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第17話・道徳観
しおりを挟む徹夜をしたら、辛いのは次の日の午前中ではなく午後だというのは、皆さんよくご存じの事だろう。
もちろん仕事にもよる。外回りの営業とかなら、体全体で覚醒を維持することもそれほど難しくないだろう。
(もちろんそれなりにはしんどいだろうが)
しかし、もしそれがデスクワークだったら。
しかも単純作業で。
それも単なる板の監視だったりしたら。もう最悪。
だから、ほんの一瞬意識を手放してしまったとしても、それは言うほど責められるべき事柄でないのは……
「って、言ってる端から寝てるし」
「はっ……」
呆れ顔の宇藤。俺の顔を覗き込みながら。
「仕事で来てるんでしょう? ならもうちょっと緊張感を持って……」
ここは、なろうヘッドがある地下室。
時刻は、ザラ場引け後の15時半。
「もちろん、そうしてるつもりだ、が……」
俺は今、部屋のほぼ真ん中で簡易な丸椅子に座らされて、黒衣装組から吊るし上げを食らっている。
座っているのに吊るし上げ……
「いまツマンナイこと考えたでしょ」
! こ、このニセ執事は読心術でもやってんのか?
「そんなことはアリマセン」
すると、宇藤は疑わし気な目を向けてきたが。
「……じゃあ、何故そんなに眠たいの」
と、矛先を変えてきた。
「だから、枕が変わると寝れないって……」
「そんなタマじゃないでしょアンタ」
言下に否定された。
つうか、なんでこんなに俺のことについて詳しいのか、ずっと気になってたが。
まあ、今はそれを問題とする場面じゃないだろう。
そう思って、本当の事を言った。
昨夜、気になって法帖老の事を検索したこと。
HJPに行き当たり、それも調べたこと。
HJPは、怪しい治験をしていること。
俺は、館ぐるみでクスリを盛られているかもしれないと思い至ったこと。
それで気になって寝れなかったこと。
「呆れた……」
文字通り呆れた顔で、宇藤。
「加治屋、論理の飛躍がある」
我慢できない、といった風で突っ込んでくるサラ。
「まあ、憶測の域を出ないものであるのは認めるが」
「でも、加治屋さんがそんな目で私たちを見ていたのは、ちょっとショックです」
少し残念そうな顔で、美原さん。
いや、そんな頭から悪者扱いはしてないが……
「でも、キミらも祢宜さんの淹れた紅茶は飲んでないし、おまけに朝食も断ってるようじゃないか?」
他人の事が言えるのか? と、問い返した。
すると、サラがそれに返答してきた。
「それは加治屋の思い込み。紅茶も朝食も、私たちが断ってるのは今朝加治屋が言ったのと全く同じ理由から」
ん? あの『待遇が良すぎて居心地が悪くなる』って、アレか?
単なる口から出まかせだったんだが。
「それでも、キミらが老人と結託してない理由にはならないだろ」
「理由?」
ちょっと呆気にとられたサラ。
続けて。
「わざわざ別の会社という後ろ盾がある人間を、誘いこんで陥れようとはしないもの。リスクがあり過ぎるから」
そりゃそうか。どうしてもというなら、そこらのフリーターを誘う方がよほど手っ取り早いからな。
「まあ、そりゃそうだが」
「そして、私たち宇治通の人間としては、やっと仲間になってもらったベンチマーカーを手放すわけにはいかないのです」
美原さんが受け継いで。
それもハイレベルな現役の設計士、とお褒めの言葉まで頂いて。
「それに、加治屋の言う通りなら昼食や夕食も自作しないといけなくなるし、そもそも食材の安全も担保できてないし」
サラがとどめを刺すように。
「いやそれは大丈夫だろ、あの双子たちにも同じものを食べさせてる時点で」
いくらなんでも、あんな小さな子たちを治験の被験者にはしないだろう。
法帖老がどんなに海千山千の妖怪でも、ねえ。
「だから朝食を、祢宜さんを疑った、と?」
宇藤が横から。
む、そういう風に言われると……
「まいった、降参だ」
十字砲火ならぬ三方向からの攻撃に両手を上げた。
白旗があればなお良しの状況だ。
しかし。
「加治屋、降参、じゃなくて」
サラに指摘される。
ああ、こんなことにも気づけない俺の脳はいま、ホントに回ってないんだな。
それをやっと実感できたので。
「ゴメン、美原さん、サラ、宇藤。ちょっとでも疑ってしまった。悪かった」
立ち上がって頭を下げた。
謂れのない疑いをかけられたのだから、いい気分ではなかっただろう。
「加治屋、ちがうよ」
ちょっと引き気味になったサラが。
「そういう時は、ギャフン、なんでしょ?」
宇藤が後を継いで。
「……違いない」
ギャフン、と付け加えた。
わたしもいつか使おう、と美原さんがこぼしたのが可愛かった。
この件、祢宜さんには、わざわざ言う必要は無いか。
明日の朝から朝食を作ってもらえば済むことだからな。
「しかしそうなるとだ」
ついでにこの際、気になってることをぶっちゃけることにした。
「例のピコピコの正体が、ますます不明になって不安なんだが」
いっその事、盛られたクスリが原因の幻覚だった、ってのならわかりやすくて良かったんだが。
「だからそれはアンタの見間違い……」
「いや課長、案外そうでもないのかも」
急にシリアスな表情に戻って、サラ。
「実は今日の後場、私も似たようなものを見たんだ」
え!? あのピコピコを?
「って、この地下の環境でもフル板を見れるのか?」
あれは、一般人側のPC用アプリケーションの筈。
こんなスーパーサーバに入れてていいシロモノじゃない筈だが。
「違う。私が見たのは、加治屋と課長を映すモニターで……」
ここで溜めを作って、サラ。
「二人の頭の上を、中学生くらいの女の子が横切ったとこ」
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