なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

文字の大きさ
5 / 42
一章 虹の種と孤独な手

5話 花の思い出

しおりを挟む
扉の隙間から、太陽が何度も俺を見ていった。
「いつまで寝ているんだ」と言われたようなので、俺は起き上がった。

 心の思うまま――そうアーサーに言われたので、”虹の種”を蒔こうと思う。

 畑はもちろん、丘の上と、川辺――あとは滝つぼあたり。
 ここにも蒔いてみよう。
 いつものように土を柔らかくして、指で穴を開ける。
「……ここには五つでいいか」

 滝の霧のそばに、小さな黄色い花が揺れていた。
 この季節に咲くには早すぎる――
 でも、だからこそ余計に強いのか。

 その群がる花たちの端に、“虹の種”をそっと埋めた。
 芽が出た時、仲良くなれるかと思った。

 家に帰ると、次に何をすればいいのか、わからなくなった。
 虹の種を持つ前の生活が、もう思い出せないほどだ。
 ならば――と、もう少し遠くへ種を蒔きに出かけることにした。
 一日で帰れるだろうと考え、北の山頂を目指して歩き出す。

 今住む山を一度下ると、咲く花も違えば、木も草も変わっていく。
「ここでもいいか」と思って、いくつかの場所に種を蒔いた。
 けれど、ここでは何の目印もないことに気づき、思わず自分に呆れた。

 森の奥で、暗い小さな沼を見つけた。
 山の中の沼は、たいていすぐに干上がってしまう。
 けれど、この沼は――あと数年は、このまま生き続けるだろう。
 今はまだ辺りに何も咲いていない。
 だけど、この“虹の種”が、やがてこの場所に綺麗な花を咲かせてくれるに違いない。
 少し多めに蒔いておいた。

 頂上に着いた頃には、もう日が沈んでいた。
 あまりにも高すぎるせいか、空気が凍てそうだ。
 吐く息は白く、頬が痛い。
 雪男に握り潰された時を思い出す。

 ――こんな寒い場所で、芽を息吹かせることなどできるのだろうか。
 それでも、これも“試し”だと思い、三つだけ、少し深めに埋めておいた。

 暗闇の中で、遠くに明かりが見えた。
 あのあたりは――一番、人里離れた村のはずだ。
 なのに、あんなに灯りが並んでいるとは思わなかった。
「……平和なのだから、当たり前か」
 しばらく眺めていたが、足は向かなかった。
 それでも――どんな村になっているのか、そんなことを考えながら、家へと帰った。

 考え事をしていたせいか、空はもう白み始めていた。
「ん……?」
 何かが気になる。
 種を蒔いた畑のまわりに、見慣れない跡があった。
 獣のものだろうか――いや、どこか“足跡”のようにも見える。
 魔物のはずはない。
「……見間違い、か」
 そう自分に言い聞かせた。

 また三日、ろくに眠れなかった。
 だけど、限界がきて、ようやく眠った。

 ――そして目を覚ますと、頭は驚くほどすっきりしていた。
 魔物の気配など、まったくない。
 畑のまわりにあった跡も、どうやら俺の足跡だったようだ。

 ……虹の種を手に入れてから、少し慌てすぎか。
 しかし、”虹の種”が咲き誇るところを見てみたい。

「よし、今度は東の山に登ってみるか」
 それはとても険しい山だった。

 目指すのは、山の中腹にある洞窟。
 昔、冒険の旅の途中で訪れた場所だ。
 外は猛吹雪でも、そこには温泉が湧き出ていた。
 蒸気に満ちた湿気の中、岩の隙間に咲く花が――健気に咲いていた。

“珍しいあの花”を、もう一度見たいと思った。
 昔のことを思い出したいわけじゃない。
 ただ、俺の記憶の片隅で――“あの花も、芽吹いた”ような気がした。

 この山の途中には、内部へと続く洞窟がある。
 仲間たちとその迷路のような洞窟を抜けて、山頂まで登ったことがあった。
 だが今は、俺ひとりだ。
 吹雪のなか、氷の壁をよじ登る。
 手足の感覚が薄れていくのを感じるが、それでも歩みには問題ない。
 気づけば、目的の場所はすぐ着いた。

 仲間と入った温泉を思い出す。
 この洞窟にいるだけで、入っているのと一緒だ――
 そう言って、戦士は湯に浸からなかった。
 今でも、変わらず蒸気が噴き出している。

 だいぶ探したが、“あの花”は見当たらなかった。
 なぜないのかと考えてみたが、俺にわかるはずもない。
 ここでは日も差さない。
 それでも、“あの花”のことを思い出していた。
 そして、虹の種を、いろんな場所に植えてみた。

 ついでにと思い、温泉に入った。
 あの頃よりも熱い気がしたが、平気だった。
 そうだ――思い出した。
 剣と荷物は頭に乗せるといいらしい、と誰かが言い出して、それを、みんなで真似したっけ。
 それも、懐かしい。

 こんな熱さを感じるのは、いつのことだろう。
「……こんな感覚、久しぶりだな」
 ……体中が沸騰しそうだ。
 思わず、底にある石を手で握っていた。
 よく見ると、黄色い宝石が交じっていた。
 形はいびつだったが、綺麗なので拾っておいた。

 温泉を出た俺は、茹でタコみたいなものだろう。
 あれから宝石を探してみたが、一つも見つからなかった。
 誰かの落とし物だったのかもしれない。
 身体が芯まで冷える前に、山を下れるだろうか。
 それとも、吹雪のない洞窟の中を通って帰るべきか……。

 どうやら、身体は覚えていたらしい。
 洞窟の中を駆け足で山を下ってきた。
 家に着く頃には、爽やかな風が頬を撫でていた。
 温泉に入ったおかげか、調子はかなりいい。
 北へ行き、東へも行った。
 ならば――次は、南に行こうか?

 ただ――南には湖沼が多く、底なし沼も少なくない。
 正直、行くのは面倒だと思った。
 それでも、頭に浮かんだのは、湖の底で咲く“水中花”だった。
 あの厳しい場所で咲く花の生命力が、かつての俺を奮い立たせ、救ってくれたことがある。
「……昔は、良かったな」

“魔王討伐”か……。
 南にあった魔王城のことは、今でもよく覚えている。
 あの頃は、それだけを考えていれば、すべてがうまくいっていた。
 戦士に頼られる俺。
 魔法使いに褒められる俺。
 盗賊には……尊敬されていたのかもしれない。
 そして、プリーストには――
 信頼以上のものがあったと、俺は勘違いしていた。

「南に行くのはやめるか……」
 あっちへ向かうのは気が進まない。
 そう考えながら、家が見える場所まで戻ってきた。

 風が止み、空気がよどんだ気がしたのか――
 静かな帰り道だ。

 ……ん? 誰だ?
 家の前に、見慣れない人影が立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...