ピアノはまだ悲しみを弾いている

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
17 / 22
最終章 ふたりで選ぶ、これからの未来

第15話 【ノア・サイド】その音は、まだ上手く届かなくて

しおりを挟む
 小さな音楽室に、ぎぎ、と不穏な音が響いた。

 「……また、鳴いたな」

 ノアはバイオリンの弓を止めて、眉を寄せた。
 音が潰れている。弓の角度が甘かったのか、力の入れ方を間違えたのか。

 隣の譜面台には、リゼルがよく弾いていた楽譜。
 彼女が母の形見のオルゴールから起こした、あのやさしい旋律。

 ノアはもう一度、構え直した。
 不器用でも、下手でもいい。リゼルのピアノと――一緒に奏でたい、それだけだった。

 きぃ、とまた妙な音が出た。

 「……ッ、違う、そこじゃない」

 騎士団の剣術試合で優勝しても、この細い弓はうまく扱えない。
 剣なら何千回も振ってきた。だがこの弓は、たったひとつの「想い」に届きたいだけなのに、何度振っても正しい音にならない。

 額に汗がにじむ。昼間の稽古の疲れが残っている中での練習。
 それでもやめようとは思わなかった。

 「音で……伝えたいんだ。言葉じゃ、届かないから……」

 静かな夜の中、バイオリンの音だけがぽつり、ぽつりと鳴る。

 部屋の片隅には、リゼルがこっそり置いていったカモミールのハーブティーの缶。
 あたたかな香りが、そっと彼の焦りを癒すように漂っていた。

 「ピアノとバイオリン……ちゃんと合わせたいんだ、俺だって」

 誰にも聞かれていないとわかっていても、口に出してしまう。

 その瞳の奥には、ほんの少し、涙がにじんでいた。

 指先が震えても、耳が痛くても、
 彼はバイオリンを手放さなかった。

 ――彼女のピアノが悲しみを弾いていたのなら、
 ――自分の音で、愛を添えたい。

 届かなくても、きっと届くまで。
 その心は、音よりも、まっすぐだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

婚約七年目、愛する人と親友に裏切られました。

テンテン
恋愛
男爵令嬢エミリアは、パーティー会場でレイブンから婚約破棄を宣言された。どうやら彼の妹のミラを、エミリアがいじめたことになっているらしい。エミリアはそのまま断罪されるかと思われたが、彼女の親友であるアリアが声を上げ……

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...