御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第四章 新生活は足りないものが多すぎる

エピローグ

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「在籍確認……ですか?」
「ああ。そうだ」

 休み明けの月曜日の夕方の喫煙室で、この日俺は仕事終わりに社長に呼ばれてここまで連れてこられていた。
 ちなみに、現場の人達は仕事が終わるとさっさと帰ってしまう人が多いので、この時間に残っているのは事務系の人達ばかりだ。
 そして、事務系の人達の中で喫煙者は社長しかいなかったから、社長がこの場所に俺を連れてきた時点であまり他の人には聞かれたくない話をしたいのだろうという事はわかった。

「実はお前には黙ってたが……お前が入社面接に来た時に前の会社に勤怠についての確認の電話を入れてたんだよ。言い訳になっちまうが、こういう地域は面倒な奴は本当に面倒だから、変な奴をいれると後が怖いんだ。事後報告の形になっちまうが、すまなかった」
「いや、それは別にいいんですけど……」

 頭を下げる社長に俺は気にしていない旨を伝える。そもそも、面接時の書類に入社前調査の同意書があった時点で前職への確認作業が行われる可能性は考えていた。
 特に痛むものは無かったので気にしなかっただけだ。

「まあ、こうしてお前を採用した時点で相手方がどういう対応をしてきたかは分かってんだろう? あちらの会社のお前の直属の上司だったって人な。すげえ心配してたわ。で、もしも採用するのであれば、そっちでブレーキをかけてやってくれって頼まれた。それ聞いて余程ひどい環境でやってたんだなって思ったよ」

 椅子に座って苦笑した社長に習うように俺も対面に座ると、社長は胸ポケットから一枚のメモ帳を取り出して一転して渋い顔になる。

「で、話は戻るんだが、それが原因で知られたのかもしれんが、別口でお前の在籍確認があった。こいつは他に用件もなく、本当に在籍確認だけだった。女の声で名前は佐藤。知ってる奴いるか?」

 社長の言葉に俺は自分の交友関係を考える。
 佐藤なんてありふれた苗字だから、過去の友人知人や、取引関係者まで含めれば結構な人数になる。
 そこから、俺の前職と関係し、性別が女性。そこまで絞って候補が3人。最も、これは俺が覚えている人間に限った事で、あちらが一方的に知っているとなる事は度外視してだが。

「流石に佐藤という苗字の女性……と言う情報だけだと特定するまでは出来かねますね。名前は名乗らなかったのですか?」
「名乗らなかった。ただ、『元気でやっているかだけ知りたい』と言ってた。別に住所を聞いてくるわけでも連絡先を聞いてくるわけでもなく。元気でやってる事を話したらお礼を言ってそれっきりだ」
「そうですか……」

 ひょっとしたら親族の誰かだろうか? いや、飛び出してくるまでのやり取りと状況を考えたらそれはないだろう。
 流石に親族全員ではなく親類の中には俺よりの人間もいるにはいたが、その殆どが比較的年齢が若い人間ばかりだったので、そこまで行動力のある人間がいるとも思えない。
 そもそも、俺の知っている限り親類に佐藤姓の人間はいなかった。

「……面倒事か?」

 俺が考え込んでしまったからだろう。
 社長が鋭い目つきで俺を見つめてくる。
 さっき社長本人が言っていたが、このあたりの人間関係を考えると厄介事は持ち込まれたくないのだろう。
 だけど、そう思った俺の考えとは違い、社長は腕を組むと厳しい目のまま言ってきた。

「もしも、面倒事なら先ずは俺に話せ。こう見えても色々と便宜を図ってやれる立場にはいるつもりだからな。ある程度の事なら何とかしてやる」

 俺は顔を上げると社長の目を見る。
 それはとても真剣なもので、裏があるようには見えなかった。

「いや……悪いですよ。俺の厄介事に社長を巻き込むのは……」
「お前は俺の会社の従業員だ」

 だけど、社長は俺の言葉を遮るときっぱり告げる。

「お前を雇った時点でお前になんかあったら俺にも責任の一端はあるんだよ。だったら、最初から巻き込まれてやるだけやった方がいいだろうが。それにお前だって薄々気がついてるんだろ? どこに行ったって人間が居れば良い奴も悪い奴もいるもんだ。だったら、早め早めに自分の中で信用できる奴とそうでない奴を振り分けて対応する事は決して悪いことじゃない」
「…………」

 社長の言葉に俺は言葉が詰まる。
 そんな俺の様子を見て、社長は喫煙所に来てから初めてニヤリと笑った。

「何かあったら俺を頼れ。こいつは俺が面倒事に巻き込まれたくないから言ってるんだ。最も、それを判断するのはお前だ。お前が俺を信用できないと思うなら別に話さなくてもいい。ただ──いきなり会社に来なくなってそのままフェードアウトしたら恨むぜ?」

 軽口のように告げた社長の言葉に俺は笑う。
 それが、社長なりの気遣いだと気がついたからだ。

「大丈夫です。もしも退職するとしても筋は通すつもりです」
「まず、辞めて欲しくないって所だけは覚えとけよ?」

 そしてお互い笑い合い、挨拶をしてその場を後にする。
 しばらく歩いて振り返ると、タバコを咥えて考え事をしている社長の姿が見えた。
 きっと、俺がタバコを吸わない事を知っていたから俺がいる間は吸わないでいてくれたのだろう。

「……佐藤……か」

 俺の知り合いの中で該当したのは3人。
 そして、真っ先に脳裏に思い浮かんだのは1人。

「……まさか……だよな……?」

 俺は喫煙所に背を向けると車に向かって足を進める。
 初夏の日差しは17時でもまだまだ明るくて、ちょっと買い物をしてから帰ろうかという気分にさせた。
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