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第2章:音と魔法の出会い
第6話 月下のピアノ――“ありがとう”だけでは足りなくて
しおりを挟むパーティーの喧騒が続くその夜。
ひときわ静かな東棟の音楽室で、リゼルは一人、ピアノの前に座っていた。
会場の煌びやかさから離れ、静かに息を整える。
ドレスの裾が月光を受けて、淡く光を放っていた。
(ありがとう、だけじゃ足りない)
ノアがくれたのは、ただのドレスではなかった。
彼の不器用な思いやり――それが確かに、そこにあった。
いつも無表情で、何を考えているのかわからなくて。
でも、今日の彼は違っていた。
手を取ってくれた。
贈ってくれた。
隣に立ってくれた。
それがどれほど、リゼルの心を救ったか――伝えたかった。
けれど、言葉だけでは足りない。
だから今、音に託す。
ピアノの蓋を開け、鍵盤に指を乗せる。
そっと目を閉じて、リゼルは一音目を弾いた。
月光のように澄んだ旋律が、静かに夜を満たしていく。
そこに言葉はない。
あるのは、心の奥底にある感情たち――
幼いころ、母と過ごした日々。
孤独の中、ひとりぼっちで鍵盤にすがった夜。
そして今、ようやく向けられた、小さな優しさ。
音に乗せてすべてを解き放ち、リゼルは静かに弾き続けた。
◇ ◇ ◇
一方、庭の通路を静かに歩いていたノアは、ふと足を止めた。
窓の向こうから、聞き慣れた音が流れてくる。
彼女のピアノだった。
無意識に歩を進め、音楽室の前に立つ。
扉越しに聴こえる旋律に、胸が締め付けられる。
どこか切なくて、けれどあたたかい。
それは、彼が贈った“たった一着のドレス”に、彼女が返してくれた“答え”だった。
(……そうか)
まだうまく言葉にできない。
けれど確かに、胸の奥にあるものに気づき始めていた。
◇ ◇ ◇
曲が終わり、静寂が戻った。
ノアはそっとドアを開ける。
驚いたようにリゼルが振り返った。
「……聴いていたんですね」
「ああ。……美しかった」
「ありがとう。でも、それだけじゃ足りないの」
ノアは眉を動かした。
「なぜ?」
リゼルは、まっすぐに彼の目を見つめる。
「……私、もっと伝えたいことがあるから。
“ありがとう”だけじゃ……この気持ちは足りないの」
その言葉に、ノアの喉がわずかに動いた。
けれど何も言わず、彼はただ、静かにうなずいた。
「なら……これからも聴かせてくれ。
君が、僕にだけ届けたい音を」
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