6 / 33
第6話:肉じゃがと禁書と、第三の来訪者
しおりを挟む「ただいまー……あ、うわ、なにこれ。めっちゃいい匂い」
夕焼けの差し込む別宅の玄関で、アルフォンスが鼻をくすぐられるように立ち止まる。
すぐに靴を脱ぎ捨て、リビングの方へ顔をのぞかせた。
「ねえこれ……まさか……!」
「肉じゃが。甘めにしてあるけど、なにか文句でも?」
キッチンに立つ私がそう答えると、アルフォンスは一瞬言葉を失い、そして感動したようにうなずいた。
「……ない。ていうか、最高。
前世、一人暮らしで何回失敗したかわかんないヤツだ。じゃがいもが……ホクホク……!」
もう箸が止まらないらしく、味噌汁をすすりながら白米を二杯、三杯と黙々と食べる姿は、まるで少年のようだった。
「……胃袋、完全に掴まれてるじゃない」
私が苦笑すると、アルフォンスは口いっぱいに頬張ったまま、笑顔で親指を立ててきた。
「当然だよ。前世、男子高校生三人の母親だったんでしょ? 居酒屋メニューと残り物料理に命賭けてたっていう」
「ええ、そりゃもう、冷蔵庫の奇跡を日々起こしてたわ」
「……うっかり結婚しそうなんだけど」
「それは冗談でも言わないで」
気恥ずかしさをごまかすように、私はお茶を淹れに背を向けた。
その瞬間――
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
「……こんな時間に?」
アルフォンスと顔を見合わせて、私はエプロンを外しながら玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこには見知らぬ青年がひとり、薄汚れた外套のまま立っていた。
長めの髪をざっくりと束ね、旅人のような姿。
けれどその瞳は、妙に澄んでいて、まっすぐだった。
「……“神殿の禁書目録”を調べていると聞きました。
この家に、前任の聖女がいると」
私の目が細まる。
「あなたは?」
「ヨナと申します。かつて神官見習いとして神殿に仕えていました。
今は、“異端”の名で追われています」
彼は懐から、小さな革袋を取り出して差し出した。
中から現れたのは、羊皮紙に書かれた古い一節。
“白きバラが神を代弁する時、
黒き棘の花が現れる。
その花は、定められた運命に抗い、
世界に第三の光をもたらす。”
私は無意識に紙を握りしめていた。
その記述は、どこか既視感のある――“物語”の裏側を示すような響き。
「……白きバラ。あれは……ミキのことね」
「黒き棘の花、それがあなたではないかと、ある記録にありました」
ヨナの視線は一度も逸れることなく、真剣そのものだった。
彼の覚悟が、その目に焼きついている。
私は一拍置いて、ふっと息をつく。
「……まあ、ありがたいご指名だけど。
晩ごはん時に来るなんて、あなたもなかなかの強者ね」
「は?」
「肉じゃがが、ちょうど余ってるのよ。
とりあえず、おなか満たしてから話しましょ。
空腹じゃ、真面目な話も入ってこないものよ」
「え……いや、あの……」
困惑するヨナに、後ろからアルフォンスが顔を出した。
「胃袋を掴まれてからが、交渉の本番だってさ。君、運がいいよ。
この人の料理は、マジで世界救える」
「……そんな前振りされたら、断れないじゃないですか」
「そのつもりで言ったの」
にやりと笑って、私はもう一人分の皿を出す。
ようこそ、運命を揺らす第三の選択肢へ。
――胃袋から、世界は変わるのよ。
9
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません
鷹 綾
恋愛
王太子からの婚約破棄。
悪役令嬢として断罪され、処刑エンド確定――
その瞬間、エレナは前世の記憶を思い出した。
ここは乙女ゲームの世界。
そして自分は、必ず破滅する“悪役令嬢”。
だが彼女は、復讐も、英雄になることも選ばなかった。
正義を掲げれば、いずれ誰かに利用され、切り捨てられると知っていたから。
エレナが選んだのは、
「正しさ」を振りかざさず、
「責任」を一人で背負わず、
明日も続く日常を作ること。
聖女にも、英雄にもならない。
それでも確かに、世界は静かに変わっていく。
派手なざまぁはない。
けれど、最後に残るのは――
誰も処刑されず、誰か一人が犠牲にならない結末。
これは、
名前の残らない勝利を選んだ悪役令嬢の物語。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エレナは、
誕生日の舞踏会で突然、婚約破棄を宣言される。
「地味で役に立たない」と嘲笑され、
平民の少女を新たな婚約者に選ぶ王太子。
家族にも見放され、エレナは王都を追われることに――。
しかし彼女は、ただの“癒しの令嬢”ではなかった。
静かに力を蓄え、事実と証拠だけで王太子の虚飾を暴き、
自らの手で破滅へと導いていく。
復讐の果てに選んだのは、
誰かに与えられる地位でも、名誉でもない。
自分で選び取る、穏やかな幸せ。
これは、
婚約破棄された公爵令嬢が
王太子を終わらせたあと、
本当の人生を歩き出す物語。
-
攻略対象者の婚約者を持つ姉の代わりに、エンディングを見てきました
犬野きらり
恋愛
攻略対象者の婚約者を持つ姉の代わりに、エンディングを見てきました…
というタイトルそのままの話です。
妹視点では、乙女ゲームも異世界転生も関係ありません。
特に私(主人公)は出しゃ張たりしません。
私をアピールするわけでもありません。
ジャンルは恋愛ですが、主人公は恋愛していません、ご注意下さい
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】王位に拘る元婚約者様へ
凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。
青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。
虐げられ、食事もろくに与えられない。
それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。
ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。
名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。
しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった──
婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語──
※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる