはどうした?」
その身を獣に変えながらも、心配するのは他人の事か。
私は先程の精霊魔術師との違いに多少の皮肉を持って返した。
「我が妹はこの世を去り、件の精霊魔術師は負け犬へと堕ちた。共にこの戦場に戻る事はあるまい」
「……そうか」
しかし、一見他人の心配をしているだけだと思ったアスラの態度を見て、私は己の間違いに気が付く。
奴は……この目の前の赤毛の勇者はただ、確認しただけなのだ。この戦いの戦力が今どれくらいあるのかとう言うことを。
「ならば、我等のみであの化物を抑えるしかあるまい。勝算がないわけでもないしな」
「ほう?」
魔鎧を赤く発光させ、迫り来る魔力の塊を拳で殴り飛ばしながら、赤毛の勇者は勝算とやらを口にする。
「奴がリディアを殺ってから、奴の攻撃が散漫になった。恐らく竜人とやらの邪気に精神が汚染されたのだろう。ならば、あれと同等の攻撃を打ち続ければ、勝手に自滅する筈だ」
それは終始竜人と接近戦をし続けているアスラだからこそ感じた事だろう。しかし、それが実現できるかはまた別の話だ。
「竜の閃光と同等の攻撃を何度も? いかに貴様が強くとも、あれを何度も避けられるとも思えんが……それとも、弱者を囮として利用するか?」
魔術のシールドをピンポイントで展開しながら攻撃をさばきつつ、精霊魔術師に目を向けた私の言葉は半分は冗談からだったのだが、目の前の勇者のセリフは私の予想を超えていた。
「それが必要ならそうするまで」
それでこそ勇者だ。
そう賞賛を贈ろうとした私の言葉を止めたのは、まだ若い獣人の娘だった。
「お兄ちゃんは弱者じゃないっ!」
金色の髪と瞳に、赤く染まった両の拳で飛び交う魔力を打ち砕き、少女は叫ぶ。
「お兄ちゃんは約束したもん! ずっと一緒にいてくれるって! 確かにあいつは死んだかも知れない。でも、お兄ちゃんは何時だって……」
勇者でさえ堪えるだけで手一杯であるはずの弾幕の中で泣きながら。
「本当は知ってた。お兄ちゃんがずっと一緒に居たい人が誰かって! でも、レイラは、レイラにはもうお父さんもお母さんもいなかったから! お兄ちゃんしかいなかったからっ!」
ジリジリと前進する金色の獣に戦慄しながら、アスラと私は自然に動く。
この戦力の中で最も突破力のあるのはあの金色の獣だ。
私は黒槍の魔術を展開する準備を始め、アスラは獣人の娘のフォローに入る。
「ホントはお母さん達に会えなくて寂しかったのに、お兄ちゃんだけいればいいって嘘ついて……。あいつからお兄ちゃんを遠ざけて! でもっ! ホントは知ってた! いつも泣いていたのはホントはお兄ちゃんだったって! だからレイラは! レイラはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
魔力が爆発し、金色の獣の右拳に小さな竜巻が表れる。
それは余りにも濃密で、触れるもの全てを打ち砕く破壊の力だった。
そして疾風は駆ける。
赤い軌跡を残した金色の疾風は、赤い獣の援護の元に、人在らざる者の作り出した竜巻めがけて突進する。
しかし──
竜巻に触れた瞬間に飛び出した“純粋な魔力の刃”は、金色の獣を容赦なく吹き飛ばす。
「……いつでも……いい子で……」
体が割けなかったのは奇跡が偶然か。
いや、きっと小さな“勇者”の勇気が一薙で命が失われる事を拒んだのだろう。
だが、恐らく次はない。
竜の閃光の余波を浴びたアスラは白い刃に続き赤い刃も失い、大きく体勢を崩している。
私の方も少ない魔力で魔槍の魔術を編むには時間が足りず、今発動しても“2撃目”を撃ち落とす事は出来ないだろう。
少女に向けた竜人の瞳に生気は無く、ただ、目の前の“虫”を撃ち落とす為に右手の手刀を落とそうとする寸前だ。
もはやこれまでか──。
私は即座に獣人の娘と赤毛の勇者を囮として、最後の魔術を“妹の仇”に打ち込む事にする。
なんて事はない──。
「妹の味わった痛み、その身でしかと受け止めよ!」
──精霊魔術師の事を言う権利など私にはない。
肉親の死に非常になりきれぬ私こそ、真の意味での弱者なのだから。
「漆黒の──」
しかし、自身の命の最後の一滴まで注ぎ込んだ魔術の詠唱を唱え終わる前にそいつは唐突に現れた。
──むせ返るような魔力と、竜人さえ凌ぐ存在感と共に。
~~~
「……レイラ……」
一筋の閃光が奔り、小さな少女が舞い上がる姿が見える。
──本当にいいの?
