2 / 22
第1章:ピアノは孤独の中に
第2話 冷たい婚約者、ノア
しおりを挟む
ノア・ヴァン=グランディスは、冷たい人間だとよく言われる。
無表情、無愛想、必要最低限の言葉しかしゃべらない――
だがそれでも、彼は学園では常に一目置かれる存在だった。
公爵家の嫡男。
最終学年で主席。
魔法の制御も剣の技も、貴族としての教養もすべてが「完璧」。
けれど、それらが彼の心の奥まで語っているわけではない。
ノアの机の上には、試験問題と答案用紙がきれいに並んでいた。
だが、彼の視線は――それを越えた先、庭の向こうの別邸に注がれていた。
「また、弾いてるのか……」
昼下がり。リゼルのピアノが静かに聞こえる。
音は美しく、感情に満ちている。
その旋律が、彼の中の何かを、静かに揺らす。
けれど彼は、それを言葉にはしない。
誰よりも彼女の音を聴いているのに、
誰よりも彼女のそばにいるはずなのに。
不器用で、近づき方を知らなかった。
◇ ◇ ◇
「お姉さま、またピアノを弾いてるの? ほんと、うるさいわよねぇ」
セリアが勢いよくリゼルの部屋に踏み込んできた。
義妹。継母の連れ子で、父の庇護を受けて育てられた。
金髪に碧眼、くるくると変わる表情と、わがままな口調。
誰の許可も取らずに扉を開けるその奔放さは、リゼルには真似できないものだった。
「ノア様の勉強の邪魔になるんじゃなくて?」
リゼルは微笑むでもなく、ただ静かにピアノの蓋を閉じた。
冷たくも優しくもない、何もない表情だった。
「ノア様? あの人、気にしないわよ。ずっと無表情だし。どこ見てるのかもわかんないし」
セリアはふふっと笑って、鏡の前で自分の髪を整える。
リゼルは、その姿を見ながらカップに口をつけた。
香るカモミール。静かに、自分を保つ香り。
けれど――ノアは、すでにその“騒がしさ”に気づいていた。
◇ ◇ ◇
「……セリアの声、また聞こえるな」
そう思っても、ノアは立ち上がらない。
黙って書を閉じ、窓に目をやるだけ。
別邸の二階、リゼルの部屋の窓が半開きになっている。
あの部屋の緑のカーテン。
静かな雰囲気。
弾かれたばかりのピアノの残響。
心だけが、彼女のそばへと歩いていく。
「……リゼル」
小さく呟く声が、机の上に落ちる。
だが彼女にそれは届かない。
冷たく見える彼の目の奥に、彼女だけの名前が静かに揺れていることなど――
リゼルは、まだ知らなかった。
無表情、無愛想、必要最低限の言葉しかしゃべらない――
だがそれでも、彼は学園では常に一目置かれる存在だった。
公爵家の嫡男。
最終学年で主席。
魔法の制御も剣の技も、貴族としての教養もすべてが「完璧」。
けれど、それらが彼の心の奥まで語っているわけではない。
ノアの机の上には、試験問題と答案用紙がきれいに並んでいた。
だが、彼の視線は――それを越えた先、庭の向こうの別邸に注がれていた。
「また、弾いてるのか……」
昼下がり。リゼルのピアノが静かに聞こえる。
音は美しく、感情に満ちている。
その旋律が、彼の中の何かを、静かに揺らす。
けれど彼は、それを言葉にはしない。
誰よりも彼女の音を聴いているのに、
誰よりも彼女のそばにいるはずなのに。
不器用で、近づき方を知らなかった。
◇ ◇ ◇
「お姉さま、またピアノを弾いてるの? ほんと、うるさいわよねぇ」
セリアが勢いよくリゼルの部屋に踏み込んできた。
義妹。継母の連れ子で、父の庇護を受けて育てられた。
金髪に碧眼、くるくると変わる表情と、わがままな口調。
誰の許可も取らずに扉を開けるその奔放さは、リゼルには真似できないものだった。
「ノア様の勉強の邪魔になるんじゃなくて?」
リゼルは微笑むでもなく、ただ静かにピアノの蓋を閉じた。
冷たくも優しくもない、何もない表情だった。
「ノア様? あの人、気にしないわよ。ずっと無表情だし。どこ見てるのかもわかんないし」
セリアはふふっと笑って、鏡の前で自分の髪を整える。
リゼルは、その姿を見ながらカップに口をつけた。
香るカモミール。静かに、自分を保つ香り。
けれど――ノアは、すでにその“騒がしさ”に気づいていた。
◇ ◇ ◇
「……セリアの声、また聞こえるな」
そう思っても、ノアは立ち上がらない。
黙って書を閉じ、窓に目をやるだけ。
別邸の二階、リゼルの部屋の窓が半開きになっている。
あの部屋の緑のカーテン。
静かな雰囲気。
弾かれたばかりのピアノの残響。
心だけが、彼女のそばへと歩いていく。
「……リゼル」
小さく呟く声が、机の上に落ちる。
だが彼女にそれは届かない。
冷たく見える彼の目の奥に、彼女だけの名前が静かに揺れていることなど――
リゼルは、まだ知らなかった。
16
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
蔑ろにされていた令嬢が粗野な言葉遣いの男性に溺愛される
rifa
恋愛
幼い頃から家で一番立場が低かったミレーが、下町でグランと名乗る青年に出会ったことで、自分を大切にしてもらえる愛と、自分を大切にする愛を知っていく話。
【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!
