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075. 決死の追走
しおりを挟む「絶対に……絶対に見つけるから……!」
抱き寄せているリリナの頭に頬を当て、言い聞かすように言葉を放つ。
「リリナちゃんはここで待ってて。」
静かにしゃくり上げながら泣いているリリナからそっと離れ、
手紙をリリナの傍らに置き、スッと立ち上がる。
金色の瞳は少し潤んでキラキラと輝き、
明後日の方向を睨め付けている。
― 何だろう。
……。
分かる。
あっちにいる。
まだ……間に合う!!
目をかっと開くと突然走り出し、
木の戸で閉められた窓を開け放つ。
「絶対っ! 絶対連れ戻してみせるからっ!!」
リリナへ強い言葉を放つ。
驚いたリリナが一瞬目を丸くするも、
「……うん。」
涙を流しながら、強張る顔を笑顔に変え、返事をする。
それを確認したアシュリィの口角が少し上がる。
そして。
――バッ。
窓から飛び出し、樋を伝い、わずかな段差を利用して飛び跳ね
三階を越えて屋根へと着地する。
――たっ。
その座り込んだ恰好はまるで猫が虚空を見ているかのような様子で、
恐ろしいまでの、ある種の美しさを感じさせる。
― ……。
……分かる。
何でかは分からないけど。
絶対に……絶対に……っ!!
――ザッ!
力強く、超前傾姿勢の一歩を踏み出す。
瞬間的に速度を上げ、屋根から屋根へと渡り、走り出す。
風が髪や服を物凄い勢いで靡かせ、その瞳は一点だけを見つめている。
前傾の上半身が倒れ込む前に足を運び、
その揚力だけで姿勢を維持し、走り続けている。
異様なまでの二足走行は発達した猫の足としなやかな筋肉によるもので、
多少の障害物は咄嗟に手をつくことで対処している。
その光景は重力を感じさせず、飛び跳ね、壁を走るように三角飛びをし、
障害物を乗り越える際の手をつく動作を見逃せば、体が浮いている、
もしくは四足走行をしているのかとすら錯覚するほどだ。
普段の快活な彼女からは一変、まるで野生の獣が獲物を追いかけるかの如く
何物をも寄せ付けない圧を感じさせる。
― まだ……。
まだ……っ!!
渾身の力を入れて速度を上げる。
そして、町の端まで辿り着く。
屋根で物音に気付いて見上げるも、既に通り過ぎた後でその正体が分かる者はいなかった。
屋根からそのままの勢いで飛び出し、空中で姿勢を整え、
その柔らかな四肢を使い、衝撃を逃して着地する。
そして、勢いを殺すことなく走り出す。
来たことがない場所、見たことがない地形。
――しかし、この先にいる。
土を蹴り上げ、大岩や木の障害物は最小限の動きで躱して走り続けていく。
息が、苦しい。
無我夢中で走り続けた。
限界の勢いで走り続けて、足の感覚が分からなくなってくる。
足だけではない。指先という指先の感覚が分からない。
麻痺しているわけではないのだが、【そこにある何か】という感覚に陥っている。
どうやって走っているのか。どうやって走ってきたのか。
自分でも分からなくなってくる。
呼吸は……できているのか。
いつ、呼吸をしたのか。それすらも曖昧になっている。
でも、ここで止まるわけにはいかない。絶対に。
視界が狭まってくるのを感じる。
白い靄が徐々に視界の端を浸食してくる。
でも、絶対に……。 絶対に……っ!
やがて、巨躯を持つ狼の獣人の背中が見えてくる。
――
――窓からアシュリィが飛び出した直後。
一人、取り残されたリリナが寂しそうにぽつりと呟く。
「お手紙の内容、教えてほしかったな……。」
リリナの胸元から窓へと、認識できない程の何かの瞬きの残滓があり、
そして消えていった――。
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