なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

文字の大きさ
23 / 42
四章 境界は混ざる誰も知らずに

5話 変化と見えぬ変化

しおりを挟む
「勇者くんはさぁ――まぁ、これは何度も言ってきたことだが……」
 戦士の顔は血に染まったいた。
 牙に裂かれたボロボロの体を引きずる。
 そして……折りたたむようにしゃがみ込んだ。
「まったく変わってないよね」

「そうかい? しばらく水に映る自分の顔しか見てないからね」
 俺は泥だらけの手を軽く払う。
 そのまま自分の頬をぐい、と撫でた。
「髭でも生えれば、少しは違うんだろうけど」

「ふ……そうか」
 戦士は老人のように深いため息をついた。

 ……勇者!?
 戦士!?って……。
 二人の会話の中に、トリスが入り込む余地はなかった。
 まるで別の時代の言葉を聞いているように。

「わたしたちのことは知っているだろ? 勇者教を……。あのあと、表向きには冒険者なんてもういなくなった。年を取ったわたしらが、慣れない神聖魔法なんぞ覚えさせられてな」

 誰も相手の顔を見ない。
 弱っていく戦士の声は、地面へ溶けていく独り言のようだった。

「なぜ”あの女”が裏切ったのかは知らない。だが……結局わたしも勇者くんを裏切ってしまったよ。すべては――プリーストの手の内だったのさ」

 腰にある鞘はかっらぽ。
 戦士は、脚に付けてある小型の短刀を、震える腕で取り出した。
「戦士として……いいだろ? 勇者くん」

 今度は、俺のほうが深く息を吐いた。
 振り向いた時、戦士はすでに地面へ倒れていた。
 胸元に触れる。
 心拍は弱い――あと数回打つかどうか。

「……そんな短い剣で、何をするつもりだったんだか」

 俺のつぶやきに、すぐ横でトリスが反応した。

「勇者って……あの勇者? アセルさんがまさか。神――なんですか……?」

「落ち着け。取りあえず温泉に連れて行かないとな」
 何だ昔より痩せたのか、戦士さんよ……いったい何をしていたんだか。



 洞窟に着くと、そこは見たこともない光景になっていた。
 壁のあちこちに、血管のようにツタが這い。
 奥から淡い虹色の光が溢れている。

 トリスは以前見た洞窟との違いに戸惑っていたが、光量は十分らしく、松明はいらなかった。
 俺も初めて見る光景だが――どこかで、あの子が芽吹いている。
 そう思うだけで胸があたたかくなる。

 まず、戦士を温泉へそっと沈めた。
 横でトリスが小さく息をのむ。
 湯が触れたところから、服の汚れがほどけていく。
 それと一緒に、赤い血が温泉の色を変えていった。

「あの、アセルさん。他の兵士たちは……やっぱり……」
 声が揺れている。

「ん? 何の話をしている?」
 訊き返すと、トリスは目を伏せた。
 久しぶりに来た山のはずなのに、どこか沈んだ表情だ。
 本当に今日は、珍しいことばかりが続いている。

 どうせ戦士さんもしばらく目覚めない。
 なら――いまのうちにトリスの話を聞いておくか。



 最初は何を話したいのか、トリスには言葉がまとめられないようだった。
 口を開きかけては閉じる。
 戦士さんの方をチラッと見ると、彼の話をすることにしたようだった。

 この戦士さんが、俺の昔からの知り合いだと言う話。
 まあ、その頃は仲間だが……。

 そして”勇者”の話。
 俺をただの冒険者だと思っていた、だとか――
 まるで世界の裏側を知ってしまった子供みたいに混乱していた。

 そんな話の途中で、突然トリスが慌てだした。
 ――アーサーのことを思い出したのだ。

 洞窟の中は蒸気でむせ返るほど熱い。
 その中でトリスは慌てて早口になっていた。
 温泉にも入らないのに、汗に濡れた服がぴったり貼りついている。

「とりあえず外の雪でも食べてこい」
 このままでは本当に倒れかねない。

「はい……!」
 トリスはふらつきながら外へ向かった。

 ……アーサー。
 やはり勇者教に捕らわれていた……ということなのか。
 それで戦士さんが、ここまで連れて来てくれたのだろうか。

 虹の種はどうにか育ちはじめている。
 あれほど彼が探し求めた“特別な土”も、もしかしたら必要ないのかもしれない。
 ……だが、より早く、より大きく育つのなら――
 手に入るに越したことはない。

 そして何より……アーサーを、少しでも休ませてやりたいものだった。



 雪の塊を片手に持ってトリスが戻ってきた。
「はぁ、この雪でさっぱりしました」
 硬い雪なのか、ガリッ、ボリッと――骨でも噛み砕くような音が響いた。

「トリスはここで戦士さんの様子を見ていてくれ」

 突然の俺の言葉に、トリスは雪を咥えたまま固まった。
「え? え? アセルさん、どこか行くんですか?」

「カルド村――今は発展しているんだろ? ちょっと見に行ってくるよ」
 俺は本当に、何気なく言っただけだった。
 けれどトリスは、両手を妙な角度に持ち上げて、口をぱくぱくさせる。

「お前はまた、ゾンビ―にでもなったのか。……まあ、それでもいいが、頼んだぞ」

 トリスはようやく声を取り戻したようだ。
「は、はい。でも前は、あれほど行きたがらなかったのに……何かあったんですか?」

「別に何もないよ、ただ――あの辺りも”いい山だと”思ってね」
 自分でも理由はよくわからなかった。
 結局、家のある山から見える場所は、俺の領域――そう思っただけかもしれない。

 ……トリス。
 お前も、ずいぶん変わったな。
 あいつに似てきたところもあって、少しだけ驚く。

 戦士さんだって、あの頃とはまるで違う道を歩いてきたんだろう。
 そう思うと――俺も、変わったのかもしれない。

 虹の種に支えられて、やっとここまで来たんだな、って。



 家へ戻ると、畑にはひとつだけ芽吹いている。
 掌にすっぽり収まるような、ミニチュアみたいな四つ葉だ。

 俺の言うことを何でも聞いてくれる。
 最高の、子だ。

 柔らかい金属を細く裂き、指先で綺麗に編み込む。
 その小さな四つ葉を守るための小さな家だ。

 懐の中にしまっておけば持ち運びにも困らないし……
 何より安心なのは――
 この子が勝手にどこかへ行くことは、絶対にない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...