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第43話・明かされる伝説2

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「関西地盤の早河が、何故こんな関東の外れに工場を建てたかという所から」

 マスターは、テーブルに向かって話しているように見えた。
 だが、内容からチカは自分に質問をされたと思ったようで。

「え? ああ、創始者は元々東京の出身ですから、その流れでは……」

 と答えた。何故そんなことを訊くのか、という表情で。
 そこら辺は早河の社員なら常識の範囲なのだろう(俺は初耳だったが)。

「東京から離れすぎてますし、当時の創始者には縁も伝手も無かった筈です」
「そ、それは……きっと当時の好景気に乗る形で……」
「当時は不景気でした。その後の好景気は当時の人たちの頑張りの結果です」

 意外に深く突っ込まれて、チカはたじろいでいる。
 しかし、マスターは何を言わんとしてるんだろう?

「敷地の中には公園がありますね、古い城跡の。何故そんなものが有ると?」
「それは、それこそ昔からあるものだから……」
「あそこら辺は、戦争中には陸軍の飛行場があったのです。そこを使って」

 現在の国道4号線を通したのだと。
 早河の工場を建てたのは、どうやら戦後20年余り経ってからの事らしい。

「単に雑木林だったのですから、城跡を避けて敷地を作るのも容易でしたが」
「…………」

 つまり、工場を作るのではなく城跡を保存するのが目的だったと?
 それこそ、なんでそんな大げさなことを?

「今の形になったのは、時の政府からの要請があったからと聞いてます」
「政府から、ですか」
「復興事業としての絹生産から電気製品の製造へと舵を切った、時の政府が」
「なんか社会主義みたいですね」

 割って入った。
 戦後はアメリカ主導の自由経済になったと教わってたので、少し意外で。

「そ、そう感じますか……」

 すると、マスターは意外そうな顔をこちらに向けてそう言った。
 そんなに変な事言ったかな俺?

「政府が一企業に工場建設を命令するのは、自由主義っぽくないっていうか」
「ああ、そういう事ですか」

 マスターはすぐに察してくれたようで、軽い笑顔を見せて。

「政府では漠然としてますね、すみません。具体的には神社本庁です」

 と言った。

「よ、余計にヤバくなったような」

 チカが唖然として。
 俺もまったく同感だった。

「戦後復興にあたって日本を霊的スピリチュアルに強化するのは、神社本庁の隠れたテーマだったと聞いています」
「どういう事です?」
「結界とか魔法陣とか、そういうのじゃないかな」

 思わず訊いてしまった俺に、チカが応えてくれる。
 そんなマンガみたいなと思ったが、マスターは黙って頷いていた。
 マジですか……

 だがそれならば、古い城跡を保存するというのも分からない話じゃない。

「早河の工場も、その一角を成しているというのですか?」
「そうです。あそこは主に玉を保持することが目的だったと」

 喉が枯れたのか、マスターは自分用に持って来ていたお冷を一口飲んで。

「ブラウン管の事を玉と言うでしょう。ああいや、そう言ってたのですよ」
「え、ええ、そうでしたね」
「それを龍が持っている玉になぞらえて、テレビの生産工場にしようと」

 チカには分かるのだろう、その呼び方が。
 しかし門外漢の俺にはピンとこない。
 それにしても、ここでも龍か。北関東って龍の話ばっかりなのな。

 とか考えて変な顔をしてたせいか、マスターが追いかけて説明してくれる。

「あの工場ではブラウン管は作ってなくて、他所から購入してたんですよ」
「そうですか……でも何故?」

 早河は関西の方で液晶パネルからテレビまでの一貫生産工場を建てたはず。
 そんな会社なのに、なんで儲けが少なくなりそうな形態にしたのか?

「ふむ……加治屋さんは“農家の次男坊”の話をご存じですか?」
「? いえ、知りませんが」
「農作業を手伝えば家族は楽になりますが、次男坊は外へ働きに出て……」
「他所からの収入を得る方が、家計がより健全になるという話ですね」

 チカがマスターの後を継いで。
 ああ、そういえば大学の政経でそんな事を学んだような気がするな。

「ブラウン管やその他の部品を外部から購入すれば、外部でも金が回ります」

 なるほど、そうすることで経済を活性化させるのが主目的だったのだな。
 あ、でもそうすると、今の早河のやり方って……

「早河の創始者は、経済に明るい人物だったという事ですよ」

 つまり、今の早河の経営者たちは独善的だと言いたいんだな。
 この老紳士は穏やかそうに見えて、結構キツいものを持ってるようだ。

「……話が逸れてしまいました、申し訳ありません」

 ああ、いえいえとチカと二人で首を振った。
 なかなか興味深い内容だったし。

「それで、“約束”というのは一体何の事だったのでしょうか?」
「ええ、それでしたね……」

 もう一口、お冷を飲む。
 つられて、俺もチカもコーヒーではなくお冷を飲んだ。

「以上の事から、当時の政府とは念入りな契約が交わされ、その契約書が」
「あ、その噂は聞いたことがあります。何でも金庫に厳重保管されてるとか」
「そう、その話です。それは事業所の長でないと見ることは出来ないと」
「……ひょっとして、浅香さんはその契約書ってのを見たんでしょうか?」

 なんか話の輪に入れなかったんで、強引に質問を挟んだ。
 しかしそれは正鵠を射ていたようで。

「そういう事だと思います。しかし、私が当時の常務から聞いた話では」

 その契約書の中は霊的に強力な呪文で形成されていて。
 普通の人間が読んだら、発狂するか自我を失うと言われているのだと。
 そんなヤバいものが有り得るんだろうか?

「半分は一般の目にとまらない様にする為の方策だと言ってました。そして」

 じゃあ残りの半分はマジなのか。
 いや怖えよ。

「契約を強力にする為に、達成条件を極端に難しくするのはよくある事です」
「なるほど、それが浅香さんの言った約束なのですね」

 との、チカの念押しに。

「私は、そう思いました。つまり――」

 マスターは答えたのだ。

「創業者が交わした約束とは、壁掛けテレビの実現、だったのではないかと」

 そうか、確かにその昔なら薄型テレビなんて夢のまた夢だったろうからな。
 それが実現するのは、きっとずっと先の未来に違いないと思って。

 いや、しかしそれじゃあ……

「では、矢板工場は潰れてしまうという事なのでしょうか?」

 チカに先に聞かれてしまった。
 まあ自分が勤めている会社に関わる事だからな、真剣味が違うか。

「そうならない事を祈ってますし、上の人間も手はうってるでしょう」

 慰めるようにマスター。
 さあ、何か食事になるものを用意しましょう、とも言って。
 それに対しチカは、ああそうですねとホッとした顔をしたが。

 俺は、何か得体の知れない嫌な予感に包まれたのだった――


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