なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

文字の大きさ
26 / 42
五章 人々ではない無意識の争い

2話 白い溶岩を見るツタ

しおりを挟む
 ああ、こんなにも体が震えて、勝手に踊り出しそうなくらい気分がいいなんて――
 あの時、魔物に催眠術をかけられた時以来じゃないだろうか。

 家に戻って、藁の上にそのまま寝転んだ。
 視線の先には、金属の檻の中にいる “この子《姫》”。
 ただ眺めているだけでよかった。

 姫から力があふれている――そう思っていた。
 だが震えていたのは、俺じゃなかった。

 山だ。
 地面そのものが、ゆっくりうねるように揺れていた。

 檻の隙間から、姫にも日光を浴びさせようとしたので外へ出た。
 空には、今日も小さな一人ぼっちの雲が浮かんでいるだけだった。

 あの嵐の日以来、まとまった雲を見ていない。
 かといって雨が降らないわけでもなく。
 今では俺の水やりのような――
 天気雨だけが、パシャっと落ちてくるのだ。

「あの天まで伸びた子はどうしたのか……」
 どの方角の空にも見当たらなかったので、気にはなっていた。
 そのまま何処かへ飛んで行ってしまったのだろうか。

 空の向こうが見えないものかと――
 ずっと眺めていた。

「あ、アセルさんいたんですか!? 戦士さんの意識が回復したんですよ。何か食べてもらおうと思って見にきたんです」

 トリスの声は相変わらず明るい。

「そうか、トリス。ありがとう。他には何か変わったことは?」

「他にも……と言われても――あっ、そうだ!」
 トリスは自分の足元を見て、少しだけ不安そうに眉を寄せた。

「地震、ありませんでした? 最初は温泉が湧く前みたいな揺れかと思ったんですけど……なんだか違うんですよ。洞窟が共鳴すると言うか……」

 彼の言葉に、さっき感じた山の脈動が頭の奥で重なる。
 ――やっぱり、地震か。

 何かが目覚めるとなると、やっかいだ。
 この山はただでさえ生き物みたいなのに、さらに目を覚ますつもりか。
 ……それか、本当に火山が動き出しているのか。
 あれだけは勘弁してほしい。
 せっかく馴染んできた“いい土地”を、炎で壊されたら困る。
 戦士さんの様子を見つつ、調べて見るか。



「なあ、トリス。ここにいた子は、どうして消えたんだ? 変わったこととは思わなかったのか」

 中腹の洞窟一面を覆っていたはずのツタが、跡形もない。
 俺から見れば大事どころではなく、“緊急事態”だ。

「そう言えば、消えたっていうより……洞窟の奥へ行ったんだと思います」
 トリスはさらりと言い残すと、それより戦士さんに食べさせるほうが大事らしい。
 一人で松明を掲げて奥へ入っていった。

 ……奥へ、か。

 壁に手を当てるだけで、はっきりわかる。
 揺れている。絶えず、脈打つように。

 ――この山が震源だ。

 地面が暴れているんじゃない。
 山そのものが、息をしているような震えだ。
 嫌な予感しかしない。
 “あの姫”が奥へ行った理由も、これで半分わかった気がした。

 戦士さんは目を覚ましてはいたが、まだ横になったままだった。
 俺の顔を見るなり、枯れた声で怒鳴る。
「なに勝手に……死なせておけって……ごほっ、がはっ――」
 言い終わる前にひどく咳き込み、胸を押さえた。

「まあ、落ち着けよ。お前みたいな図体じゃ、そう簡単にくたばらないさ。それに死なれたら後始末が面倒だ。ほら、トリスの飯は美味いんだ。食って力つけてろ」

 トリスは隣で黙々と鍋をかき混ぜている。
 戦士さんに向かうと、「あったまりますよ」と言って器を用意し始めていた。

「ちょっと調べてくる」
 そう告げて、俺は洞窟の奥へと足を向けた。
 揺れの正体――
 まだ見たことのない、ここの姫を探しに。
 そして、ツタが消えた理由を確かめるために。

 少し入り組んでいるが、記憶を頼りに進んでいく。
 そして――すぐわかった。
 ここは俺の知っている場所じゃない。
 “最近になって押し広げられた”みたいに、見覚えのない空間がぽっかり口を開けていた。

 足元から熱気がぶわっと吹き上がってきた。
 この俺でも思わず顔をそむけるほどだ。
 ――あの、息ひとつで石化させてくる牛。
 あいつの体温に近い。

 気合を入れて腕で顔をかばい、さらに奥へ踏み込む。
 岩肌に絡むツタ――いや、もはや血管だ。
 溶岩でも流れているんじゃないかと思うほど、赤い光がどくどく脈を打っている。

 一歩進むごとに、その脈が強くなる。
 その“生きた壁”は、これ以上先へ行くな――
 そう告げているようだった。

 ――地震だ!
 いや、俺は何かに食べられてしまったのか?
 その揺れに合わせるように奥から――
 白い灼熱の溶岩が押し寄せてきた。

 何も考えられなかった。
 ただ本能だけが「走れ」と叫んでいた。

 俺は無我夢中でトリスたちの場所へ駆け戻った。

「噴……火だ……!」
 言葉になっていたかどうかも曖昧だ。

 この山が、ほとんど予兆もなく吼えるなんて。
 嫌な汗が背中を伝う。
 とにかく――全員で脱出しなければならなかった。

 トリスに手伝ってもらい、戦士さんを背負う。
 俺にとっては軽いものだが、なるべく慎重に運んだ。

「アセルさん! 後ろ! 溶岩が、来てる、来てるってば!」
 トリスが半泣きの声で、後ろから迫る光景を実況し続ける。

 俺たちは洞窟を飛び出し、そのまま山肌を駆け下りた。

 だが――

「うそ……こっちも!?」
 トリスの叫び。

 山肌の、まったく予期していなかった地点が、破裂するように弾けた。
 地の底から吹き上がる溶岩が、白く輝きながら唸りをあげる。

 ――雷だ。
 大地の雷が、液体になって暴れ狂っている。

 それはただ流れるだけでなく、襲いかかるように枝分かれし、
 まるで意思をもって俺たちの周囲を取り囲んでいった。

「囲まれた……!?」

 肌が焼ける。
 視界が白む。
 山そのものが怒り狂っているようだった。

 ……。

 灼熱の白光が揺らぎ、見る間に鮮やかな青緑へ変わっていく。
 それは溶岩ではなく、光を帯びたツタだった。

 うねりながら伸び広がり、噴き上がる熱を飲み込む。
 山全体を包むように広がっていく。

「……ツタ、なのか?」

 熱はすっと引き、代わりに湿った風が吹いた。
 あの“子ども”の気配が、確かにそこにあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...