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第六章 俺は魔女の能力を侮っていたのかもしれない
06 檻に入れて可愛がるのはペットと変わりないだろう?
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朝晩はまだまだ冷える日が多いとは言え、太陽が中天に近づけば近づくほど初夏の日差しは季節相応に熱く厳しい。
そんな日差しの中をちょこまかと動く麦わら帽子を眺めながら、俺は家が作り出した影の中に置いたブロックの上に腰を下ろしてぼんやりしていた。
「本当によかったの?」
そんな俺に対して後ろから声をかけてきたのは俺の嫁を自称する猫耳娘ことリリだ。
両手にお盆を持ってその上には氷の浮かんだ茶色の液体が入ったグラスが乗っている。恐らく麦茶だろう。
「よかったも何も。本人がやりたいって言ってるんだから俺に止める権利も資格も無いだろ」
俺は差し出されたお盆から麦茶を手に取ると一口喉に流し込む。
日陰に入っているからとは言え蒸し暑くなってきた現在において、氷で冷やされた麦茶は非常に気持ちの良い感触を喉と胃袋に届けてくれた。
「違うよ。私が言いたいのは今回の姫様の“我が儘”の事じゃなくて──」
「それもわかってる。今まで頑なに俺が拒んできた、お前らを外に出す──誰かの目につくかも知れない行為を許して良かったのか? って事だろ?」
リリは俺の言葉に頷くと、ブロックの隣に置いてあった丸太を切った簡易的な椅子に座り、金髪の部屋のリフォームが終わった後に確認に来た千堂さんが何故か置いていった木製のテーブルの上にお盆を置いた。
ちなみに、丸太の上にはいつの間にか座布団が置いてあり、リリが比較的日常的に庭までは出ているのだろうという事が伺えた。
恐らく、認識阻害の魔術を使用しているのだろうが。
「確かに、お前の言う事に思わない部分がないわけでもない。少なくとも、お前らを他人に見せたくないと言ったのは他でもない俺なんだからな。でも──」
俺は草が生い茂った庭の中で揺れ動く麦わらぼうしに目を向ける。
既に草自体が少なくなってきたからだろう。草の中でしゃがんで鎌を振るっているのは青いジャージ姿の少女だった。金色の長い髪は今は麦わら帽子の中に収納してしまっているので、ぱっと見は中学生くらいの少女にしか見えない。
だが、その拙く、危なっかしい手つきを見ているだけで、このような事をやった事のない少女だという事くらいは誰の目にも明らかだろう。
まあ、金髪だから当然なのだが。
「──それでも、家の中に閉じ込めて、唯生かしているのは違うと思ったんだよ。引き籠もりでもあるまいし、本人が好き好んで中にいたいと口にしたわけでもないんだから尚更な。あいつは人間なんだ。人である以上、こっちの都合で檻に閉じ込めているのも違うと思わないか? 犬猫じゃないんだ。檻に入れて可愛がるのはペットと変わりないだろう?」
俺の言葉にリリは尻尾と耳を意味深に動かしながら見つめてくる。
……別にお前の事を比喩したわけじゃないんだけど。
なんとも、口にした後に気不味い気分になってしまったが、特に俺に悪気がないとわかって……くれたのだろうと信じるが、リリはなんとも『仕方ない』とばかりに溜息をついてみせた。
「まあ……確かに遅いか早いかの違いでしか無かったかもね。どうせ見つかるならいきなり遭遇するより、先に言い訳を考えられる現状でって事?」
「全くそのとおりってわけじゃないが、概ねそんな所だ」
俺は額の汗を拭くと右手を見る。
そこには先程まで振るっていた鎌を握っており、それは暑さと面倒くささからあの場からいち早く抜けてきた証明のように見えた。
そして、そうした行動は当然いつかはバレる事になり──
「……ぬ? 中々草が減らんと思っておったらユート! お主そこで何をしておる!? 一緒に畑を作ってくれると約束したではないか!!」
「うっせぇな。ちょっと休憩してただけだろうが」
「ちょっと!? ちょっとしかやってないの間違いじゃろ!? 見ろ!! お主の受け持ちを!! 全く減っておらんではないか!!」
「……いつの間に受け持ちなんて決めたんだよ? 初耳なんだが……」
俺が傍にいない事に気がついたのだろう。
立ち上がってこちらに向かって大騒ぎしている金髪に適当に返しながら仕方なく立ち上がる。
暑い事は暑いが、冷えた麦茶を飲んで多少とはいえ元気は出た。