脳裏に響くのは心が弱い俺が作り出した幻覚の声。
──このまま逃げていたら本当に大切なモノがなくなっちゃんだよ?
大切なモノ?
大切なモノって何だ?
本当に大切なものはもうなくなってしまったよ。
──そんなことない。
あるんだよ。
俺は約束したんだ。
お前にとっての帰る場所になるって。
でも、それは叶えられなかった。
──そんなことない。
助けられなかった。
俺が仇討ちなんかにこだわらなければ、フィリスの頼みを聞かなければ、こんな事にはならなかった。
レイラだって巻き込まずに済んだ。
──そんなことない。
俺が。
俺が全部悪いんだ。
俺が何もしなければこんな事にはならなかったんだ。
俺が掟を守らなかったから故郷の人たちは死んだ。
俺がレアンドロにあわなければレイラはこんな俺についてこなかった。
俺が仇討ちにこだわらなければリディアだってこんな所で──
──そんなことないっ!
幻覚の声はいつしか俺の心を蹂躙し、その愛しい声が俺の感情を崩壊させる。
──思い出してテオ。
思い出す?
一体何を思い出せというのか?
──あたし達が約束したあの夜の事を。
……綺麗な夜だったな。
星が煌き、隣には紅い瞳をした君がいて……。
──ずっと一緒にいると約束したね。
そうだ。
ずっと一緒にいると約束したのに俺は……。
──でも、永遠なんてない。いつか一人で生きていくことになる……って。
魂で繋がっているのに……って嫉妬していたっけな。
──そうだよ。そして、あなたはその時言ったんだよ?
……ああ……そうだ。
確かに言った。
──ずっと。ずっと先。
俺が寿命で死ぬその時まで。
『お前の傍で力になる』
~~~
大地を引き裂く竜の閃光。
その強大な力を引き裂いたのはその上をいく圧倒的な魔力……いや、魔術だった。
「馬鹿な……あれは……あの魔術は……」
天空に伸びた光の帯。
大地を、いや、空間さえも切り裂いたかと錯覚するような純白の魔力の刃を見たのは、魔人としての生を受けてから2度目だった。
私は背後を振り返る。
そこに立っていたのは一人の男。
薄汚れた新緑の鎧に身を包み、魔力の残光が残る右腕を竜人に向けている。
向ける瞳は真っ赤に染まり、爆風で揺れる黒髪から、少し尖った耳が覗いていた。
「その姿……まさか、魔人……か? いや、しかし……」
私は自分が混乱していることを自覚する。
私の中の経験が、目の前にいる男の容姿、魔力量など全ての条件が魔人のそれと符号する。
しかし、人間が魔人化するなど長い人類の歴史の中でも聞いた事がない。
だが、魔人になる──という事以外の例ならば──
「まさか……精霊憑依……とでもいうのか?」
普通ならば種族が違うとは言え、同じ人族である魔人が精霊になるなど考えられないが、それは魂が輪廻の流れに戻ると考えられているからだ。
ならば──
──死んだ直後に精霊として召喚したらどうなるのか。
「……ずっと一緒だ。俺達は」
魔人と化した男が独りごちる。
「だから、今一度誓おう。この命が尽きるまで、ずっと、ずっと」
まるで誰かに語りかけるように喋りながら、再び魔力の篭った右手を天空に掲げ、両の瞳を赤く焦がして。
「お前の傍で力になる」
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