白雨 音
恋愛
令嬢たちの人気を集めるのは、いつだって《白馬の王子様》だが、
伯爵令嬢オリーヴの理想は、断然!《黒騎士》だった。
そもそも、オリーヴは華奢で可憐な姫ではない、飛び抜けて背が高く、意志も強い。
理想の逞しい男性を探し、パーティに出向くも、未だ出会えていない。
そんなある日、オリーヴに縁談の打診が来た。
お相手は、フェリクス=フォーレ伯爵子息、彼は巷でも有名な、キラキラ令息!《白馬の王子様》だ!
見目麗しく、物腰も柔らかい、それに細身!全然、好みじゃないわ!
オリーヴは当然、断ろうとしたが、父の泣き落としに、元来姉御肌な彼女は屈してしまう。
どうしたら破談に出来るか…頭を悩ませるオリーヴだが、フェリクスの母に嫌われている事に気付き…??
異世界恋愛:短めの長編(全22話) ※魔法要素はありません。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
オネェ系公爵子息はたからものを見つけた
有川カナデ
恋愛
レオンツィオ・アルバーニは可愛いものと美しいものを愛する公爵子息である。ある日仲の良い令嬢たちから、第三王子とその婚約者の話を聞く。瓶底眼鏡にぎちぎちに固く結ばれた三編み、めいっぱい地味な公爵令嬢ニナ・ミネルヴィーノ。分厚い眼鏡の奥を見たレオンツィオは、全力のお節介を開始する。
いつも通りのご都合主義。ゆるゆる楽しんでいただければと思います。
【完結】オネェ伯爵令息に狙われています
ふじの
恋愛
うまくいかない。
なんでこんなにうまくいかないのだろうか。
セレスティアは考えた。
ルノアール子爵家の第一子である私、御歳21歳。
自分で言うのもなんだけど、金色の柔らかな髪に黒色のつぶらな目。結構可愛いはずなのに、残念ながら行き遅れ。
せっかく婚約にこぎつけそうな恋人を妹に奪われ、幼馴染でオネェ口調のフランにやけ酒と愚痴に付き合わせていたら、目が覚めたのは、なぜか彼の部屋。
しかも彼は昔から私を想い続けていたらしく、あれよあれよという間に…!?
うまくいかないはずの人生が、彼と一緒ならもしかして変わるのかもしれない―
【全四話完結】
好きじゃない人と結婚した「愛がなくても幸せになれると知った」プロポーズは「君は家にいるだけで何もしなくてもいい」
ぱんだ
恋愛
好きじゃない人と結婚した。子爵令嬢アイラは公爵家の令息ロバートと結婚した。そんなに好きじゃないけど両親に言われて会って見合いして結婚した。
「結婚してほしい。君は家にいるだけで何もしなくてもいいから」と言われてアイラは結婚を決めた。義母と義父も優しく満たされていた。アイラの生活の日常。
公爵家に嫁いだアイラに、親友の男爵令嬢クレアは羨ましがった。
そんな平穏な日常が、一変するような出来事が起こった。ロバートの幼馴染のレイラという伯爵令嬢が、家族を連れて公爵家に怒鳴り込んできたのだ。
地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする
志熊みゅう
恋愛
伯爵令嬢ルチアには、最悪な婚約者がいる。親同士の都合で決められたその相手は、幼なじみのファウスト。子どもの頃は仲良しだったのに、今では顔を合わせれば喧嘩ばかり。しかも初顔合わせで「学園では話しかけるな」と言い放たれる始末。
貴族令嬢として意地とプライドを守るため、ルチアは“婚約者”をレンタルすることに。白羽の矢を立てたのは、真面目で優秀なはとこのバルド。すると喧嘩ばっかりだったファウストの様子がおかしい!?
すれ違いから始まる逆転ラブコメ。
「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!
ワイちゃん
恋愛
なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。
学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?
婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる