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五章 人々ではない無意識の争い
3話 青緑は呼応する輪郭
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隙間から差し込む日差しが、絡まり合った青緑色のツタをいやに艶やかに光らせていた。
「……まるでグリーンジャイアントの皮膚だな」喉の奥でつぶやく。
気づけば、俺たちはどこを見てもツタの壁に囲まれていた。
後ろも、左右も、上も──どこを向いても同じだ。
「捕らわれたのか……。姫の復讐だったりして」
自分で言っておきながら、ぞわりと背中が冷えた。
「うわぁー、アセルさん見てください。このツタ、触るとまだ熱いんですよ」
後ろにいるトリスは、どこかに通り道がないかと辺りを探していた。
ツタに半ばよじ登り、全体を見渡そうとしているらしい。
俺は麓の方向へ、戦士さんを背負ったまま歩く。
「なあ勇者くん……おろしてくれないか?」
戦士さんは、おんぶされているのがやはり恥ずかしいのだろう。
そんなことは言っても、まだ俺の背中を濡らす汗でたくさんだった。
「我慢をせず、しばらく寝ていてくれ」
そう声をかけたが、戦士さんは暴れるように俺の背中から降りようとした。
「いや、違うんだ……!」
何が違うんだ?
「あ、頭に……何かいる。そいつが、水を……」
嫌な汗が背筋を落ちた。とにかく戦士さんを地面に降ろす。
振り返った瞬間、俺の顔に冷たい水がぶっかけられた。
思わず手で拭う。
その指先から、戦士さんが立ち上がるのが見える。
そして――その頭の上には、間違いなく水の精霊がいた。
「君か……ミナリー」
どうやら、このツタが掘り起こしてしまったらしい。
「だってあたし、勇者さん嫌いなんだもんね」
ミナリ―はそう言いながら、わざとらしく戦士さんの頭に自分の頭をこすりつけていた。
「本当に……私の頭の上に何かいるんだな」
戦士さんは捕まえようと、腕を伸ばす。
しかしミナリーが、びゃぁっと出す水で防がれていて、捕まえられないでいた。
戦士さんはその水をぬぐい、ふと自分の腕を見つめた。
「でも……見てくれ。傷が良くなっているし軽く動ける」
その声は驚きというより、戸惑いを含んでいた。
「塞がっていた気持ちまで……こうも変わるとは、思っていなかった」
向こうにいたトリスが、俺たちの会話に興味をもったのか戻ってきた。
「な、なんなんですかこの生物は!?」
あまりに驚いて声が大きいので、俺は肩をすくめて答える。
「ミナリーだよ。たぶん、この山を掘り起こした騒ぎで目を覚ましたんだろ」
「そうよ? あたし、ものすごく揺さぶられたんだからね」
ミナリーが、偉ぶるように腕を組んでみせる。
「あたし、全部思い出したわ。この人は戦士さんでしょ? 勇者さんみたいにそのままの姿じゃなくったってわかっちゃうのよ」
次はトリスを見ながら、やや迷っていた。
「盗賊さんは若返っちゃったのかしら? でも違う?」
ミナリーは、水の雫をぽろりと零しながら、指先で小さく首をかしげていた。
「うーん……やっぱり違うわね。あの泥棒は、もっと卑屈でじめっとしてたもの」
「ちょっと待て」
思わず声を挟む。
「昔、ミナリーが俺たちと会ったことはないはずだ。どうしてそんなことを知ってる?」
「え?」
ミナリーは一瞬きょとんとし、それから困ったように視線を泳がせた。
「そうね……言われてみれば、どうしてかしら?」
考え込むミナリーを見て、俺は小さく息をつく。
「とにかく一度、俺の家に戻ろう。ここより、落ち着いて話せる場所のほうがいい」
それを聞いた途端、ミナリーは今まで考えていたことを、鶏みたいにきれいさっぱり忘れた。
「ここでも快適な部屋になるわよ。見てなさい」
そう言うと、ミナリーは「よいしょ」と間の抜けた声を出した。
戦士さんの頭からふわりと飛び立つ。
宙に浮いたまま、意味のわからない言葉を小さく、しかし楽しそうに紡ぎ始めた。
ぐにゃぁぁ。
そんな音を立てて、世界そのものが歪んだ――気がした。
直後、ばらばらだったツタが一斉に揃い、山肌に張り付くように形を変える。
まるで最初からそこにあったかのような、自然なバルコニーだ。
ミナリーは宙に浮いたまま、ツタを撫でるように指先を滑らせ、優しく語りかけた。
すると、幹から細いツタがするすると伸び出す。
絡まり、重なり、編まれていくその様子は、まるで誰かが無言で編み物をしているみたいだった。
気づけば、それは柔らかそうなベッドの形になっていた。
ここはもう洞窟でも山道でもない。
山腹に生まれた、小さな休憩所だった。
「さあ、座ってみて。戦士さんはこっち。若そうなあなたは……これね」
ミナリーが指先で触れるたび、ツタは即座に形を変え、自分のベッドを作り上げていく。
まるで最初から配置が決まっていたみたいに、迷いがない。
「勇者さんは――ご自分でどうぞ」
そう言って、俺からぷいっと顔をそらした。
その口元には、緑色のコップ。
いつの間にか刺さっていたストローを、ちゅうっと吸っている。
……完全にくつろいでやがる。
「勇者くん――私はここで余生を過ごしてもいいだろうか」
戦士さんは、そう言ったきりだった。
それは俺に言ったというより、”この姫”に言ったのか……。
これは、身体にぴたりと沿う、温もりを帯びたツタの寝床。
抵抗する理由を、最初から奪う出来だった。
まあ、あんなに気持ちよさそうに寝ているんだ。
今は放っておいていいだろう。
一方でトリスは、すっかり別世界だ。
ミナリーの指先とツタの動きを、食い入るように見つめている。
「どうやったら、そんなふうに動かせるんですか?」
どうやら“くつろぐ”より先に、学びたいらしい。
このツタは結局、本当に虹の種から育ったものなのだろうか。
姫たちに見られるような葉は、どこにもない。
だけど――考え込んでも仕方がない、か。
俺は、いじってみることにした。
ミナリーの言いぶりでは、俺にもできるらしい。
もっとも、精霊が話す言葉なんて知るはずもない。
だから適当に、ただ形だけを思い浮かべる。
――触れた、その瞬間だった。
ツタが、応えるように蠢いた。
伸び、分かれ、絡まり合い、
気づけばそれは、家具やテーブルまで揃った“部屋”になっていた。
壁はないが、日差しを遮る屋根はある。
椅子に腰を下ろすと、妙に心地よかった。
しかもそれは、俺がそう思っただけで、次の瞬間にはベッドへと形を変えた。
……いや、待て。
今度はこの山を見渡したくなり、俺は反射的にツタへよじ登ろうとした。
だが、掴む前に気づく。
登れない。
代わりに、足元からツタがするすると組み上がっていく。
一本一本が迷いなく絡み合い、
「こちらです」と無言で促すように、階段の形を取った。
……なんなんだ、”この子”は。
俺が一段目に足をかけるより早く、階段そのものがうねり、ゆっくりと持ち上がった。
まるで踏み出す意思すら先回りされているようだ。
驚くことに、俺は歩く必要すらなかった。
ツタは俺を乗せたまま、山肌をなぞるように頂へと運び上げていく。
――この姫はすごい子だな。
あとで水をご褒美したいけど、どうするか……。
バケツで汲むだけじゃ、とても間に合わないな。
見る見るうちに視界がひらける。
戦士さんとトリスも、すでに小さく見えた。
豆粒のようなトリスが、何かを叫びながら俺を見上げている。
恐怖しているのか、感心しているのか。
けれど今、俺が見るのは、この上だ。
そんなことを考えながら、俺はツタに運ばれるまま山頂に降り立った。
よく見れば、そこにあったのは青緑の山肌ではない。
輝く白い、肌のような質感だった。
ドクン、と。
鼓動が足元から、はっきりと伝わってくる。
この山が生きている。
そう感じても、おかしくはない。
無秩序に見えて、その実、すべてが連なり、守り合っている。
生きた要塞。
青緑色の、意思を持った山だった。
「……まるでグリーンジャイアントの皮膚だな」喉の奥でつぶやく。
気づけば、俺たちはどこを見てもツタの壁に囲まれていた。
後ろも、左右も、上も──どこを向いても同じだ。
「捕らわれたのか……。姫の復讐だったりして」
自分で言っておきながら、ぞわりと背中が冷えた。
「うわぁー、アセルさん見てください。このツタ、触るとまだ熱いんですよ」
後ろにいるトリスは、どこかに通り道がないかと辺りを探していた。
ツタに半ばよじ登り、全体を見渡そうとしているらしい。
俺は麓の方向へ、戦士さんを背負ったまま歩く。
「なあ勇者くん……おろしてくれないか?」
戦士さんは、おんぶされているのがやはり恥ずかしいのだろう。
そんなことは言っても、まだ俺の背中を濡らす汗でたくさんだった。
「我慢をせず、しばらく寝ていてくれ」
そう声をかけたが、戦士さんは暴れるように俺の背中から降りようとした。
「いや、違うんだ……!」
何が違うんだ?
