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第六章 俺は魔女の能力を侮っていたのかもしれない
エピローグ
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「ああ。その話?」
夕食後。少し人心地ついた俺に湯呑にお茶を注ぎながら、リリはまるで「やっと気づいたの?」と言いたげな苦笑を浮かべつつ自身も俺の隣に腰を下ろして自分の湯呑にもお茶を注ぎながら答えてくれた。
「姫様が外に出るようになってから【無意識回避】の魔術をこの家の周りにかけてるんだよ。大した事のない気休め程度の魔術だけどね」
「魔術? ようするに結界みたいなものか?」
「そんな大層な代物じゃないよ」
俺の疑問にリリはお茶を一口含んだ後に首を振ると、体を俺に向けてくる。
「例えばさ。旦那様も経験無い? 毎日毎日通ってる道だと、何か別の事を考えたりして意識してなくても自然といつも通りの道順で帰ってきたりする事」
「ああ。あるな。今日は買物しようかな? とか考えながら運転してたら、気がついたら帰宅してたりするあれだろう? で、買ってくると、まあいいかってなって結局行かないんだよな」
「……ちょっと。まさか私に黙って隠れて買い物したりしてないよね?」
俺の例え話にリリは形の良い眉を僅かに顰めて疑惑の視線を向けてくるが、俺は慌てて否定する。
「待て待て。例えばの話だ。例え話。そもそも、俺の行動はお前には筒抜けだろうが」
「まあ、そうだね」
それ以前に、無駄遣いできるほどの小遣いすらもらっていないのにどうやって買い物するというのか。流石に借金してまで買い物したいとかは思わないぞ。俺でも。
「話を戻すけど、要するにそう言う人間の無意識の行動にほんのちょっと干渉する事の出来る魔術なの。普段なんとなーく通ってる道を、なんとなーく避けちゃうようなそんな魔術。だから、はっきりとした意思を持ってこの家に向かってくる人に関しては効果が出ない気休めみたいなものなんだよ。使ってもあまりお腹も減らないし」
リリはそうやって簡単に言ってくるが、俺からすればそれはかなり凄い事なのではないかと思うのだが。
現に、この家の庭に興味を示していた真奈美ちゃん以外の人間は全てこの家を避けて歩いていたのだから。
「……いや。俺には魔法やら魔術の事なんかさっぱりだけど、改めてお前がすげえ奴なんだなって事はわかったわ」
「そうかなぁ? 本当に大した事ないんだけど」
さも本当に「大した事ない」という表情で首を傾げているリリだが、座布団からはみ出て床に垂れていた尻尾がピンと立っている辺りその心情も良くわかろうというもの。
そんなリリに目線を外し、対面の席に目を向けると、そこには大口開けて寝息を立てている眠り姫の姿があった。
ちなみに、先日購入してやったばかりのジャージを腕まくりした姿のまま大の字で眠りこけているその姿は、とても元王女のものとは思えなかったが。
「相変わらず神経の太い奴だな。以前プライバシーがどうのこうの言っていた奴がする行動とはとても思えん」
大好きなテレビも見ずに眠りこけている位だから余程疲れているのだろう。
小さい子が残りの体力も考えずに全力で動き回って、食事の最中に突然眠りこけてしまう現象に似ている。
最も、流石に夕食は全部平らげているあたりその辺の意識はあるのだろうが。
そんな俺の独り言に、リリは優しげな笑みを浮かべる。
「許して上げて。今までずっとやりたい事も出来なかったから、はしゃいでるだけだと思うから」
「別に怒ってるわけでも呆れてるわけでもねえよ」
俺は立ち上がると金髪の傍まで歩み寄りしゃがみ込む。
安心しきったその表情は、悪夢を見ているとは思えないほどに安らかなものだった。
「ただ、こうして毎日部屋まで運んでやらなきゃならないのが面倒なだけだ」
「そう言いつつ、姫様を抱き上げるのが嬉しいわけじゃないよね?」
「面倒だって言ってるだろうが」
急に目を細めてそんな事を言ってくるリリに苦笑しつつ、俺は金髪を抱き上げると溜息を一つ付く。
「……結局、二階の部屋に鍵を付ける意味はあったのかね?」
俺の呟きに、不機嫌な表情を一転させてリリは可笑しそうに小さな笑い声を上げ、そんなリリの横を抜けて二階に向かう。
俺の──俺達の新しい生活は、何となくそんな日常を繰り返しながらゆっくりとだが回り始めたような気がしていた。
