シュタインウッド彫金店~魔剣士は悪役疲れたのでジョブチェンジしたい

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フィオライトの首飾り

言い伝えと真実1

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   真っ暗だった。

 自分の声がずっと反響していた。


 ウルスラ…ウルスラ…

 許さない…許さない…


 どれくらいの時間が経ったのか。ウルスラは誰のことだ?何を許さないと言っていたんだろう。


 そんなことを考えることもだいぶしていなかった。ただ、その名を呼ぶこと、許さないと言い続けること、それだけが自分の意志で、それ以外のことなどどうでも良いほどにただくらい闇の中を漂っていた。


 その2つの言葉がなければ、自分は完全に無になって存在などなくなっていたのかもしれない。自分をこの世につなぎとめたたった2つの言葉。


 なぜ、つなぎとめていたかったんだろう。


『思い出せ』


 誰かの声がこの暗闇に届いた気がした。それを聞いて、自分はなぜここにいるのかという疑問を持つ程度には意識を回復させていた。


思い出せ。何を。


そうか。名前だ。


俺の名前は……コンラート


俺はコンラートだ…。


 名前を思い出した。そのことで真っ暗だった視界がすこし明るくなった。ほとんどぼやけてあまりよく見えないが、部屋のようだ。


 目の前に大きな人間?がいた。

 そうだ、この形をしているものがニンゲン。ニンゲンの傍らにふわふわ光が動いているのも見えた。

 深い水のそこから見上げているように、声も遠い。だが、このニンゲンが俺に『思い出せ』と言っている。こいつが、俺を目覚めさせた。


 この部屋は…

 この屋敷は、なんだか見覚えがある気がする。何かわかりそうだ。知っている。この廊下、この階段……

 

 ふわふわと影のままさまよい、エントランスの大きな肖像画がめに止まった。こんなものはなかったと思うが。未だぼやける視界でもこれだけ大きな肖像画だ。その顔が見えた。


ウルスラ…!!


 そう、この女がウルスラ。そうだ。

 俺は手を伸ばしたつもりだった。懐かしいこの顔に触れたくて。


 だが、伸ばした手はその絵を引き裂いてしまった。触れたい、の加減が全く取れなかった…。


--


 ウルスラ。あの女の顔を見てまた少しずつ思い出した。あれは、俺の恋人だ。でもなぜだろう。懐かしいと思うと同時にとてつもない悲しみに襲われた。その気持ちが力を暴走させ絵を切り裂いてしまった。


 おそらく、絵を切り裂いてしまったことが原因なのだろう。俺に思い出せと呼びかけたニンゲンの力か、最初の部屋に戻されてそこから外へは出られなくなってしまった。

 名前。そして恋人を思い出した。それだけでも動く力が少しずつ回復してきているように思う。見覚えのあるこの屋敷をもっと見ることができたらまた何か思い出せるかもしれないが…

 俺は無駄に部屋の中を往復していたが、やがてコンソールに置かれた首飾りとその石を見つけた。


「これは…!」


 俺の血だ。石の半分を染める紫色。それが自分の血の色であることを知った。なぜ。


 ドクン


 水晶の結晶が岩肌を埋め尽くす洞窟の光景が浮かんだ。そこに倒れて紫の血を流しているオレの姿。頭が冷たくぼんやりと力が抜けてゆく感覚と悲しみを覚えていた。


 何があった…?

 だめだ。これ以上は思い出せない。

 あの場所に行ければこの続きを思い出せるかもしれないのに。

 思い出したい。気になる。という思いと何故か思い出してはいけないと拒絶する思いが体を揺さぶるようだった。


『だいぶ姿を戻してきたじゃないか』


 また、声が聞こえた。

 その声は少し嬉しそうにも聞こえた。やはり、聞き覚えがある。返事をしたかったが、言葉がうまく出なかった。

 今このよくわからない状況の中、もしあの水晶洞窟に連れて行ってもらえるとしたならこの声の主しか頼るものはない。

 どうしたらあの場所を伝えられるか。言葉が届かなくても思念だけでも伝えられるだろうか。

 

 俺は手を伸ばしてみた。

 躊躇う。

 またあの肖像画のようにこの頼るべく人物を傷つけてしまわないか。


『大丈夫だ』


 こちらの意図を汲み取っているようなまるで迷いのない声に、何か安心するものを感じた。

 俺は手を伸ばす。ぼやけた視界の中、相手もこちらに手を伸ばしてくれているように見える。その手を取り、ありったけの気持ちで水晶洞窟を思い浮かべ、相手に伝わるように念じてみているが。

 通じているだろうか。ただ握手をかわしているだけに思われたらそれまで。

 色々思い出したいという気持ちはあるが、伝わらなかったらまたあの眠りのような暗い世界に戻ろう。そんな気持ちも生まれてきていた。

 こんな自分自身がどういう状況なのかもわからない、思い出せない、その上で言葉も使えず、気持ちだけで相手に何か伝えられるかといったら、そんな望みは皆無だってことくらいはわかる。


『ここに行きたいのか?』


 男の返事は、俺の不安を払拭した。

 わかってくれた…

 こんな一か八かの、どこの誰ともわからない相手に。思い出したとて、行ったとて自分にどんな利があるのかもわからないことなのに。

 俺に思い出せと呼びかけ、こうしてわずかばかりの自我を取り戻させてくれた。そして俺の望みを聞こうとしてくれるこの男は一体何者なのか。


 色々思いを馳せたが、不意に視界がまた暗く染まってゆく。

 そうか、男に伝えるのに力を使いすぎたのか。


 しかし悲嘆の闇ではなかった。休めばまた目覚めることができるという、なにか安心感を覚えながら俺の意識は一度落ちた。


--


「あー、消えちゃった」

 ナーダはガインと手を握ったまま姿を消してゆく男の姿を見た。

「いなくなっちゃったの?」

 手を収めて、首飾りを木箱に戻したガインに問う。

「いや、一旦力尽きただけだ。自我を持ってからだいぶ急激に色々動いたからな」

 木箱の上から軽く手を置いて、ガインは自らの力をまた少しだけ首飾りに送った。

「お友達、なかなかイケメンね?もっと色々思い出したらはっきり見えるようになるのかしら」

 傍からは、黒い影が部屋をウロウロしている間にただの影からきちんとした人の形になってゆくさまが見えていたわけで。

「力のあるレーン族はみな美形なものさ。だから人間はすぐ魅了される」

「え、なにそれ自分でイケメンって言い切っちゃった?うわー」

 デコピンでナーダは部屋の隅に吹き飛ばされた。
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