ピアノはまだ悲しみを弾いている

夢窓(ゆめまど)

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第2章:音と魔法の出会い

第5話 卒業式のパーティーにて――贈られたドレス

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 卒業式を終えたパーティー会場は、きらびやかな笑い声と音楽に包まれていた。
 すでに多くの卒業生や来賓が到着している中で、会場の入り口にさしかかったノアの姿に、次々と視線が集まる。

 優秀な成績で卒業した公爵家の嫡男。
 冷静沈着、誰にも心を許さないと噂される青年。

 けれどそのノアが、控え室の扉の前で立ち止まり、ノックした。

「リゼル。迎えに来た」

 その声に、控え室の中で緊張していたリゼルは小さく息をのんだ。

 深く息を吸って、母の形見の香水をひと吹き。
 鏡に映るドレス姿の自分を確認して、扉を開ける。

 その瞬間、ノアの目がほんの少しだけ見開かれた。

「……似合っている」

「ありがとう。でも……どうして、この色を?」

 リゼルがそっと問いかけると、ノアはわずかに視線をそらして答えた。

「君には、光の色が似合うと思った。それだけだ」

 それだけ――と言いながら、どれだけ迷って、選んでくれたのだろう。

 リゼルは口元を和らげた。

「では、エスコートをお願いしても?」

「……当然だ」

 ノアは自然な所作でリゼルの手を取る。
 その手は、いつになく丁寧で、少しだけ震えていた。

◇ ◇ ◇

 二人が並んでパーティー会場へと現れた瞬間、ざわめきが広がった。

「あれが公爵令嬢リゼル様……?」

「まるで月の光をまとっているよう……」

 そんな声も、二人には届いていない。

 リゼルは、静かにノアの隣を歩いていた。
 足元がふわりと浮くような、不思議な感覚。
 まるで夢を見ているようだった。

 会場の中央まで進んだところで、ノアがふと立ち止まった。

「……今日は、君と来られてよかった」

「ノア……?」

「贈ったドレスが、本当に似合っていたから」

 いつもの無表情な声。
 けれど、それは“ただの礼儀”ではなく、ちゃんと“贈った人の気持ち”として届いた。

 リゼルの胸に、そっと温かいものが宿った。

「ありがとう、ノア。……でも、それだけじゃ足りないの」

「……?」

「今夜、あなたにだけ届けたい音があるの。聞いてくれますか?」

 ノアは、ほんのわずか微笑んだ。

「もちろん」
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