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第50話・225は下り最速
しおりを挟むしかしその光の白さには覚えがあった。
これは確かカメラのフラッシュのそれだ。
「なんだコイツら」
チラと見た、カーブ山側のブロックの上。
そこには数人の男たちの姿が。
それを確認した次の瞬間には。
「くっ……」
斜め上から、こっちにもフラッシュを浴びせられる。
見ないように気を付けながら、左ヘアピンをアクセル+ハンドルでクリア。
他人が走るところを写してどうしようっていうんだ!?
ブラックマークの付き具合からして次もヘアピン、右。
それは数十メートル先で、S225はすでにアプローチしてるところだった。
つまり減速中。
こっちは立ち上がり加速中。
それで一気に差が詰まる。
反射的にエンブレで減速しながら、接近したS225の挙動を注視する。
相変わらず物理の数式や記号(gとかcfとか)を撒き散らしてる……
そんな理詰めに見えるコーナリング。
「……うっ!」
このヘアピンでもまた、斜め上からフラッシュをたかれた。それも数回。
それで視界に白く浮かび上がるS225が、まるで連続写真の様に見える。
その時、俺の脳内に……
「ああああっ!?!?」
物理法則の証明をするかのように動くS225。
それが連続して幾つも同時に存在するかのように見える状況。
そして脳内に響く、まるで文章のように形式ばった声。
『量子は明滅している』
ゾッとした。
しかもその声には、初めて聞くのに聞き覚えがあるというか。
絶対の真理を示すような圧倒する説得力まで有って……
その上、謎のイメージが脳内に再生された。
小さな白い球が真っ黒い世界の中に発生する。
これは多分、電子や陽子などの量子だ。
それはすぐに消えて、そこから離れたところにまた発生する。
その周囲でも同じような事が起きている。
ただ、重い原子はその回数が多く、軽い原子は回数が少ない。
重い原子が100回明滅する間に軽い原子は2~3回といった感じだ。
カメラが引き、それらの状況がより多く見えてくる。
それはどうやら樹脂の内部の分子の様子だったらしい。
更にカメラが引き、その樹脂の表面には白い塗料が塗られているのが分かる。
そして更にカメラは引いて、現実の我々の視点と同じになった。
するとその白い樹脂はどうやら車体の一部であることが見えてきて。
最終的に、それはS225のリアフェンダーであることが判明するのだ。
完全にクルマの形になって、また無に戻り、そしてまた発生を繰り返す……
そんなバカな!
納得しがたい、生理的に馴染めない考えを示すイメージだった。
そもそもあの車検証の数式。
あれは確か発散系の状態を示すものだったんじゃないのか!?
「……あっ」
気が付くと、S225がカーブから立ち上がろうとしていた。
リア周りをグッと沈み込ませた、躍動感あふれる姿勢。
その向こう、S225のライトに駐車場が照らされていた。
そこには数台のクルマと数人の男女が。
みな一様に両手を振り回している。
応援でもしてるんだろうか?
しかしS225はそれらに対するリアクションは一切無しで。
フル加速でその前を通過した。
「逃がすか」
アクセルを緩めずに、わずかに当て舵で後ろの流れを収まらせる。
やれば出来るもんで、アクセルを緩めずにカーブから立ち上がることに成功。
そして純音に倣って、駐車場のギャラリーは無視した。
眩しいんだよ、まったく……
3速にシフトアップ。
緩やかな右カーブをS225の後に続いて加速していく。
数百メートル行ったところで唐突に路面のブラックマークが消えた。
走り屋さんたちは、ここまでしか走らないってことか。
しかし、カーブのキツさを予測できる材料がなくなったのは痛い。
それでより一層、S225から離されるわけにはいかなくなった。
「それにしてもさっきのアレは……」
いったい何だったんだろうか?
聞いたことのない物理の法則。
それはS225がモデルになっていたが。
言っていたのはスタリオンか? それとも浅香さんなんだろうか?
いずれにしても、何故何の為に……
とか考えていると。
どんな道も登りっぱなしという事はあり得ない。
この峠道もその例外ではなく。
クネクネ曲がり続けながらも緩やかな下りに変化した。
「うへっ」
今まで登りだったので、エンブレだけでバッタコーナリング出来てたのだが。
これからはフットブレーキも使わなければならない。
道幅がある程度ある事だけが救いか。
と、冷や冷やしながらS225の後を何とか付いて行くと。
「お?」
左に脇道の、T字の交差点が見えた。
その真ん中には大きめの赤いカラーコーンが置いてあって。
その傍らには二人の男性。
一人は赤い棒ライト、もう一人はケータイらしいものを持って。
こっちに手を振っている。
なるほど、ここが道路占有の終点ということか。
ひょっとすると、ここが追いかけっこのゴールなのか?
もしそうなら大変助かるのだが。
仮にそうではないとしても、左の脇道はこちらのそれよりも幅が広く。
それにどうやら上り坂のようだ。
ゴールでないのなら、せめて左の道路に行ってくれないか、純音……
が、俺の切なる願いは二人の男を無視して直進するS225によって。
儚くも霧散してしまったのだった。
「トホホ……」
俺も二人を無視し直進する。
いやマジでスマン、文句なら純音に言ってくれ……
そう心中だけで手を合わせる俺の前に待っていたのは。
幅員減少を示す標識と、それの現実だった。
下り傾斜角の増加というオマケ付きで。
「お、おい……」
そこに至ったS225は、一回だけハザードを光らせて。
キツそうな下りだってのに、リアを沈み込ませて加速していったのだ!
やはり手を抜いていたんだな。
それも実は速度も落とすレベルで……
離されながら、俺も狭い道路に突っ込んでいく。
その道は、普段はあまり通りがないのだろう。
道幅は2.5mといったところで、端には木の葉や枝などが積もってる。
対向車が来たら一発でアウトだ。
一言で言うと、傷んだ舗装林道(いや、こんな言葉があるかは知らんが)だ。
「ああ……」
最初の内は、律儀にカーブごとに設置してあるカーブミラーに。
S225のテールランプが見えてたりしたんだが。
カーブを10個回ったら。
もう気配すら感じられなくなってしまった。
それにしても、この道路。
下りだし、右に左に細かなカーブが連続する、で。
まるでスキーのウェーデルンだ。
「ウェーデルンはマスターしきれてなかったんだよなあ……」
2速でのアクセルオンオフはぎくしゃくする挙動しか呼ばず。
(いや、俺が下手ってだけなんだが)
ペースを掴むことも上げることも出来ずに。
とうとうS225=純音にぶっちぎられてしまったのだった。
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