「あ、頭に……何かいる。そいつが、水を……」
嫌な汗が背筋を落ちた。とにかく戦士さんを地面に降ろす。
振り返った瞬間、俺の顔に冷たい水がぶっかけられた。
思わず手で拭う。
その指先から、戦士さんが立ち上がるのが見える。
そして――その頭の上には、間違いなく水の精霊がいた。
「君か……ミナリー」
どうやら、このツタが掘り起こしてしまったらしい。
「だってあたし、勇者さん嫌いなんだもんね」
ミナリ―はそう言いながら、わざとらしく戦士さんの頭に自分の頭をこすりつけていた。
「本当に……私の頭の上に何かいるんだな」
戦士さんは捕まえようと、腕を伸ばす。
しかしミナリーが、びゃぁっと出す水で防がれていて、捕まえられないでいた。
戦士さんはその水をぬぐい、ふと自分の腕を見つめた。
「でも……見てくれ。傷が良くなっているし軽く動ける」
その声は驚きというより、戸惑いを含んでいた。
「塞がっていた気持ちまで……こうも変わるとは、思っていなかった」
向こうにいたトリスが、俺たちの会話に興味をもったのか戻ってきた。
「な、なんなんですかこの生物は!?」
あまりに驚いて声が大きいので、俺は肩をすくめて答える。
「ミナリーだよ。たぶん、この山を掘り起こした騒ぎで目を覚ましたんだろ」
「そうよ? あたし、ものすごく揺さぶられたんだからね」
ミナリーが、偉ぶるように腕を組んでみせる。
「あたし、全部思い出したわ。この人は戦士さんでしょ? 勇者さんみたいにそのままの姿じゃなくったってわかっちゃうのよ」
次はトリスを見ながら、やや迷っていた。
「盗賊さんは若返っちゃったのかしら? でも違う?」
ミナリーは、水の雫をぽろりと零しながら、指先で小さく首をかしげていた。
「うーん……やっぱり違うわね。あの泥棒は、もっと卑屈でじめっとしてたもの」
「ちょっと待て」
思わず声を挟む。
「昔、ミナリーが俺たちと会ったことはないはずだ。どうしてそんなことを知ってる?」
「え?」
ミナリーは一瞬きょとんとし、それから困ったように視線を泳がせた。
「そうね……言われてみれば、どうしてかしら?」
考え込むミナリーを見て、俺は小さく息をつく。
「とにかく一度、俺の家に戻ろう。ここより、落ち着いて話せる場所のほうがいい」
それを聞いた途端、ミナリーは今まで考えていたことを、鶏みたいにきれいさっぱり忘れた。
「ここでも快適な部屋になるわよ。見てなさい」
そう言うと、ミナリーは「よいしょ」と間の抜けた声を出した。
戦士さんの頭からふわりと飛び立つ。
宙に浮いたまま、意味のわからない言葉を小さく、しかし楽しそうに紡ぎ始めた。
ぐにゃぁぁ。
そんな音を立てて、世界そのものが歪んだ――気がした。
直後、ばらばらだったツタが一斉に揃い、山肌に張り付くように形を変える。
まるで最初からそこにあったかのような、自然なバルコニーだ。
ミナリーは宙に浮いたまま、ツタを撫でるように指先を滑らせ、優しく語りかけた。
すると、幹から細いツタがするすると伸び出す。
絡まり、重なり、編まれていくその様子は、まるで誰かが無言で編み物をしているみたいだった。
気づけば、それは柔らかそうなベッドの形になっていた。
ここはもう洞窟でも山道でもない。
山腹に生まれた、小さな休憩所だった。