休みの日に何で泥いじりなどしなければならないのかという理不尽さは感じるが、せっかくやる気になった金髪の望みを無下にするのも忍びない。
「……本当に畑なんか出来るの?」
そんな俺の背に向かって、リリが理解しがたい色を含んだ声を向ける。
確かに、それは俺も大いに思うところである。
適当にそのへんの土をいじって畑が出来るのならそんな簡単なことはない。
でもまあ……。
「さあ。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。流石に俺も農業の知識なんかないからさっぱりだけど、家庭菜園レベルだったら出来なくもないんじゃないか? 位には思ってる。そもそも、俺は肉体労働の手伝いはするが、やり方を考えるのはソニアだ。あいつが自分で調べて自分でやって、それで結果が出るなら別にそれが成功でも失敗でもいいじゃないか」
俺は振り返らずにそう告げると、鎌を振りつつ金髪にジェスチャーで戻ると伝える。
すると、金髪は多少俺に避難の目を向けながらも、すぐにしゃがんで目の前の草を刈り始めた。
多分、あいつは明日筋肉痛で悶えるんだろうな。明日が面白そうだから今の時点では教えないけど。
「……失敗しても何も世界が終わるわけでも誰かが死ぬわけでもない。失敗を恐れず何かが出来る事ほど幸せな事はないと思うよ」
「…………」
それだけ口にすると俺もしゃがんで目の前の草の根の辺りを刈り取る。
近づいてしゃがんでしまえば金髪の姿は見えなくなるが、その物音だけはよく聞こえるようになったため、その不器用な草刈りも想像できる。
すると、その草刈の音が唐突に止んだ。
「……何じゃ」
不機嫌そうな金髪の声。
「姫様も少し疲れたでしょう? 冷たい麦茶を用意したから少し日陰で休んでいいよ。その間私が代わりにやっておくから」
そして、金髪にかけられるリリの声。
俺は手を止め草の隙間から声のした方に横目を向けると、そこにいたのは笑顔で右手を差し出すリリの姿だった。
金髪が朝食後に『畑を作りたい』宣言をしてから今まで、一切金髪に関わろうとしなかったリリの歩み寄りだった。
だが、残念ながら、そんなリリの好意の行動も、金髪が直後に目の前の草を乱暴に刈り取った音で文字通り刈り取られた。
「いらん。これは妾とユートの仕事じゃ。魔女の手なぞ借りんわ」
「ちょっと! 何でよ!」
何やら喧嘩を始めた二人に俺は呆れつつ、目の前の草を刈り取る。
首筋に当たる日差しを滲む汗と同時に感じながら、ふと、夏の日差しを浴びたのは何年ぶりの事だろうと益体もない事を考えていた。
そんな日差しの中をちょこまかと動く麦わら帽子を眺めながら、俺は家が作り出した影の中に置いたブロックの上に腰を下ろしてぼんやりしていた。
「本当によかったの?」
そんな俺に対して後ろから声をかけてきたのは俺の嫁を自称する猫耳娘ことリリだ。
両手にお盆を持ってその上には氷の浮かんだ茶色の液体が入ったグラスが乗っている。恐らく麦茶だろう。
「よかったも何も。本人がやりたいって言ってるんだから俺に止める権利も資格も無いだろ」
俺は差し出されたお盆から麦茶を手に取ると一口喉に流し込む。
日陰に入っているからとは言え蒸し暑くなってきた現在において、氷で冷やされた麦茶は非常に気持ちの良い感触を喉と胃袋に届けてくれた。
「違うよ。私が言いたいのは今回の姫様の“我が儘”の事じゃなくて──」
「それもわかってる。今まで頑なに俺が拒んできた、お前らを外に出す──誰かの目につくかも知れない行為を許して良かったのか? って事だろ?」
リリは俺の言葉に頷くと、ブロックの隣に置いてあった丸太を切った簡易的な椅子に座り、金髪の部屋のリフォームが終わった後に確認に来た千堂さんが何故か置いていった木製のテーブルの上にお盆を置いた。
ちなみに、丸太の上にはいつの間にか座布団が置いてあり、リリが比較的日常的に庭までは出ているのだろうという事が伺えた。
恐らく、認識阻害の魔術を使用しているのだろうが。
「確かに、お前の言う事に思わない部分がないわけでもない。少なくとも、お前らを他人に見せたくないと言ったのは他でもない俺なんだからな。でも──」
俺は草が生い茂った庭の中で揺れ動く麦わらぼうしに目を向ける。
既に草自体が少なくなってきたからだろう。草の中でしゃがんで鎌を振るっているのは青いジャージ姿の少女だった。金色の長い髪は今は麦わら帽子の中に収納してしまっているので、ぱっと見は中学生くらいの少女にしか見えない。
だが、その拙く、危なっかしい手つきを見ているだけで、このような事をやった事のない少女だという事くらいは誰の目にも明らかだろう。
