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本編
重ねた手と手
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名前が決まりました!
僕→那央
夫→柊弥
幼馴染→圭吾
時系列が少し戻ってます。
____________
「運命を否定するわけじゃないけれど、運命は必ずしも幸福をもたらすものじゃないと思ってる」
僕がすべてを打ち明けたあと、彼――柊弥さんは言った。
運命と関わったことがあるかのような、どこか引っかかる物言いだった。
首を傾げると、柊弥さんはふふと少し寂しそうに笑う。
「もう四年も前の話だけど、俺は、運命に恋人を奪われてしまったほうなんだ」
「え」
「そろそろ結婚しようかって、親に挨拶に行ったときだった。恋人がね、出逢ってしまったんだ」
「そんなことが……」
「驚くよね。道端でばったり……本当に運命の出逢いみたいだったよ」
運命の出逢い。じりと胸が痛んだ。
一目で惹かれるとは言われるけれど、柊弥さんはそれを隣で見てしまったんだ。
飲み込む時間があった僕とは違って、引き千切られたような感覚だったに違いない。
「那央くんからすると短いかもしれないけれど、五年……五年一緒にいた人だったからそれなりに傷ついてね。築いた信頼とか愛情とか、全部根こそぎ奪われた気分で、もう結婚なんかするかって今まで拗らせてたんだ」
「……じゃあ、お見合いを受けてもらえることになったのは……」
「すぐに番ってほしいって話を聞いていたからなんだ。願ってもないことだったから」
「そう、だったんですね」
それはそうだ。
番ってしまえばアルファもオメガも番のフェロモンしか感じなくなる。
運命に奪われてしまうことがないとわかっているだけで、どれだけ気持ちが楽になるか。
「それに、すぐ番えば、相手――那央くんが俺の二の舞になることはない」
「そんなことまで考えてもらっていたんですか?」
「とても大事なことだよ。同じ思いをしてもらいたくないから、新たに恋をしようとも思えなかった。この話も条件がなかったら、もらった時点で断っていたくらいに」
とんでもない要求をしてしまったと思っていたけど、条件を飲んでくれた理由に納得する。
この見合いは、過不足なく条件が合ったものだったということだ。この最高のタイミングで。
こんな運命みたいなこと……
運命じゃないのに、と思いながらもそんなふうに考えてしまう。
「この話を受けさせてもらいたい。事情を聴いて、那央くんの助けになりたいと思った。運命に振り回されているなら尚更にね。……それに相性も悪くはないと思う。この部屋に入ってからずっと君の香りに触れているけれど、好ましいと感じているから」
「そ、それは良かったです……」
そうだった、と恥ずかしさで頬が熱くなる。僕は今フェロモンを垂れ流している状態だ。
柊弥さんには強い発情抑制剤を飲んでもらっているけれど、香りが断たれるわけじゃない。
「ただ、この結婚は傷の舐めあいのような形になってしまうけれど、君はそれでもいいのかい?」
「――はい。もちろんです。心は決まっていますから」
迷いなく答えると、柊弥さんは安心したように表情を和らげて頷いた。
厳しく見える切り上がった目尻が緩むと、一気に雰囲気が優しくなって、こちらまで自然と微笑んでしまう。
ああ悪くないなぁ、って、すとんと落ちるものがあった。
「よろしくお願いします。受けてもらえてとても嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそお礼を言わせてほしい、ありがとう」
二人してぺこぺこと頭を下げあって、話が終わったからと部屋から追い出していた家族を呼び戻した。
婚姻届けは署名してすぐに両親に出しに行ってもらった。
提出しに行ったときに運命に遭う、なんて神さまのいたずらも起こりえる。
番うまでは絶対に人に会わないようにするって、柊弥さんが決めていたのだ。
きっと結婚の挨拶に行ったときに運命に会ったことが、トラウマになってしまっているんだと思う。
でもその慎重さが優しさの表れで、僕はすでに柊弥さんに気持ちが傾きかけていた。
番になるのは明日の予定だ。
お医者さんが処方してくれた発情誘発剤を飲んで行為をすることになる。
だからその時までできるだけ一緒にいたい、と柊弥さんが言ってくれて、今夜はうちに泊まってもらえることになった。
夕食まではずっと手を繋いで、お風呂に入ったあとは隣に座ってたくさんお喋りをした。
好きな食べ物、好きな曲、好きな場所。引っ越してから行きたいところ。
でもどうしても食べたいものにばかり話が収束して、大学生はまだ胃袋に忠実だね、なんて笑いあった。
ただ二人でスマホを覗き込んで柊弥さんの家を地図で確認しているとき、ちょうどメッセージが入った。
一瞬で通知画面は消えたけれど、柊弥さんは神妙な顔をして僕を見つめてきた。
「ごめん、見えてしまったんだけど、『明日もデート』っていうのは……」
「ええと……その幼馴染からです。あ!でもこれは当てつけとかじゃなくて、こっちはうまくやってるから安心しろって、そんな意味で……」
「そうだとしても、那央くんがそう受け取れない状態なんだから良くないよ。お義母さんから伝えてもらうようにして、こっちはしばらく見ないようにしよう。今は俺のを使ったらいい」
電源を切って、机に伏せて置く。それだけで肩が軽くなった。
柊弥さんが「よく耐えてたね」と頭を撫でてくれて、ぽろと涙が落ちた。泣くつもりなんてなかったのに。
『楽しみだね』と本心ではない返事をすることがこんなに負担をかけていたんだと、はじめて思い知った。
柊弥さんが寄り添って、背中を撫でてくれる。
今日会ったばかりなのに、ぴったりと引っ付いていても嫌な感じはしない。
それどころか胸が内側から温かくなっていくような、とても不思議な感覚だった。
母さんが、そんなに仲良くなったならお布団も隣でいいね、と客間にちゃちゃっと二組の布団を敷いて、僕たちを押し込んだ。流石に柊弥さんも予想外だったらしい。二人で何とも言えない空気を醸し出しながら、寝る時まで一緒に過ごすことになってしまった。
「先に謝っておくけれど、寝相が悪くて侵入してしまったらごめん」
「あ、僕、暑がりなんでお布団脱ぎ散らかすかもしれないです……」
二人で顔を見合わせると、ぷっとお互い噴き出した。
柊弥さんの顔がくしゃりと崩れて、僕もつられて声を上げて笑う。
「領土争いが起きそうですね」
「あぁ、明日の朝どうなっているか楽しみだね」
明かりを落とし、そわそわしながらも布団に入ると、「手を繋ごうか」ともぞもぞと布団の中で手が差し出される。
僕は迷わずその手を握り返した。
「大切にする」
暗闇に、柊弥さんの声が沁みていく。
治まったはずの涙が、またほろりとこぼれた。
僕→那央
夫→柊弥
幼馴染→圭吾
時系列が少し戻ってます。
____________
「運命を否定するわけじゃないけれど、運命は必ずしも幸福をもたらすものじゃないと思ってる」
僕がすべてを打ち明けたあと、彼――柊弥さんは言った。
運命と関わったことがあるかのような、どこか引っかかる物言いだった。
首を傾げると、柊弥さんはふふと少し寂しそうに笑う。
「もう四年も前の話だけど、俺は、運命に恋人を奪われてしまったほうなんだ」
「え」
「そろそろ結婚しようかって、親に挨拶に行ったときだった。恋人がね、出逢ってしまったんだ」
「そんなことが……」
「驚くよね。道端でばったり……本当に運命の出逢いみたいだったよ」
運命の出逢い。じりと胸が痛んだ。
一目で惹かれるとは言われるけれど、柊弥さんはそれを隣で見てしまったんだ。
飲み込む時間があった僕とは違って、引き千切られたような感覚だったに違いない。
「那央くんからすると短いかもしれないけれど、五年……五年一緒にいた人だったからそれなりに傷ついてね。築いた信頼とか愛情とか、全部根こそぎ奪われた気分で、もう結婚なんかするかって今まで拗らせてたんだ」
「……じゃあ、お見合いを受けてもらえることになったのは……」
「すぐに番ってほしいって話を聞いていたからなんだ。願ってもないことだったから」
「そう、だったんですね」
それはそうだ。
番ってしまえばアルファもオメガも番のフェロモンしか感じなくなる。
運命に奪われてしまうことがないとわかっているだけで、どれだけ気持ちが楽になるか。
「それに、すぐ番えば、相手――那央くんが俺の二の舞になることはない」
「そんなことまで考えてもらっていたんですか?」
「とても大事なことだよ。同じ思いをしてもらいたくないから、新たに恋をしようとも思えなかった。この話も条件がなかったら、もらった時点で断っていたくらいに」
とんでもない要求をしてしまったと思っていたけど、条件を飲んでくれた理由に納得する。
この見合いは、過不足なく条件が合ったものだったということだ。この最高のタイミングで。
こんな運命みたいなこと……
