青髪の悪役(?)令嬢は、婚約破棄を望む!?-堂々たる反逆と王子のコンプレックス-

宮坂こよみ

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「夜空が綺麗……。星がいっぱい。」

中庭に出ると、広がる夜空の下で私は深呼吸をする。舞踏会の熱気から離れると、なんだか心も軽くなるようだった。

「殿下とのご様子は、先ほどの控え室で見た通り……あまり芳しくないようですね。」
ローズが申し訳なさそうに言いながら、私の隣に立つ。

「まあ、あれが今の私たちの現状なのよ。無理矢理仲良く振る舞うつもりもないし、あの人がそれを望むなら努力はするけど、興味も湧かないのよね。」

そう言うと、ローズは少しだけ驚いたような表情を浮かべる。

「最初は、イザベル様が王子殿下に淡い憧れを抱いてらっしゃるのかと思いました。宮廷に来たばかりの頃、よく殿下を目で追っていましたよね?」

「ああ……それは単純に、王子ってどんな人なんだろうって興味があっただけ。昔から王子様って聞くとキラキラした存在に思ってたから。でも、実際に話してみたら全然違ったわ。ちょっと拍子抜けというか。」

肩をすくめてそう言うと、ローズは苦笑いを浮かべる。

「理想と現実の違い、ですね。けど、レオン殿下も悪い方ではないはずです。イザベル様にコンプレックスを感じるほどには、認めている部分があるということですし……。」

「さあ、それをどう処理するかは殿下次第だわ。私は私のやり方でしか生きられないし。」

夜風に髪を軽くなびかせながら答えたとき、突然どこからか声がかかった。

「ここにいらしたのね、イザベル様。」

振り向くと、そこにはキャロラインが立っていた。淡いピンク色のドレスが夜の庭に映えて、優しげな印象を与える。けれど、その目はどこか落ち着かない様子だった。

「ええと……さっきは失礼いたしました。あの、レオン殿下のことで少しお話ができればと思って……。」

「私と? もちろん構わないけど、ローズは少し席を外してもらおうかしら。」

ローズは「かしこまりました」と頭を下げて、庭の奥のほうへと移動していく。

残された私とキャロラインは少しの沈黙を挟んだあと、彼女のほうから口を開いた。

「殿下は……イザベル様のことを、どう思っているのかわからないと仰っていました。あんなに立派で、何でもできる人が自分の婚約者だと、肩身が狭いというか……居心地が悪いって。」

「ふむ、やっぱりそう思われてたのね。」
予想どおりの言葉に、私は思わず苦笑いする。

「それで、私が殿下を支えてあげたいと思ったんです。殿下はプライドの高い方ですから、直接“あなたは間違っていません”なんて言われると逆に意固地になる。だから、さりげなく寄り添い、必要なときに上品に励ます……それが理想だと思っていました。」

キャロラインの声は震えているように聞こえる。視線を下げたまま、ふっと息をつく。

「でも、私じゃダメみたいなんです。殿下はいつもイザベル様のほうを意識していて、私が何か優雅に微笑んでも『そういえばイザベルはどうなんだろう』って。結局、イザベル様が頭から離れないみたいで……。」

「あら、それはそれで困ったわね。私としては興味がないわけじゃないけど、あの人がそこまで意識しているなんて知らなかった。」

正直に言えば、あまり意識はしていなかった。むしろ避けられていると思っていたから。

「私、思うんです。もしかして殿下は、イザベル様に嫌われたくないのにどうしていいかわからなくて、一方的に君は強すぎるとかなんとか文句を言っているんじゃないかなって。」

キャロラインの言葉に、私は少し目を見開く。そんな考え方があったのか……と。

「でもそれって、単純に甘え下手っていうこと? 自分のほうが王子なんだから上に立ちたい、でも私が頼りにしてくれないからイライラする……みたいな?」

「はい……多分、そんなところなのだと思います。」

キャロラインはしゅんとした様子で言う。自分の存在が殿下の心を埋められないことに、彼女なりの悩みがあるのだろう。

「あまり深刻に考えなくてもいいわ。もし婚約が破棄されるならされるで、それは殿下の意思だし、私にとっては一つの未来に過ぎないから。」

あっけらかんと言う私に、キャロラインは驚いたように顔を上げる。

「イザベル様、本当に未練はないんですか? 王子の婚約者は、普通なら誰もが羨む立場ですよ。」

「そこに執着する理由がないのよ。私が私らしくいられないなら、そんな立場はいらないわ。」

キャロラインは目を丸くしたあと、小さく苦笑する。

「……やっぱり、イザベル様は素敵ですね。ああ、私もそんなふうに強くなりたい。」

その言葉に、私は少し恥ずかしくなって視線をそらす。恥じらうというより、照れ隠しに近い気分だ。

「まあ、強いっていうか、私は単にやりたいようにやってるだけよ。でも憧れなんて言われると、ちょっと悪い気はしないわね。」

「……ふふ、ありがとうございます。もう少しだけ頑張ってみます。もし殿下がイザベル様をないがしろにするようなら、そのときは私が諦めさせていただきますね。」

「え? それはどういう……?」
「い、いえ! 何でもありません!」

キャロラインは急いで言葉を打ち切り、恥ずかしそうに笑顔を作る。その様子が可愛らしくて、少しだけ王子が羨ましくなった。こんなに可愛い子が尽くしてくれるのに、なぜか私ばかり気にしているというのだから、レオンも複雑だ。

夜風が少し肌寒くなってきた。遠くから宮廷の華やかな音楽が聞こえてくる中、私は星空を見上げながらそっと息をつく。婚約破棄の予感が現実味を帯びてきても、なぜか心は穏やかなままだった。
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