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第2章:音と魔法の出会い
第9話 アデルと過ごす旅ーー思い出すのはあの人のこと
しおりを挟む演奏会の始まりまで、あと一刻。
小さな控室の窓からは、すでに夕暮れの光が差し込んでいた。
リゼルは深呼吸しながら、舞台裏で静かに指を動かしていた。
演奏はまだ。
けれど、気持ちは少し落ち着かない。
(ノア様……無事に試合、終えられたでしょうか)
控室の机の上には、あの朝、彼がくれたカモミールの香りのサシェ。
そっとそれを握りしめたとき――扉がノックされた。
「……リゼル」
振り返ると、そこには荒い息を吐きながら立っているノアの姿があった。
制服の前には砂埃がついていて、額にはうっすらと汗。
いつも整っている髪も乱れていて――
それでも彼は、静かにひとつ、小さなものを差し出してきた。
「……遅くなった」
「……ノア様……!」
彼の手にあったのは、白と青の小さな花冠。
それは、今日の試合の優勝者に贈られるはずだった花だった。
「僕が勝った。……でも、これは君のためのものだ」
「……え?」
「演奏を、見にこれないつもりだったけど……君がどんな気持ちで旅立ったのか、わかっていたつもりだった。
それでも、足りなかった。……だから、追ってきた」
不器用に、しかし真っ直ぐに言葉を紡ぐその姿に、リゼルの胸はぎゅっと締めつけられる。
「……どうして、そんなにしてまで」
「君に、いい演奏してほしいからだ。僕のために。君のその音を、誰よりも近くで聴きたい。
……それが、僕の“望み”だ」
リゼルの目に、じんわりと涙がにじむ。
それは悲しみでも、寂しさでもない。
ただ、やっと届いた気持ちへの、こみ上げるような喜びだった。
「……私は、ずっと、あなたに聴いてほしかったんです。
“ありがとう”だけでは、足りないから――」
「なら、聴かせてくれ」
ノアはリゼルの花冠を手に、そっと彼女の頭に載せた。
「……今夜の君は、王女よりも美しい」
「……口説き慣れていないくせに」
リゼルが、ふっと笑うと、ノアも肩の力を抜いて小さく笑った。
花冠を載せたまま、彼女はピアノの椅子に座る。
そして、彼のために――今、心を音に変えようとしていた。
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