なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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二章 孤独の庭に落ちた雫

1話 洞窟に響く声

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 渡り鳥だろうか。
 高い空を群れをなして飛んでいた。

 木々のざわめきの奥で、たき火がはぜる音、水が泡立つ音がする。
 週に一度でいい――そう言ったはずだった。
 どうして、今日もやってきたのだろう。
 そんなことを考えていた。

「おはようございます」
 トリスの明るい声。

 だから、俺はそれを無視した。

「私の母は、行商人が立ち寄るギルドで働いているんです。それで――アーサーさんが向かったネッタン国、いま少し……きな臭いらしくて」

 俺はそこまで急いではいなかった。
 だけど、トリスは――それを、わざわざ急いで知らせに来たのだろう。

 ……もしかして、飯を食べたくて来たのかもしれない。
 細身の身体のくせに、大食いなやつだ。
 まあ、好きなだけ食べればいい。
 情報さえあればな。

「具体的には?」
 感情を入れない、冷たい言い方をした。

「えっと……小さな規模ですけど、争いが始まっているそうです。でも、それもまだ噂の段階で……」
「それで、アーサーさんは?」
「……行方が、わからなくなってしまいました」

 言葉を選んで話すその様子に、不安を煽られた。
 これからどうするか、考えなければ。

「飯ぃ」
「あ、はい」
 二人で向かい合って朝ご飯を食べる――
 そんなこと、するはずがない。
 考えもまとまるはずもない。

 俺は家の中で、一人で食べた。

 折角、魔物が消えたというのに――
 “また”争いが起きるのか?
 しかも今度は、人同士だと?
 何のために、そんなことをしないといけないんだ。

 俺が探しに行くか?
 ……いや、これ以上人に会いたくない。
 誰かに見に行かせるか……
 思わず、トリスに視線を投げた。

「あ、美味しくなかったですか?」
 皿を持ち上げて、一口で食べた。
「……」
「アーサーさんを探してくれ」
「……え?」
 そうは言ったが、無理そうだとすぐに分かる。
「お金がないもので――どうにもなりません」
 ――勘違いをしているようだが――それでいくか。
「金があればいいんだな。ここにいろ」

 俺は、黄色い宝石を見つけた山へ向かった。

「よし!」
 温泉の中に黄色い宝石を一つ見つけた。
 幸先が良い、やはり、集中して探せば見るかるようだ。
 ――そう、思っていたのは五時間前のことだ。
 現実はそう甘くなかった。

 マルチツール伝説の剣で壁を掘り、天井も削ったが、出てこない。
 蒸気で熱いこの場所では、少しぼうっとしてきた。
 吐く息が、まるでドラゴンのようだと思う。
 涼しい場所まで戻り、冷たい地面に伏せてみた。

 地面の奥に、何か感じる……。
 もしかして、これは虹のアイテムの片割れ……だったのか?
 赴くままに地面を掘ってみた。
 ――思った通り、そこに黄色の宝石を見つけた。

 ずっと地面に這いつくばっている。
 もう宝石を探すのは、さすがに飽きてきた。
 十個も見つければ、とりあえず十分だろう。
 トリスは待っているだろうか。
 思った以上に時間がかかってしまった。

「待ってろ! と言われたので待っていましたけど、三日ですよ! 早く帰りたいです」

 あいつに似ない生真面目さだな。
 きっと母親譲りだろう。
 俺は黄色い宝石をすべて渡した。
 アーサー探しを任せるためだ。
 それに、特別な土を手に入れるのが目的だから。
 もし、あれだけで足りないようなら、また行くしかない。
 トリスとの次の約束は、一週間後にした。

 俺は、このしばらく虹の種を覗いていなかった。
 まだ芽は出ていないだろう。
 それでも、楽しみにしてるお弁当箱のふたを開けるように、畑を覗き込んだ。
 土がふくらんでいるように見えた。
 いや、へこんでいる……?
 こんなことでは、気分が安らがない。
 トリスももういないようだし、寝ることにした。

 次の日、川へ行く前に畑を覗いたが、やはり芽はまだ出ていなかった。
 バケツに水を汲み、芽のまわりに注ぐと、まるで喉を潤すように土がたっぷりと吸い込んだ。
 これで、今日の仕事は終わりだ、他にやることもない。
 仕方なく宝石探しに、また洞窟へ向かうことにした。

 俺の探し方は、地面に寝転がって、何かを”感じた”ら掘るだけだ。
 そのたびに立つのは面倒なので、移動はゴロゴロと転がって済ませる。
 ただ、たまに尖った岩が顔を出す。
 乗り越えた後で立ち上がればよかったと、地面で背中を押さえつけられながら思った。

 ちょっと困った。
 まさか、もう全部掘り起こしてしまったのだろうか?
 全然、宝石は出てこない。
 せっかくお金になりそうな物を見つけたのに、これで終わりなのだろうか。

 ――ゴロゴロ。ゴロゴロ。
 この場所、砂が多いせいか、まるで寝床で寝転んでいるように心地よい。
 天井を見上げ、ゆっくり目を閉じた。
 ――ぽちゃん。
 と、遠くで湯の音がして、時間だけが溶けるように過ぎていった。

 《アセル》
 はっとして目が覚めた。
 寝ていたようだ。
 そうか、ここで“感じた”のは声だ。
 向こうの方で、誰かが呼んでいる――いや、歌っているのか?

 この広間には覚えがある。
 雪の精霊が眠っていた場所だ。
 あのとき、雪巨人と戦うときに手を貸してもらおうとした。
 ……それなのに、ここは後回しにした。
 それ以来、一度も会いに来なかった。

 ――そうか。

 膝をつき、頭を下げて地面に耳をすませた。
 強く、何かを感じる。
 埋もれている物を壊してはいけない――そう思い、ゆっくりと掘ってみた。

 キーンと澄んだ音がした。
 思い出す精霊の声のように透き通った響きだった。
 そして、水色の宝石が、精霊のように光を放ち姿を現した。

「これは……売れないか」
 そんな、不遜なことを考えていた。
 その時。

「当たり前でしょ!私を売る気なの?」

 まさか俺が背後を取られるとは、思わなかった。
 振り向いた瞬間、きれいな声と共に白い両足が俺の顔に飛んできた。
 朝、顔を洗っているように――びしょびしょになった。

 ま、まさか――本当に水の精霊がいるだなんて。
「君たちは……魔物たちと一緒に、この世界からいなくなったはずじゃないのか?」
 驚いたせいで、言葉が早口になる。

 精霊は首をかしげ、小さく笑った。
「え? あなたたちは、私を目覚めさせて……この“虹の雫”を使って、魔王を倒しに行くって聞いていましたよ?」

 虹の雫――そんな名前、聞き覚えがない。
 そう言うと、水の精霊はぽろぽろと大きな涙をこぼした。

「あの……精霊王様は、どうなされたのですか?」
 えづくようにしゃくり上げながら、かすれた声で尋ねてくる。

 この小さな精霊は、本来――俺たちと出会う“運命”にあったのだろう。
 けれど、もう魔王もいなければ、精霊王もいない。
 世界の流れがどこで狂ったのか。
 それは、俺にもわからなかった。

 昔の記憶をたどりながら、洞窟に響く水の音を聞いた。
 あの頃か――精霊のことなど、まるっきり覚えはなかった。
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