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第49話・バッタの意地

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 まるでサーキットだ(行った事は無いが)。
 見ると、左カーブの内側に駐車場みたいな広場があって。
 そこに数台のクルマ(走り屋っぽい)が止まってるのが見えた。

 あぁ、某峠アニメの影響か。無茶するなあ(自分のことは棚)。

 S225は、その道幅いっぱいを使ってコーナリングしていった。
 まるで水を得た魚のように。
 いや、この感じは。
 ゲレンデの最難関、チャンピオンコースを斜滑降とパラレルターンで。
 滑り降りていく感じに極似していた。

「ヤバっ」

 3速のエンブレだけでは減速しきらない。
 それでフットブレーキを踏みながらのコーナリング。
 当然に車体は不安定。
 やっとの思いでクリアすると、そこには真っすぐでキツい下り坂が。

「……!」

 そこをS225は、ゲレンデの直滑降よろしくブレーキランプも点灯させず。
 一直線に駆け下っていったのだ。

 彼我の間に満ちる夜の闇。
 早く追いつかなければ、明かりを失って2度と追いつけなくなってしまう!
 それで、歯を食いしばってアクセルを踏み込んだ。

「こっ、怖えええっ」

 100メートルほど先の、直線の終わりに向かって加速するスタリオン。
 先行のS225は、道路の左端いっぱいに寄ってブレーキランプを点けて。
 右に曲がり始めたところだった。

「な、なるほどっ」

 道幅を使うのか。
 それでカーブのキツさをいくらかでも解消できるんだな。
 なるほど、純音は理詰めで走ってるに違いない。
 S225のボディから物理の数式が撒き散らされてるように見える。

「……こなくそっ」

 それに倣って、スタリオンを左端に寄せる。
 そして、カーブにかなり突っ込んでフットブレーキを踏んだ。
 アクセルオフでのターンインを、ブレーキによる荷重移動でと思ったのだ。

「うわっ」

 しかしそれは考えが甘かった。
 過剰な荷重移動に後ろタイヤが簡単にグリップを失い。
 車体をカーブの内側に突っ込ませようとした。

「くそっ」

 ハンドルをスタリオンに委ねる。
 すると、ハンドルは登りの時と同じように勝手に戻ってくれた。
 それで平行移動に入る。

 冷や汗ドバッ。

 ハンドルを握り直し、恐々とアクセルオン。
 なんとかカーブを脱出したのだが、その間にS225は次のカーブへ。
 100メートルほど先の(またしても)右カーブへ侵入しようとしていた。

 もう一度勇気を振り絞ってアクセルを開けた。
 増す速度に固くなる恐怖心。
 対抗し得るのは、新たなコーナリングを編み出す向上心だけだ。

 今度は早めにフットブレーキで、カーブに入る前に2速へシフトダウンする。

 それなら例のバッタコーナリングが出来るだろう。
 そう思って、サーキットのような道路の道幅をいっぱいに使って。
 例のペダル全部踏みで2速に落として。
 アクセル踏みながらキツそうな右カーブにアプローチしたのだが。

「えっ」

 カーブは階段みたいなヘアピンだった。
 その外側は谷、こげ茶色のガードレールが心細いほどに低い。
 それでその瞬間、視界の上半分を黒々とした夜空が占めたのだ。

「ええええっ」

 もし外へ飛んだら確実にあの世行き。
 純音に追いつくどころの騒ぎじゃない。
 それでバッタのタイミングを掴むことが出来ずに。
 非情にも安全な速度でヘアピンをクリアすることになったのだ。

「……くそ」

 しかし悪い話ばかりでもない。
 続く次のカーブ(たぶんまたヘアピン)までは短距離。
 シフトアップの必要が無かったのだ。
 これなら今度こそバッタを決められる。

「しかも今度のは外側が山だからな」

 安心して……と思いながら強烈な加速で次のカーブへ。

「……よしここっ!」

 しかし先にエンジンがふけ切ってしまって。
 アクセルを戻した時には思ったほどのエンブレが得られなかった。

「ち……」

 思った通りヘアピンだったが。
 荷重移動に失敗して前タイヤが噛まない。
 それでズルズルと外側へ。
 当然脱出加速どころではない。

 次の右ヘアピンとその次の左ヘアピンは更に間隔が短かった。
 それでその二つは何とかうまく回れた。

 その後は長めの直線下り坂。
 S225は、そのどん詰まりの右カーブへアプローチしているところだった。
 こんなに離されては……

「いや、こっからだ!」

 諦めたらそこで試合終了らしいからな。
 それに、こんなワケが分からないほどの山奥に一人残されたら。
 心細いなんてもんじゃないし。

 200メートルほどの直線。
 ためらわず3速にシフトアップした。
 どうもこのエンジンは、低回転から使った方が速いようなのだ。

 それでアクセル全開。
 たちまち体にかかる、想像以上の怒涛の加速。

「ひゅうううっ……」

 あっという間に奥のカーブに着いた。
 手前からエンブレ、シフトダウンせずにアプローチ。
 ターンインしながら内側後ろタイヤのエッジを利かせる感じでアクセルオン。

 するとうまい具合に回頭し、広い道幅を一杯に使って旋回できた。

「よしっ!」

 わずかな直線、向こうには今曲がったのと同じくらいの右カーブ。
 直線の間にある橋を渡る。

 ん、橋……?

 という事は、ここが下りきった底ということに?
 と思ったのと、次のカーブをバッタコーナリングでクリアしたのがほぼ同じ。
 次には、目前に壁の様に立ちはだかる上り坂を見た。

「よしきたっ!」

 望外の好展開。ついでに登り始めたお月様も見えた。
 いや、別にS225とのパワー差を知ってるわけじゃない。
 だから確実に追いつけると決まったわけじゃないのだが。

 得意なのだ。
 下りは怖いよ。いくらスキーと同じとはいえ、さあ。
 得意だから怖さは無いし、だから走ってて気持ちがいい。
 気持ちがいいから無駄なく走れる。
 結果として速く走れる=差を詰められる。

 事実、左のヘアピンとか右カーブの後にいきなりトンネルに入ったって。
 右足のアクセルコントロール一つで自由自在に曲がれるのだ。
 こりゃ気持ちいいし、結果として速い。

 その証拠に、キツいカーブを5つ回ったところでS225との差が詰まった。
 あと10メートルってところか。

 そしてS225の明るいライトが照らす路面は。
 ブラックマークが右側に偏っていた。
 今までの経験からして、これは先に左ヘアピンがある証拠だ。間違いない。

 そしてすぐに目に入ったのは、思った通りの階段のような左ヘアピン。
 それで今までよりもはるかに余裕を持ってアプローチできたのだが。

「なにっ!?」

 そこで驚愕の光景を見ることになった。
 旋回をはじめたS225が、いきなり眩しい光に包まれたのだ!


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