運命じゃないのに、と思いながらもそんなふうに考えてしまう。
「この話を受けさせてもらいたい。事情を聴いて、那央くんの助けになりたいと思った。運命に振り回されているなら尚更にね。……それに相性も悪くはないと思う。この部屋に入ってからずっと君の香りに触れているけれど、好ましいと感じているから」
「そ、それは良かったです……」
そうだった、と恥ずかしさで頬が熱くなる。僕は今フェロモンを垂れ流している状態だ。
柊弥さんには強い発情抑制剤を飲んでもらっているけれど、香りが断たれるわけじゃない。
「ただ、この結婚は傷の舐めあいのような形になってしまうけれど、君はそれでもいいのかい?」
「――はい。もちろんです。心は決まっていますから」
迷いなく答えると、柊弥さんは安心したように表情を和らげて頷いた。
厳しく見える切り上がった目尻が緩むと、一気に雰囲気が優しくなって、こちらまで自然と微笑んでしまう。
ああ悪くないなぁ、って、すとんと落ちるものがあった。
「よろしくお願いします。受けてもらえてとても嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそお礼を言わせてほしい、ありがとう」
二人してぺこぺこと頭を下げあって、話が終わったからと部屋から追い出していた家族を呼び戻した。
婚姻届けは署名してすぐに両親に出しに行ってもらった。
提出しに行ったときに運命に遭う、なんて神さまのいたずらも起こりえる。
番うまでは絶対に人に会わないようにするって、柊弥さんが決めていたのだ。
きっと結婚の挨拶に行ったときに運命に会ったことが、トラウマになってしまっているんだと思う。
でもその慎重さが優しさの表れで、僕はすでに柊弥さんに気持ちが傾きかけていた。
番になるのは明日の予定だ。
お医者さんが処方してくれた発情誘発剤を飲んで行為をすることになる。
だからその時までできるだけ一緒にいたい、と柊弥さんが言ってくれて、今夜はうちに泊まってもらえることになった。
夕食まではずっと手を繋いで、お風呂に入ったあとは隣に座ってたくさんお喋りをした。
好きな食べ物、好きな曲、好きな場所。引っ越してから行きたいところ。
でもどうしても食べたいものにばかり話が収束して、大学生はまだ胃袋に忠実だね、なんて笑いあった。
ただ二人でスマホを覗き込んで柊弥さんの家を地図で確認しているとき、ちょうどメッセージが入った。
一瞬で通知画面は消えたけれど、柊弥さんは神妙な顔をして僕を見つめてきた。
「ごめん、見えてしまったんだけど、『明日もデート』っていうのは……」
「ええと……その幼馴染からです。あ!でもこれは当てつけとかじゃなくて、こっちはうまくやってるから安心しろって、そんな意味で……」
「そうだとしても、那央くんがそう受け取れない状態なんだから良くないよ。お義母さんから伝えてもらうようにして、こっちはしばらく見ないようにしよう。今は俺のを使ったらいい」
電源を切って、机に伏せて置く。それだけで肩が軽くなった。
柊弥さんが「よく耐えてたね」と頭を撫でてくれて、ぽろと涙が落ちた。泣くつもりなんてなかったのに。
『楽しみだね』と本心ではない返事をすることがこんなに負担をかけていたんだと、はじめて思い知った。
柊弥さんが寄り添って、背中を撫でてくれる。
今日会ったばかりなのに、ぴったりと引っ付いていても嫌な感じはしない。
それどころか胸が内側から温かくなっていくような、とても不思議な感覚だった。
母さんが、そんなに仲良くなったならお布団も隣でいいね、と客間にちゃちゃっと二組の布団を敷いて、僕たちを押し込んだ。流石に柊弥さんも予想外だったらしい。二人で何とも言えない空気を醸し出しながら、寝る時まで一緒に過ごすことになってしまった。
「先に謝っておくけれど、寝相が悪くて侵入してしまったらごめん」
「あ、僕、暑がりなんでお布団脱ぎ散らかすかもしれないです……」
二人で顔を見合わせると、ぷっとお互い噴き出した。
柊弥さんの顔がくしゃりと崩れて、僕もつられて声を上げて笑う。
「領土争いが起きそうですね」
「あぁ、明日の朝どうなっているか楽しみだね」
明かりを落とし、そわそわしながらも布団に入ると、「手を繋ごうか」ともぞもぞと布団の中で手が差し出される。
僕は迷わずその手を握り返した。
「大切にする」
暗闇に、柊弥さんの声が沁みていく。
治まったはずの涙が、またほろりとこぼれた。
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