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フィオライトの首飾り

石を売りに来た男

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港町エルダーはこの大陸の中では大きな街の一つであり、諸外国の船が行き来することから様々な商人たちが店を開き、また風土や景観の良さから王侯貴族たちの別荘が山に乱している。


 大通りは道路としての用途のためだけにできたものではなく、街路樹や名のある彫刻家の彫像や噴水が並び、用水路が通り、手入れのされたペットを連れたご婦人方がゆったり散歩をしている様子が日常だった。

 大きな港町としては治安もよく、住みたい街ナンバーワンの名を欲しいがままにしている。


 大店の並ぶメインストリートの西の裏通りは少し小狭いが石畳の風情ある路地がいくつも走り、職人街となっていた。

 大店に納品する職人の工房もあれば直販を行う玄人志向の店も多い。


 ガラス細工屋の炉の音、刀鍛冶の鉄打ち音、ノミを打つ音、カンナをかける音、機織りの音。

 様々な職人たちの生活音が石壁に反響し、旅行者などには見学ツアーなども組まれていたりもする。


カン、カン

金属同士の打ち合う音が鳴り響く。


 数十年前はこの平和な街も戦の拠点となり、砦の大砲が火を吹いていたものだ。が、今ぞ陥落というところで国が雇った傭兵がべらぼうに強く、敵が引き下がり和平を結ぶことになったらしい。

 その傭兵の詳細などは一般人たちには詳しく知らされていないし、たかだか一人で国の窮地を覆せるような力があるなど誰も信じられず。

 密かに敵国の要人の暗殺に成功しただとか、金の力で解決しただとか、様々な憶測の上でウヤムヤになっている。

 歴史的には遠くない過去であるから、当時の戦に参戦した者たちももちろんたくさん存命なわけだが、その時のことをほとんど覚えていないというから、都市伝説のたぐいの話題になることもしばしばだった。


・・


 至って平和で活気あふれるこの街には似つかわしくない黒いフードをかぶった人物が裏路地の彫金店に訪れたのは、日が落ちてすぐ。まだ空は漆黒というよりは明るい紺色を広げたばかりの頃だった。

「おまたせしました、シュタインウッドの店主ガインです。お手持ちの宝石のリメイクからフルオーダーまで、幅広く対応しております」

 そう言って奥から現れた長身の男は銀を磨いて汚れた指を拭きながら、営業のテンプレートをを述べた。

 客は店主の容姿に驚いたようだ。とても職人という風貌ではない。体躯はよいが整った顔立ち。貴族の誰かといってもおかしくないような立ち居振る舞いなのだ。

「はじめまして、予約もなくの訪問をお許しください。実は買い取っていただきたい石がありまして」

 フードを取って現れたのは、最近婚約の噂が立っていた絹商人の息子ダニオだった。気が良さそうで商人と言うにはおとなしい印象を受ける。

「これはこれは。ダニオ様でしたか。この度はご婚約おめでとうございます。宝石の買い取りとは…」

 客用のカップに上質の紅茶を淹れて楚々と出す。

「あ、ありがとうございます、あの、これなんですが」

 黒いベルベットの布の包を懐から机の上に出すと、広げてみせた。

 店主の眉がピクリと動く。

「これは…」

 黒い布の上に置かれて美しく輝く首飾りがあった。見事な赤から紫へのグラデーションの宝石。なかなか見ることのできないレアストーン、フィオライトだ。巷では天使と悪魔の血が混ざり合うことを拒んで硬化した石などという伝説もある。

「珍しいものをお持ちで。これだけの大きさ、照り、透明度、最上級品とお見受けいたしますが?こんな素晴らしいものを手放してしまおうなんて」

 手袋とアイルーペをはめ、うやうやしく持ち上げて大型コインほどのトリリアントカットの宝石を見た。

 ダニオは言いにくそうにもじもじしている。それは、言いたくないというよりも打ち明けたいのを抑えているかのようで。チラチラと店主のの顔色を伺っている。

「宝石には」

 ひと呼吸おいて、まるで吟遊詩人のような抑揚で店主が語る。

「物語があるんですよ。掘り出されたままのピュアストーンには自然の力が宿るとも言いますし、人の手に渡れば身につけるものでしょう、気にいれば肌身放さず。そうすると、石に持ち主の思いが移ることも少なからず。何人もの手をくぐれば、その分思いが蓄積されるんです。そして、時折その思いを見せてくれるモノもあるんですよ」

 薄く微笑む。が、まだダニオはもじもじとしている。

「ごく稀に、思いがあふれ出して何某かの影響を周囲に与えるものもあったり…」

 その言葉でハッとなったようだ。

「やっぱり、やっぱり石とかって力があったりするんですか?!」

 神頼みとでも言うように縋ってくる。

「ありますね」

 にやり、と意味深に微笑んだ。

「あの、あの、すみません、誰も信じてくれなかったんですが、変な話なんですが、聞いてもらえますか!?こんな話をして買い取れないと言われてしまったらとても困ってしまうんですけど」

 どうやら、どうしても手放したいらしい。拒否されることも怯えていたようだ。それほどなにかこの首飾りには曰くがあるらしい。 店主はダニオの相席に腰を下ろして肘をついた。

「私がこの仕事をしているのも、石にまつわる話や石の力っていうものに興味が強くてですね。ぜひ、お聞かせいただけますか」


 店主ガインの灰色の瞳が一瞬紫に変わったように見えた。

 絆されるように、ダニオは話をはじめた。
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