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第45話・イブニングセッション
しおりを挟む直進することにした。
一旦頂上に行って、その後に明かりの元に行くというのも考えたが。
それだと、もしかすると今しかないチャンスを逃してしまうかもしれない。
そう考えたのだ。
貧乏性なのは否定しない。
スタリオンを再発進させる。
しかし目的地はすぐ近くだったようで。
2速にシフトアップしたところで明かりの正体が判明した。
「あそこは……」
右側に脇道。
その延びた先には、大きな建物とその前に広い駐車場。
そこは周囲からライトで照らされていて、その中には数十人の人たちと。
あまり見たことのない、背の低い車たちが十数台停まっていた。
と、スタリオンを停車して見ていると、脇道から男が二人駆け寄ってきた。
「招待状は?」
先に着いた、40絡みの顔の黒い男が声をかけてくる。
招待状? やはりショーをやってるのか。
「いえ、ただの通りすがりなんですけど」
窓を開けてこたえる。
すると、ここから先の道は明日の晩まで占有許可を取ってて通行禁止だと。
そう言ってきた。
「あ、その人は法帖の関係者ですよ」
後から来た、20代中盤くらいの青年が。
お仕着せなのだろうか、二人とも同じ明るいグレーのスーツを着ている。
40絡みの方は、ああそうかいと急に興味を無くした風になって。
スタリオンの横から離れて行った。
代わりに青年の方が話しかけてくる。
「せっかくですから、ご覧になって行きませんか?」
それにしても、またすぐに法帖と見破られるとは。
どれだけこのスタリオンは有名なんだ?
「このイブニングセッションを」
正直言って、クラシックカーに興味は無かった。
しかし、青年が最近始まった日経先物の夕場取引と同じ呼称を使ったので。
「オークションでもやってるのか?」
と急に興味が湧いて訊いてみた。
すると。
「え、ええそうですが」
ビンゴだった。
これは面白そうだ。
真夏の夜、山の中に金持ちたちが集まって高級車の競りをする。
どんな奴がどんな顔してどんな金額が飛び交うのやら……
「じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」
クルマは近くの路側帯に停めるよう言われ、その通りにした。
それで見ると、前方の暗がりには高級そうなセダンやらリムジンがズラリ。
おしなべて黒色で、よほど夜闇に紛れたいのかと訝るほどだ。
「うう、寒っ」
スタリオンの外に出て。
こりゃ館があるところとさほど高さは変わらないんだろうな。
そう思ったところで、横を歩いている青年が。
「本当に通りすがりだったんですね」
と、俺のよれたサマースーツを呆れたように見ながら言ってきた。
聞くと、夏の夜の山に行く時は春秋の服装をするのが常識らしい。
知らんわそんな常識。
関内の辺りじゃ、この時間でも蒸し風呂の中みたいだってのに!
あ、でも俺も館じゃ夜にはそういう恰好してたっけ。テヘペロ。
「でもなんでこんな時間にこんなところで」
金持ちの考えることは分からない。
しかし青年によると、彼らにとってこの環境は都合がいいらしいのだ。
「厚着でないと上品に見えないようなので」
つまり、薄着だと中身の粗末さが透けて見えるというのか。
若いのになかなか辛辣。
まあ、虫もいないし日も照らないから快適ではあるんだけどな。
と話していると、ショー会場に着いたのだが。
「あ、あれは……」
ショー会場である駐車場。
十数台のクラシックカーが適当な間隔をおいて置かれており。
それらを取り囲むように数人の金持ちたちが思い思いの派手な服装で。
談笑をしてた。
気になったのはその周辺。
飲み物などは横の大きな建物から給仕されているのだろう。
それらしい黒服の男女が忙しそうにお盆を持って回ってる。
それとは別に、ただの駐車場を特別なショー会場に演出しているもの。
それは駐車場の端に陣取った、数人による小さな楽団の存在だった。
スタンドピアノにヴァイオリン、パーカッションにチェロ。
そしてサックスに、フルートが二人……
「え、どちらへ?」
いきなり駆け出した俺の背中に、青年の声が当たる。
しかしまさか。
まさかここに純音が来てるなんてことが!
「はあっ、はあ、あるワケ、ないよなっ……」
楽団の居る前に行って、失礼を承知でフルート奏者の顔を拝見した。
二人は女性で、共に綺麗なドレスを纏っていたが。
どちらも俺が期待した人物ではなかった。
「し、失礼しました」
頭を深く下げて、その場から離れる。
チラと見えた楽団の人たちの顔は少し困った風だったが。
それほど気にしてない様にも見えた。
そう、あるワケはないのだ。
それにもしそうだったとして、俺はどうしたいのだ?
よりを戻す? 昔話で懐かしがる?
ハッ、そんなもん……
「ストーカー呼ばわりされてお終いだろ」
最後の自虐は声に出てしまった。
でもまあ誰かに聞こえたわけじゃないだろう。
この駐車場の端の、誰もいない薄暗いところでなら。気にしないでも……
「ストーカー、なの?」
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