『悪役令嬢に仕立て上げられたけど、猫カフェを開いたら辺境伯が通ってきます』

夢窓(ゆめまど)

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捨てられた先に、白猫と、辺境伯

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庭のベンチで、ソフィアは膝に猫をのせて撫でていた。
ほんのひととき、心が安らぐ時間。

不意に、砂利を踏む重い足音が近づく。
顔を上げると、黒衣の男が立っていた。
背は高く、灰色の瞳は冷たい光を宿している。

ソフィアが言葉を失う間に、猫が膝から飛び降り、その足元へ駆け寄った。

男は少し動きを止めたが、やがて膝を折り、無骨な手で猫の頭を撫でる。
一瞬、硬い顔がやわらぎ、猫の喉がゴロゴロと鳴る。

「……猫、お好きなのですか?」
気づけばソフィアの声が漏れていた。

男は視線を外し、短く答える。
「……嫌われてはいない、ようだ」

その後、彼は姿勢を正し、深く頭を下げる。

「……女性に名乗りもせず、不躾な真似をした。
 ――辺境伯のバルツアーだ。」

その声音は低く、言葉はぎこちなかったが、誠実さがにじむ響きだった。

ソフィアは猫を抱き上げながら、心のどこかで(冷徹な人と聞いていたのに……)と、噂との違いに戸惑いを覚えていた。

庭でのやりとりの後、猫を撫でる手を止めて、ぼそりと呟く:

「……不思議だ。小さなものは、私を嫌うはずなのに」

ソフィアは驚き、思わず笑みをこぼす:
「嫌うなんて。ほら、この子はすっかり辺境伯様に甘えてますわ」

バルツアーは少し目を伏せて:
「……そう、なのか」
(声は低いけれど、耳の先がほんのり赤くなる)

庭のベンチで、ソフィアは猫を抱き上げ、そっと撫でていた。
ふと気づけば、黒衣の男が立っていた。辺境伯バルツアー――冷徹と噂される人物だ。

猫はソフィアの腕からするりと抜け出し、彼の足元へ駆け寄る。
バルツアーは戸惑いながらも、無骨な手を伸ばして頭を撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫。

彼は、驚いたように目を細め、低く呟いた。

「……小さな猫に、懐かれるのは……とても、嬉しい」

その声音はぎこちなくも、滲む感情は真実だった。
そして視線を上げれば、ソフィアが柔らかく笑っていた。

「ふふっ……やっぱり猫は、見る目がありますわ」

バルツアーの胸に、じんわりと温かさが広がる。
猫に受け入れられたこと、そしてソフィアの笑顔を見られたこと。
それは、彼にとって思いがけないほどの喜びだった。

バルツアーが姿勢を正し、深く頭を下げる。

猫がするりと彼の腕へ移動し、ぽたりと黒衣に小さなシミが広がる。
ソフィアは顔を赤くし、慌てて声を上げた。

「まぁ……ごめんなさい。洗濯しないと……」

バルツアーは首を横に振るだけだった。
「……大丈夫だ」

その落ち着いた声に、ティアはほっと息をつく。
そしてふと、胸の奥に浮かんだ小さな勇気を言葉にした。

「……あの、よろしければ……お茶を一緒にいかがですか?」

バルツアーは一瞬きょとんとし、視線を猫に落とす。
「……私が、ここで、ですか?」
低い声にわずかに戸惑いが混じっている。

「ええ、ほんの少し。猫も、きっと喜びますわ」
ソフィアがそう言うと、膝の上の猫が「にゃあ」と鳴いた。

バルツアーはしばし沈黙し、やがてごく短く頷いた。
「……では、少しだけ」

その頬に、誰も見たことのない微かな笑みが浮かんだ。


お茶の場面(ソフィアの聞き上手)

庭のテーブルに、簡素なお茶の用意。
ソフィアがにこやかにカップを差し出す。

「どうぞ。辺境の水で淹れると、不思議と柔らかい味になるんです」

バルツアーはぎこちなく受け取り、黙って一口含む。
「……確かに」

ソフィアは笑みを浮かべ、穏やかに問いかける。
「お忙しいのに、どうしてこちらに?」

「……視察だ」
短く答えるバルツアー。

それ以上話す気配がなさそうに見えたが、ティアは猫を撫でながら、あえて沈黙を保つ。
(黙っていても、待ってくれる人がいる。そう思えば、人は不思議と話したくなるもの)

やがて、バルツアーがぼそりと口を開いた。
「……猫が、私を嫌わなかった」

ソフィアは視線を上げ、柔らかく頷く。
「ええ。とても嬉しそうでしたわ」

彼の瞳が、わずかに揺れる。
「……小さいものに、昔から嫌われやすくてな。笑われるか、泣かれるか……そればかりだった」

ソフィアはそっと微笑み、言葉を添える。
「笑いませんわ。だって今は、こうして猫が喜んでいますもの」

猫が「にゃあ」と鳴く。
その声に、バルツアーはふっと肩の力を抜いた。
――彼の心が、少し解けた瞬間だった。

その言葉に、バルツアーは視線を落とし、胸の奥が静かに熱を帯びるのを感じた。
彼女の声に、不思議な力が宿っているようだった。

「……本当に、ここに住んでおられるのですか?」

バルツアー・ライゼン辺境伯は、屋敷を一瞥して言った。
その視線は侮蔑でも同情でもなく、
ただ純粋に「信じがたい」というような驚きだった。

「はい。王都を追われた令嬢が、行くあてなど他にありませんので」

私が静かに答えると、彼は少しだけ眉をひそめた。
そして、迷うように言葉を選ぶ。



「……この家は、ご令嬢が暮らすような場所ではありません。
 先月閉じた村のカフェがありまして……そこの二階は、
 住居としてまだ使える状態のはずです。
 ……ご案内しましょうか?」



一瞬、心が揺れた。
でも私は、口元を引き結んで答える。

「お気遣いはありがたく……でも、大丈夫です。
 猫と一緒に暮らせる場所なら、どこでも家になりますので」

辺境伯はしばらく猫のシャルルの柔らかな毛を見つめたあと、
ゆっくりと膝を折り、しゃがみこむ。

手を差し出すと、シャルルがごろりと喉を鳴らした。

「……私は、見ての通り、体が大きい上に、
 声も低く、無愛想で、あまり笑いません」

「…………」

「なので、昔から。
 子どもや女性や、小動物には、よく恐れられます」

彼の声は、静かだった。

でもその声音には、どこか遠い孤独が滲んでいた。



「……それなのに、猫に懐かれたのは、はじめてです」

彼はそう言って、ほんのわずかに――
本当に、気づかなければ見落としてしまいそうなほど、小さく微笑んだ。

私はなぜだか、
その微笑みに、胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じていた。
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