そして、それは思いの外それ程悪いものでも無かった。
夕食後。少し人心地ついた俺に湯呑にお茶を注ぎながら、リリはまるで「やっと気づいたの?」と言いたげな苦笑を浮かべつつ自身も俺の隣に腰を下ろして自分の湯呑にもお茶を注ぎながら答えてくれた。
「姫様が外に出るようになってから【無意識回避】の魔術をこの家の周りにかけてるんだよ。大した事のない気休め程度の魔術だけどね」
「魔術? ようするに結界みたいなものか?」
「そんな大層な代物じゃないよ」
俺の疑問にリリはお茶を一口含んだ後に首を振ると、体を俺に向けてくる。
「例えばさ。旦那様も経験無い? 毎日毎日通ってる道だと、何か別の事を考えたりして意識してなくても自然といつも通りの道順で帰ってきたりする事」
「ああ。あるな。今日は買物しようかな? とか考えながら運転してたら、気がついたら帰宅してたりするあれだろう? で、買ってくると、まあいいかってなって結局行かないんだよな」
「……ちょっと。まさか私に黙って隠れて買い物したりしてないよね?」
俺の例え話にリリは形の良い眉を僅かに顰めて疑惑の視線を向けてくるが、俺は慌てて否定する。
「待て待て。例えばの話だ。例え話。そもそも、俺の行動はお前には筒抜けだろうが」
「まあ、そうだね」
それ以前に、無駄遣いできるほどの小遣いすらもらっていないのにどうやって買い物するというのか。流石に借金してまで買い物したいとかは思わないぞ。俺でも。
「話を戻すけど、要するにそう言う人間の無意識の行動にほんのちょっと干渉する事の出来る魔術なの。普段なんとなーく通ってる道を、なんとなーく避けちゃうようなそんな魔術。だから、はっきりとした意思を持ってこの家に向かってくる人に関しては効果が出ない気休めみたいなものなんだよ。使ってもあまりお腹も減らないし」
リリはそうやって簡単に言ってくるが、俺からすればそれはかなり凄い事なのではないかと思うのだが。
現に、この家の庭に興味を示していた真奈美ちゃん以外の人間は全てこの家を避けて歩いていたのだから。
「……いや。俺には魔法やら魔術の事なんかさっぱりだけど、改めてお前がすげえ奴なんだなって事はわかったわ」
「そうかなぁ? 本当に大した事ないんだけど」
さも本当に「大した事ない」という表情で首を傾げているリリだが、座布団からはみ出て床に垂れていた尻尾がピンと立っている辺りその心情も良くわかろうというもの。
そんなリリに目線を外し、対面の席に目を向けると、そこには大口開けて寝息を立てている眠り姫の姿があった。
ちなみに、先日購入してやったばかりのジャージを腕まくりした姿のまま大の字で眠りこけているその姿は、とても元王女のものとは思えなかったが。
「相変わらず神経の太い奴だな。以前プライバシーがどうのこうの言っていた奴がする行動とはとても思えん」
大好きなテレビも見ずに眠りこけている位だから余程疲れているのだろう。
小さい子が残りの体力も考えずに全力で動き回って、食事の最中に突然眠りこけてしまう現象に似ている。
最も、流石に夕食は全部平らげているあたりその辺の意識はあるのだろうが。
そんな俺の独り言に、リリは優しげな笑みを浮かべる。
「許して上げて。今までずっとやりたい事も出来なかったから、はしゃいでるだけだと思うから」
「別に怒ってるわけでも呆れてるわけでもねえよ」
俺は立ち上がると金髪の傍まで歩み寄りしゃがみ込む。
安心しきったその表情は、悪夢を見ているとは思えないほどに安らかなものだった。
「ただ、こうして毎日部屋まで運んでやらなきゃならないのが面倒なだけだ」
「そう言いつつ、姫様を抱き上げるのが嬉しいわけじゃないよね?」
「面倒だって言ってるだろうが」
急に目を細めてそんな事を言ってくるリリに苦笑しつつ、俺は金髪を抱き上げると溜息を一つ付く。
「……結局、二階の部屋に鍵を付ける意味はあったのかね?」
俺の呟きに、不機嫌な表情を一転させてリリは可笑しそうに小さな笑い声を上げ、そんなリリの横を抜けて二階に向かう。
俺の──俺達の新しい生活は、何となくそんな日常を繰り返しながらゆっくりとだが回り始めたような気がしていた。
そして、それは思いの外それ程悪いものでも無かった。
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