「さあ、座ってみて。戦士さんはこっち。若そうなあなたは……これね」
ミナリーが指先で触れるたび、ツタは即座に形を変え、自分のベッドを作り上げていく。
まるで最初から配置が決まっていたみたいに、迷いがない。
「勇者さんは――ご自分でどうぞ」
そう言って、俺からぷいっと顔をそらした。
その口元には、緑色のコップ。
いつの間にか刺さっていたストローを、ちゅうっと吸っている。
……完全にくつろいでやがる。
「勇者くん――私はここで余生を過ごしてもいいだろうか」
戦士さんは、そう言ったきりだった。
それは俺に言ったというより、”この姫”に言ったのか……。
これは、身体にぴたりと沿う、温もりを帯びたツタの寝床。
抵抗する理由を、最初から奪う出来だった。
まあ、あんなに気持ちよさそうに寝ているんだ。
今は放っておいていいだろう。
一方でトリスは、すっかり別世界だ。
ミナリーの指先とツタの動きを、食い入るように見つめている。
「どうやったら、そんなふうに動かせるんですか?」
どうやら“くつろぐ”より先に、学びたいらしい。
このツタは結局、本当に虹の種から育ったものなのだろうか。
姫たちに見られるような葉は、どこにもない。
だけど――考え込んでも仕方がない、か。
俺は、いじってみることにした。
ミナリーの言いぶりでは、俺にもできるらしい。
もっとも、精霊が話す言葉なんて知るはずもない。
だから適当に、ただ形だけを思い浮かべる。
――触れた、その瞬間だった。
ツタが、応えるように蠢いた。
伸び、分かれ、絡まり合い、
気づけばそれは、家具やテーブルまで揃った“部屋”になっていた。
壁はないが、日差しを遮る屋根はある。
椅子に腰を下ろすと、妙に心地よかった。
しかもそれは、俺がそう思っただけで、次の瞬間にはベッドへと形を変えた。
……いや、待て。
今度はこの山を見渡したくなり、俺は反射的にツタへよじ登ろうとした。
だが、掴む前に気づく。
登れない。
代わりに、足元からツタがするすると組み上がっていく。
一本一本が迷いなく絡み合い、
「こちらです」と無言で促すように、階段の形を取った。
……なんなんだ、”この子”は。
俺が一段目に足をかけるより早く、階段そのものがうねり、ゆっくりと持ち上がった。
まるで踏み出す意思すら先回りされているようだ。
驚くことに、俺は歩く必要すらなかった。
ツタは俺を乗せたまま、山肌をなぞるように頂へと運び上げていく。
――この姫はすごい子だな。
あとで水をご褒美したいけど、どうするか……。
バケツで汲むだけじゃ、とても間に合わないな。
見る見るうちに視界がひらける。
戦士さんとトリスも、すでに小さく見えた。
豆粒のようなトリスが、何かを叫びながら俺を見上げている。
恐怖しているのか、感心しているのか。
けれど今、俺が見るのは、この上だ。
そんなことを考えながら、俺はツタに運ばれるまま山頂に降り立った。
よく見れば、そこにあったのは青緑の山肌ではない。
輝く白い、肌のような質感だった。
ドクン、と。
鼓動が足元から、はっきりと伝わってくる。
この山が生きている。
そう感じても、おかしくはない。
無秩序に見えて、その実、すべてが連なり、守り合っている。
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