青髪の悪役(?)令嬢は、婚約破棄を望む!?-堂々たる反逆と王子のコンプレックス-

宮坂こよみ

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あくる朝。舞踏会での気疲れから早めに就寝した私は、侍女のローズに起こされて庭先へと連れ出された。

「昨日から厩舎のほうでお馬さんが少し荒れているようで……イザベル様に見に行っていただけませんか?オスカー様(騎士団長)が、イザベル様の乗馬技術は信頼できるからと仰っていて。」

「騎士団長がわざわざ? まあいいわ、行きましょう。」

私はまだ寝ぼけ眼のまま庭を抜けて厩舎へ向かう。すると、そこには渋い顔をしたオスカーと何人かの騎士がいて、馬の手綱を必死に抑えていた。

「おはようございます。オスカー様、どうかされたのですか?」

「ああ、イザベル様。ここの若い馬が昨夜から興奮気味でな。誰が触っても暴れてしまう。あなたなら大丈夫じゃないかと思って声をかけた。」

どうやら新しく宮廷にやってきた馬らしい。見れば、漆黒の毛並みと鋭い目つきが印象的な若い牡馬だ。私は少しだけ馬の鼻面に手を伸ばし、そっと声をかける。

「大丈夫よ。驚かせたりしないから……。」

やがて馬は興奮を少しずつ鎮め、鼻を鳴らして私の手に触れた。

「さすがイザベル様。お見事。」

騎士たちが口々に賞賛するが、私はただ微笑むだけだ。特に難しいことはしていない。幼い頃から馬には慣れ親しんできたし、彼らの呼吸や仕草を観察するのが好きだっただけ。

「助かったよ。私もこの馬とはもう少し時間をかけて慣れていくとする。ありがとう、イザベル様。」

オスカーが笑顔を向ける。そこに、なぜかレオンがやってきた。背後にはキャロラインの姿も見える。

「……何をしているんだ、こんな朝早くから。」

「殿下、おはようございます。少し馬が荒れていたのでなだめていただけです。」

オスカーが丁寧に説明すると、レオンはどこか複雑そうな表情をする。私が手綱を握る姿を見て、彼の眉間にまた皺が寄る。

「イザベル……そんなに馬に慣れているなんて、まるで騎士みたいだ。普通の姫なら悲鳴を上げるところだろうに。」

「別に、うまく扱えるなら悲鳴を上げる必要もないでしょう?」

淡々と返すと、レオンは明らかに不機嫌そうな顔をした。キャロラインが心配そうにレオンを見つめるが、レオンはそれに気づかないふりをしている。

「朝からまさか乗馬の真似事をしているとは……。そもそも女性が馬を御するなど王族の身分にあるまじきことだ。」

「まあ、あまり上品ではないかもしれないけれど、必要ならするわ。それで誰かが助かるなら、それが私の役目かもしれない。」
そう言うと、レオンはさらにむっとした顔になる。

「殿下、イザベル様はその……騎士団長や皆様の要望に応えただけでして……。むしろ素晴らしいお力だと思うのですが……。」

キャロラインが一生懸命フォローしてくれるが、レオンは動じない。むしろプライドを突き刺されるような表情だ。

「……君は僕の婚約者だぞ。そんなに男らしい振る舞いをされると、僕の立場がないじゃないか。」

「男らしいかどうかはわからないけれど、これはただの手助けよ。それでも気に入らないなら、私にどうして欲しいの?」

私はあえて淡々と尋ねる。すると、レオンは何か言い返そうとして言葉に詰まった。

オスカーが苦笑いして場をおさめようとする。
「まあまあ、殿下、イザベル様のおかげで馬が落ち着きましたし、めでたしですよ。」

しかしレオンは納得できない様子で、くるりと踵を返して立ち去ろうとした。慌てたキャロラインが後を追おうとするが、少し躊躇ってから私に視線を向ける。

「きっと殿下は……イザベル様に助けてほしいんだと思います。でも、ご自分のプライドが邪魔をして正直になれないんです……。」

「ふうん。なら殿下が自分で乗り越えればいいだけの話ね。」

その言葉にキャロラインは何か言いたそうだったが、結局何も言わずにレオンを追いかけていった。

私はオスカーに改めてお礼を言われつつ、厩舎を後にする。騎士たちの視線が妙に温かい。噂では、私がレオン殿下と結婚するよりも、騎士として王国に仕えるほうが似合うなんて声もあるらしい。

「さっきの殿下、結構ショックを受けてらしたみたいでしたね……。」

ローズが心配そうに言うが、私は気にも留めない。むしろ、これで婚約破棄が早まるかもしれない。朝っぱらからそんな考えがよぎったが、不思議と後ろめたさは感じなかった。

「ローズ、朝食がまだなら、食堂へ戻りましょう。お腹が空いたわ。」

「はい、イザベル様。」

私たちは宮廷の石畳を歩きながら、腹ごしらえのことを考える。傍目には呑気に見えるかもしれないが、今の私にはこれがちょうど良い。婚約問題でがんじがらめになるより、はるかに気楽だから。
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