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悪役令嬢引き受けます
悪役令嬢引き受けます
しおりを挟む屋敷内が少し慌ただしくなった。
朝食を届けに来たわたし付きとされた侍女、ノアに着替えと公爵への挨拶をしたい旨を伝えたからだ。
ノアは私の同じくらいの年齢かしら。テキパキと動くが穏やかな印象の茶髪を三つ編みにした子だった。
同世代の話し相手をと気遣ってわたしにつけてくれたのだろう。その仕事の仕方は宿でのわたしの仕事の仕方に似ていて。それでもどこか相手を和ませる柔らかさを持ち合わせていた。
屋敷の侍女と言えば自意識の高い印象があって、ぽんと養女に納まってきた私など邪険に扱われるか見下されるかと思えば。
「御館様が養女に選ばれるということは養女たる資質がおありということですわ」
とにっこり迎え入れられてしまった。公爵への忠誠心が並々ならない。それとも、わたしが宿で働いていた時のように身を引いて身を立てるの法則だろうか。会って日の浅い彼女だが、少なくとも悪い印象はないし、これまで落ち込んで多大な迷惑をかけてしまったことだろう。
「ありがとうノア。どうか色々教えてね」
またにこりと微笑む。媚びた笑みではなく、こんなに人を安心させられる肯定の微笑みができる人はそうはいないだろう。同じ年くらいなのに。
出来るわこの子……
仕事ばかりしてきたし、仕事に自信もあったわたし。どうしても仕事目線で相手を見てしまう。
「ルカイヤ様の責務も聞いております。ルカイヤ様の身の回りに関わる者はみな事情を知っておりますわ。御館様はこの屋敷では心重くなることが少ないようにとご配慮下さっていますのでご安心を」
公爵…。
捨て駒であってもいいわたしの、これからの事に対して事情を知るものを邸内に置いてくれるのは本当に有難かった。
徹底して悪役を演じたとして。わたしが本心で悪役だと思われたらきっと邸内に働く者たちも私を嫌な目で見るだろうし。そうしたところまで配慮してくれるからこそ、邸内のもの達にも慕われるんだろうな…
でもそんなに多くの人が事情を知っていて大丈夫かしら?
「大丈夫ですよ。私たちはただの侍女などではありませんの。この屋敷に働くものは公爵の軍隊そのものですわ。主への忠誠なき者は死あるのみ」
口元に人差し指をあててウィンクを見せる。可愛らしい顔でうすら寒いことを言う。
食事をとり、身なりを整えた。
今まで簡単にひとつに結っていた髪をノアに綺麗に整えてもらい、お客様より華美にならないことを徹底されていたわたしは生まれて初めてその辺の花では無い髪飾りをつけた。
一つ一つがわたしの年収をはるかに超える宝石の着いた髪飾り、ピアス、ネックレス、指輪。その金属と石の重さは役割の重さを示しているようにも思えたし、髪を結い上げるのに髪の中に何本も差し込まれたピンの数が心に突き刺さる槍の数にも思えた。
良い生地をふんだんに使ったドレスは重かった。体を締め付けるコルセットも息が止まりそうだった。悪役の重みにも思えた。でもわたし
…似合うわ。
それっぽい。鏡に映る自分は誰が初見で見てもあの人強そう、怖そうと思う厳しめの雰囲気を漂わせていた。口を尖らせて、強いアイラインを引いた目で見くだせば完璧じゃない?
さあ、公爵の前に行こう。
あなたが選んだ一般市民があなたの「仕事」の娘として相応しいことを見せてあげる。
不適応と見なされて早々に口封じなんて嫌だもの。
思い出そう。宿に貴族の高圧的な夫人が止まった時の歩き方は?顔の角度や表情は?
カツン、カツン、カツン
廊下を歩くヒールの音にも意志の強さが見えるように。でも下品にならない大きさで。
後から付き添うノアは足音を立てず、しずしずと頭を垂れて付いてくる。そして、今日は書類整理に書斎にいるという公爵を訪れた。
「お父様、ご心配をおかけ致しました」
悪役らしく揚々とした口調で挨拶をしてドレスを広げる。屋敷に到着した時との変わりように、その出で立ちに公爵も目を見開いて言葉を失った。
「気持ちは落ち着いたのかね、ルカイヤ。ロベールの王女がこの国に来るまでにはまだ三月ほどある。無理なことを押し付けてしまっていることは分かっている」
心底心配をしてくれている声だった。慈悲深い領主。でもその心の一番は国民団結と国家の安泰。
「いいえ、三月しかありません。わたしに足りない作法、知識。習得するには時間がありません」
実際そうだ。成り行きとしては父の友人だった公爵が私を見つけ亡き父の忘れ形見を引き取ったと。形は美談とはなっているが、当のわたしが貴族の中で立ち振舞って遜色ないようでなければいけない。
悪役になると言っても、ただ当たり散らすようなやり方では成り上がりものだとか、本当の両親にまで傷が着くような事を言われるだろうし、逆に自分の立場を悪くするだけで追い払われる。
ある程度わたしの言い分ややり方に説得力が無ければ悪役ではなくただの粗暴な厄介者にしかならない。
「悪役令嬢、引き受けますわ。そのためには知識と下準備が必要です。どうぞお教えを」
公爵は静かに頷いた。
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