なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め

イニシ原

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六章 魔法は狭間から見る

1話 世界を裏返す白いもの

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「……ごめんな、じいさん」
 誰に届くでもない声だった。
 それでも、言わずにはいられなかった。
「なんだか思い出したよ。昔もさ……俺が急ぐあまり、仲間をカエルにしちまったことがあったな」
 苦笑する。
「ゴーストじゃなくても、太陽の光は駄目だったんだな」
 俺は、朝の差し込む光から目を逸らした。

 ……扉を、そっと閉めてみた。
 それでも、じいさんは帰ってこなかった。

 繊細なツタで編まれた箱の中。
 骨だけは、ちゃんと残っている。

 たぶん――
 夜になれば、また会える気がする。
 俺はなんだか、悪戯をして親から逃げる子供みたいに、外へ出た。

 じいさんのことはともかく――
 幽霊の四つ葉姫だけは、復活させてやりたかった。
 理由は、よく分からない。
 でも、きっと全部、俺のせいなのだろう。

 洞窟の温泉は、まだあるのだろうか。
 そこに浸せば、どうにかなりそうな気もする。
 ……いや。
 それなら、山たちのツタが、わざわざ俺のところへ届けたりはしないか。

 それとも、復活の呪文を知るプリーストでも探すべきか。
 だが、この骨を見せて「復活させてくれ」と頼むつもりか?

 ――はは。

 それが、どれだけ面倒な話になるかくらい、
 さすがに俺にも分かっていた。

 懐の“俺の姫”は、あれから姿を見ていない。
 また意識だけを、どこかへ飛ばされるのも困る。

 姫の感情に引きずられると、
 俺は何も出来なくなってしまうからだ。

 なんだか、気に掛かることが増えてきた。
 何から手を付ければいいのか、悩みが多すぎる。

 ……でも。

 心なのか、頭なのかは分からないが――
 落ち着くまでに、前みたいに何日も掛かることはなくなっていた。

 ――それは、仲間がいるからだろうか。

 この山々に、皆が集められている。
 そう言ってしまっても、いい気がする。

 あるいは、俺自身の無意識か。
 どちらにせよ、精神の世界は“自分”が敵になる、相変わらず厄介だ。

 正直なところ――
 魔王の方が、まだ分かりやすかった気がする。
 辛さはいくらでも耐えられた。

「さて……」
 どうしたものか。

 とりあえず、新しい種を蒔いてみることにした。
 その子たちが、どう反応するかを見たい。
 なにせ相手は――幽霊だ。
 何の反応もない方が、おかしいだろう。

 俺は部屋から、じいさんの入った箱を運び出し、畑に置いた。
 そして、その周りを取り囲むように、いくつか種を蒔く。

 最後に、汲んできた水を、静かにかけてやった。

 いつも、何を栄養にして育っているのか、不思議に思う。
 土なのか、水なのか――

 皆が一緒に育ち始めたとき、今までとは思いもよらないことが起きた。

 じいさんの箱から、ツタが伸び出したのだ。
 それは一本ではない。
 まるで、そこにあるすべての子たちと、握手を交わしているみたいだった。

 それだけじゃない。
 彼女たちは、歌い始めた。
 ……いや。
 これが、彼女たちの言語なのかもしれない。

 一人ひとりが体を小さく震わせ、
 澄んだ声を重ねていく。
 旋律はなく、言葉もない。
 それでも、不思議と綺麗だと思えた。

「……がんばれ」
 俺は勝手に、幽霊になった四つ葉の姫を助けているつもりでいる。
 この声援は、届いているだろうか。

 たぶん、大丈夫だ。

 ツタ同士は、より強く絡み合い、
 互いを確かめるように、握り合っている。
 今にも――
 一つの存在へと、溶け合ってしまいそうな勢いだった。

 そのとき、俺は気づいた。
 さっきから聞こえているものは――
 声でも、歌でもなかった。

 ……そうだ。
 詠唱だ。

 彼女たちは、皆で一つの呪文を唱えている。
 とても、とても、ゆっくりと。

 俺は、ふと考えた。
 この箱の中にいるじいさんが、まさか――
 唱えているのではないかと。

 ありえなくもない。
 じいさんは「ゴーストではない」と言っていたが、
 まあ、ゴーストだって呪文くらい唱えられる。

「やるじゃないか、じいさん」

 思わず、笑みがこぼれた。
 空を見上げ、ゆっくりと深呼吸をする。

 ……これは。
 間違いない。
 じいさんが、かつて得意としていた魔法だ。
 昼と夜を――
 入れ替えることができる。

 《世界を裏返すやつ》に、違いない。

 影が、目に見えて動き出す。
 空の色が、ゆっくりと塗り替えられていく。
 山の稜線へ、太陽が静かに沈んでいった。

「夜になれば、出てこられるんだよな。じいさん」

 俺は、待っていた。
 息をひそめ、ただ、じっと見つめる。

 今度こそ――
 幽霊ではない、実体の姿を。

 ………………。

 ――闇夜は、一瞬で過ぎ去り、朝日が昇った。

 ………………。

 ――また夜だ。
 ……などと考えているうちに、再び世界は明るくなる。

 俺の時間が、おかしくなったのか?

 一日が、異様な速さで流れていく。
 それどころじゃない。
 寒さを感じる間もなく、冬が終わった。
 そして、春も、夏も、秋も――同じだ。

 まるで、季節そのものが
「待つ」ということを忘れてしまったみたいに。

 ……まさか。
 俺の、せいじゃないよな?

 もう一度、俺は叫んだ。

「じいさん!」

 その声に反応したのだろうか。
 箱のまわりで呪文を唱えていた四つ葉の子たちが、ツタと、ゆっくり手を離した。
 そして――
 その歌声が、しわがれていくのと同時に、四つ葉は次々と、色を失っていった。

 昼と夜のサイクルが、元に戻っていく。
 狂った速さは収まり、空は、正しい順番で明るさを取り戻す。
 すべての四つ葉の姫たちが、風に吹かれ、散っていった、その瞬間。

 こんどは――
 俺の時間だけが、止まっているようだった。

 箱が――
 音もなく、ふたを開いた。

 中から、ゆっくりと立ち上がる影。
 白く、長い髪と髭。
 この世のすべての叡智を宿していそうな瞳。
 ローブも、杖さえも、白い。

 ――完全な実体を持つ、魔法使いだった。

「ああ、じいさん……」

 それだけ口にした途端、
 驚きで、息の仕方を忘れてしまった。
 胸が詰まり、視界が揺れる。

 ……やっと、息を吸う。

 これで、ちゃんと言える。

「……じいさん。一体、誰なんだよ?」
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