シュタインウッド彫金店~魔剣士は悪役疲れたのでジョブチェンジしたい

NAMO

文字の大きさ
2 / 7
フィオライトの首飾り

石を売りに来た男

しおりを挟む
港町エルダーはこの大陸の中では大きな街の一つであり、諸外国の船が行き来することから様々な商人たちが店を開き、また風土や景観の良さから王侯貴族たちの別荘が山に乱している。


 大通りは道路としての用途のためだけにできたものではなく、街路樹や名のある彫刻家の彫像や噴水が並び、用水路が通り、手入れのされたペットを連れたご婦人方がゆったり散歩をしている様子が日常だった。

 大きな港町としては治安もよく、住みたい街ナンバーワンの名を欲しいがままにしている。


 大店の並ぶメインストリートの西の裏通りは少し小狭いが石畳の風情ある路地がいくつも走り、職人街となっていた。

 大店に納品する職人の工房もあれば直販を行う玄人志向の店も多い。


 ガラス細工屋の炉の音、刀鍛冶の鉄打ち音、ノミを打つ音、カンナをかける音、機織りの音。

 様々な職人たちの生活音が石壁に反響し、旅行者などには見学ツアーなども組まれていたりもする。


カン、カン

金属同士の打ち合う音が鳴り響く。


 数十年前はこの平和な街も戦の拠点となり、砦の大砲が火を吹いていたものだ。が、今ぞ陥落というところで国が雇った傭兵がべらぼうに強く、敵が引き下がり和平を結ぶことになったらしい。

 その傭兵の詳細などは一般人たちには詳しく知らされていないし、たかだか一人で国の窮地を覆せるような力があるなど誰も信じられず。

 密かに敵国の要人の暗殺に成功しただとか、金の力で解決しただとか、様々な憶測の上でウヤムヤになっている。

 歴史的には遠くない過去であるから、当時の戦に参戦した者たちももちろんたくさん存命なわけだが、その時のことをほとんど覚えていないというから、都市伝説のたぐいの話題になることもしばしばだった。


・・


 至って平和で活気あふれるこの街には似つかわしくない黒いフードをかぶった人物が裏路地の彫金店に訪れたのは、日が落ちてすぐ。まだ空は漆黒というよりは明るい紺色を広げたばかりの頃だった。

「おまたせしました、シュタインウッドの店主ガインです。お手持ちの宝石のリメイクからフルオーダーまで、幅広く対応しております」

 そう言って奥から現れた長身の男は銀を磨いて汚れた指を拭きながら、営業のテンプレートをを述べた。

 客は店主の容姿に驚いたようだ。とても職人という風貌ではない。体躯はよいが整った顔立ち。貴族の誰かといってもおかしくないような立ち居振る舞いなのだ。

「はじめまして、予約もなくの訪問をお許しください。実は買い取っていただきたい石がありまして」

 フードを取って現れたのは、最近婚約の噂が立っていた絹商人の息子ダニオだった。気が良さそうで商人と言うにはおとなしい印象を受ける。

「これはこれは。ダニオ様でしたか。この度はご婚約おめでとうございます。宝石の買い取りとは…」

 客用のカップに上質の紅茶を淹れて楚々と出す。

「あ、ありがとうございます、あの、これなんですが」

 黒いベルベットの布の包を懐から机の上に出すと、広げてみせた。

 店主の眉がピクリと動く。

「これは…」

 黒い布の上に置かれて美しく輝く首飾りがあった。見事な赤から紫へのグラデーションの宝石。なかなか見ることのできないレアストーン、フィオライトだ。巷では天使と悪魔の血が混ざり合うことを拒んで硬化した石などという伝説もある。

「珍しいものをお持ちで。これだけの大きさ、照り、透明度、最上級品とお見受けいたしますが?こんな素晴らしいものを手放してしまおうなんて」

 手袋とアイルーペをはめ、うやうやしく持ち上げて大型コインほどのトリリアントカットの宝石を見た。

 ダニオは言いにくそうにもじもじしている。それは、言いたくないというよりも打ち明けたいのを抑えているかのようで。チラチラと店主のの顔色を伺っている。

「宝石には」

 ひと呼吸おいて、まるで吟遊詩人のような抑揚で店主が語る。

「物語があるんですよ。掘り出されたままのピュアストーンには自然の力が宿るとも言いますし、人の手に渡れば身につけるものでしょう、気にいれば肌身放さず。そうすると、石に持ち主の思いが移ることも少なからず。何人もの手をくぐれば、その分思いが蓄積されるんです。そして、時折その思いを見せてくれるモノもあるんですよ」

 薄く微笑む。が、まだダニオはもじもじとしている。

「ごく稀に、思いがあふれ出して何某かの影響を周囲に与えるものもあったり…」

 その言葉でハッとなったようだ。

「やっぱり、やっぱり石とかって力があったりするんですか?!」

 神頼みとでも言うように縋ってくる。

「ありますね」

 にやり、と意味深に微笑んだ。

「あの、あの、すみません、誰も信じてくれなかったんですが、変な話なんですが、聞いてもらえますか!?こんな話をして買い取れないと言われてしまったらとても困ってしまうんですけど」

 どうやら、どうしても手放したいらしい。拒否されることも怯えていたようだ。それほどなにかこの首飾りには曰くがあるらしい。 店主はダニオの相席に腰を下ろして肘をついた。

「私がこの仕事をしているのも、石にまつわる話や石の力っていうものに興味が強くてですね。ぜひ、お聞かせいただけますか」


 店主ガインの灰色の瞳が一瞬紫に変わったように見えた。

 絆されるように、ダニオは話をはじめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...