まあ、金髪だから当然なのだが。
「──それでも、家の中に閉じ込めて、唯生かしているのは違うと思ったんだよ。引き籠もりでもあるまいし、本人が好き好んで中にいたいと口にしたわけでもないんだから尚更な。あいつは人間なんだ。人である以上、こっちの都合で檻に閉じ込めているのも違うと思わないか? 犬猫じゃないんだ。檻に入れて可愛がるのはペットと変わりないだろう?」
俺の言葉にリリは尻尾と耳を意味深に動かしながら見つめてくる。
……別にお前の事を比喩したわけじゃないんだけど。
なんとも、口にした後に気不味い気分になってしまったが、特に俺に悪気がないとわかって……くれたのだろうと信じるが、リリはなんとも『仕方ない』とばかりに溜息をついてみせた。
「まあ……確かに遅いか早いかの違いでしか無かったかもね。どうせ見つかるならいきなり遭遇するより、先に言い訳を考えられる現状でって事?」
「全くそのとおりってわけじゃないが、概ねそんな所だ」
俺は額の汗を拭くと右手を見る。
そこには先程まで振るっていた鎌を握っており、それは暑さと面倒くささからあの場からいち早く抜けてきた証明のように見えた。
そして、そうした行動は当然いつかはバレる事になり──
「……ぬ? 中々草が減らんと思っておったらユート! お主そこで何をしておる!? 一緒に畑を作ってくれると約束したではないか!!」
「うっせぇな。ちょっと休憩してただけだろうが」
「ちょっと!? ちょっとしかやってないの間違いじゃろ!? 見ろ!! お主の受け持ちを!! 全く減っておらんではないか!!」
「……いつの間に受け持ちなんて決めたんだよ? 初耳なんだが……」
俺が傍にいない事に気がついたのだろう。
立ち上がってこちらに向かって大騒ぎしている金髪に適当に返しながら仕方なく立ち上がる。
暑い事は暑いが、冷えた麦茶を飲んで多少とはいえ元気は出た。
休みの日に何で泥いじりなどしなければならないのかという理不尽さは感じるが、せっかくやる気になった金髪の望みを無下にするのも忍びない。
「……本当に畑なんか出来るの?」
そんな俺の背に向かって、リリが理解しがたい色を含んだ声を向ける。
確かに、それは俺も大いに思うところである。
適当にそのへんの土をいじって畑が出来るのならそんな簡単なことはない。
でもまあ……。
「さあ。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。流石に俺も農業の知識なんかないからさっぱりだけど、家庭菜園レベルだったら出来なくもないんじゃないか? 位には思ってる。そもそも、俺は肉体労働の手伝いはするが、やり方を考えるのはソニアだ。あいつが自分で調べて自分でやって、それで結果が出るなら別にそれが成功でも失敗でもいいじゃないか」
俺は振り返らずにそう告げると、鎌を振りつつ金髪にジェスチャーで戻ると伝える。
すると、金髪は多少俺に避難の目を向けながらも、すぐにしゃがんで目の前の草を刈り始めた。
多分、あいつは明日筋肉痛で悶えるんだろうな。明日が面白そうだから今の時点では教えないけど。
「……失敗しても何も世界が終わるわけでも誰かが死ぬわけでもない。失敗を恐れず何かが出来る事ほど幸せな事はないと思うよ」
「…………」
それだけ口にすると俺もしゃがんで目の前の草の根の辺りを刈り取る。
近づいてしゃがんでしまえば金髪の姿は見えなくなるが、その物音だけはよく聞こえるようになったため、その不器用な草刈りも想像できる。
すると、その草刈の音が唐突に止んだ。
「……何じゃ」
不機嫌そうな金髪の声。
「姫様も少し疲れたでしょう? 冷たい麦茶を用意したから少し日陰で休んでいいよ。その間私が代わりにやっておくから」
そして、金髪にかけられるリリの声。
俺は手を止め草の隙間から声のした方に横目を向けると、そこにいたのは笑顔で右手を差し出すリリの姿だった。
金髪が朝食後に『畑を作りたい』宣言をしてから今まで、一切金髪に関わろうとしなかったリリの歩み寄りだった。
だが、残念ながら、そんなリリの好意の行動も、金髪が直後に目の前の草を乱暴に刈り取った音で文字通り刈り取られた。
「いらん。これは妾とユートの仕事じゃ。魔女の手なぞ借りんわ」
「ちょっと! 何でよ!」
何やら喧嘩を始めた二人に俺は呆れつつ、目の前の草を刈り取る。
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