なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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五章 人々ではない無意識の争い

5話 話す言葉は俺の中に

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 アセルは、山の頂で、ツタで編まれた椅子に腰掛けていた。

 隣の山に建つ、軽い金属でできた家。
 中腹のはずなのに、やけによく見える。

 ――いや。
 錯覚でも、気のせいでもない。

 以前は、こんな角度で家が見えることはなかった。
 つまり、この山が動いているのだろう。
 山肌が見えない以上、動いているのは――この植物か。

 ……ふぅ。

 手に余る道具を持ってしまったような気分だ。
 初めて伝説の剣を握ったときと、よく似ている。

 不意に、視界の端で何かが揺れた気がした。
 振り向いた、その瞬間。
 それは、ツタの中へと引っ込んでしまった。

 ……たぶん、葉っぱだ。

 ああ、ここにも居てくれた。
 それだけで、嬉しいと思えた。

 でも、どうして隠れてしまったのだろう。
 恥ずかしがり屋なだけなら、いいのだが――
 時は、長い。
 ゆっくり、この姫のことを知っていけばいい。

 俺は、戦士さんのところへ歩いて降りていった。
 勝手に運ばれるのはなんだか嫌だった。
 魔王の城を思い出す。
 まあ、あちらは床のタイルが浮いていた感じだったが。

「戦士さんは、本当にずっとここにいるんですか?」
 眠る彼に、声をかけてみる。

「ああ。なんだか、ここだけが安らぐよ」
 そう言うと、彼は目を閉じたまま、うつ伏せになってしまった。

 他にも、聞きたいことはある。
 けれど――無理に聞くこともないだろう。
 ただ、そのままツタに取り込まれてしまいそうだ。

 周りを見渡しても、トリスの姿はなかった。
 ミナリーを追いかけて、どこかへ行ってしまったのだろう。

 水の精霊が眠る山に、温泉が湧き。
 その影響で、植物が思ってもいないほど育つ。
 そんなこと、考えもしなかった。

 彼女に、もう一度眠ってもらうなんて、できないだろう。
 それならお詫びに、ミナリーにあげようか。

 ”碧翠のミナリア”と名を付けたこの場所を。

 今考えてみた。
 山でも温泉とでも、何でも呼べばいい。
 俺と同じように、使いこなせそうだ。

 それじゃあ、家にでも帰ろうか。
 俺には、この子がいればいいさ。

 懐にいる姫が、やけに熱く感じた。
 外へ出すと、何かを語り始める。
 言葉ではない。
 歪んだ光だ。

 まるで眠りの呪文――
 俺には耐性があるはずなのだが。

 足から力が抜け、倒れ込む。
 その拍子に、姫をどこかへ落としてしまった。

 そのとき、目の前のツタから葉が伸びてきた。
 一枚ではない。
 四つ葉かと思った。

 完全に眠りへ落ちる寸前、俺が見たのは――
 百枚はあろうか、葉の群れだった。

 ***

 ああ、赤い太陽か……。
 ここは、どこなんだろう。

 熱い。
 まるで溶岩の中で、燃え尽きかけているようだ。
 また、この子にどこかへ連れられていくのか?

「えぇーん、えん。くしゅ」

 ミナリーが、泣いている?
 いや違う――姿も見ていないのに、なぜ俺は分かる。

 何かに囲われている……。
 そうか……君は……囚われの姫なのか。

 悲しんでいるんだね――
 俺のせいで。

 それなら、この檻から出してあげるよ。
 寂しくはなるけど――それでもいい。

 薄い金属だと、分かっていた。
 それを切り裂くつもりで、俺は両手で掴んだ。

 そのとき、金属が小さく呻くように、動き出した。
 次の瞬間、俺の手はズタボロに切り裂かれていた。

 ……ああぁ。

 痛みなら、いくらでも耐えられる。
 赤い世界が、俺の血で、さらに赤く染まっていく。

 君は、その檻から出たくないのか。
 それとも――やはり、俺が出したくないのか。

 こんな、精神だけの世界にいるのは、昔にも何度かあった。
 声なき者たちが、俺に語りかけてくる世界だ。

 ちゃんと汲み取ってやれば、分かるはず。
 今は分からなくても、きっと分かる。

 だから――
 少しだけ、待っていてくれるかな。

 ……赤く、熱い感覚が、すっと消えていく。
 皆の声が、聞こえてくるのも分かっていた。

 昔に体験したものと、同じだ。

 ……そうか。
 つまり、仲間が俺を呼んでいるのか。

 懐かしい。

 戦士さんは、あの時も俺を見つめるだけだったな。
 トリスは――盗賊と比べればやかましいが、それも優しさか。

 ああ。
 苦しさを感じていたのは、ミナリーのせいだったのか。
 そんなに大量の水を飲めるわけないだろ。

 俺はただ、息が吸いたくなって――
 意識を、取り戻した。



 俺の口の中にいたミナリーが、慌てて飛び出していく。
 思った通り、トリスは騒がしく、戦士さんは俺をじっと見つめていた。

「大丈夫だよ。よくある――いや、昔の話だけど」
 俺はそれ以上、皆の顔を見ずに立ち上がった。

「最初、二人で寝ているのかと思ったら、二人とも返事してくれなかったので、びっくりしましたよ。ミナリーちゃんがいて良かったです」

「あたしが助けたんだからね。このトリス君が言うから助けたけど、次はないと思いなさいよ」

 今度はトリスの頭が気に入ったようだ。
 ミナリーはそこで何か、俺に文句を言っているようだった。

 とりあえず懐に手を入れる。
 そこにあるはずの球――
 姫は、ちゃんとそこにいた。

「あ、俺は家に戻るところだった。それと、ここ――“碧翠のミナリア”はミナリーのものだから。彼女にでも、なんでも聞いてくれ」

「え? あたしのだったの?」

「まあな。あとは頼むよ」

「へー。どうも、あたしにぴったりだと思った」

 ミナリーは「へー」と繰り返しながら、あたりのツタに話しかけ始めている。

「戦士さんも、それでは」

 今となっては、彼との関係に、昔のことは些細なことだった。

「ああ」

 そう言って、彼は軽く手を挙げるだけ。
 それが、俺たちの関係だ。

 トリスはまあ……来たければ、勝手に来るだろう。

 麓まで、階段が出来上がっていた。
 普通の人にとっては楽だろう。
 そんな人が、いればだが。
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