ピアノはまだ悲しみを弾いている

夢窓(ゆめまど)

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最終章 ふたりで選ぶ、これからの未来

第16話 “届かない音”が、触れたとき

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 「……もう、夜更けなのに。やっぱり、がんばりすぎ」

 扉のそばから、やわらかな声がした。

 ノアは弓を止めて振り向いた。

 リゼルが、薄い羽織を肩にかけて、そっと立っていた。

 「ごめん。起こしたか?」

 「ううん。……聞こえてたの、あなたの音。ずっと、部屋まで」

 そう言って、リゼルはゆっくりとノアの方へ歩み寄ってきた。
 グリーンの羽織が、夜の光の中できらめく。

 「下手だったろ?」

 照れ隠しのように、ノアがつぶやく。
 リゼルはかすかに首を振った。

 「違うよ。下手じゃない。……不器用なだけ。すごく、あなたらしい音だった」

 ノアの目が見開かれる。
 リゼルはピアノの前にそっと座り、鍵盤に触れた。

 「……合わせてみる?」

 静かに、そう問いかける。
 ノアはしばらく黙っていたが、深く息を吐いてから、バイオリンを構え直した。

 リゼルが最初の旋律を弾く。
 それは、彼女の心の奥にある、やさしくて、少し切ない音。

 ノアは目を閉じて、リゼルの音に耳を澄ませた。
 そして、その旋律に、ぎこちなくも一生懸命に、バイオリンの音を重ねる。

 合っているのか、まだわからない。
 でも、心は確かにふたり、寄り添っていた。

 演奏はほんの数十秒――
 だけど、ふたりの間には、たしかに**“何か”が交わされた音**が響いていた。

 最後の音が静かに消えたあと、
 リゼルは、そっと笑った。

 「今の……わたし、うれしかった」

 ノアは少し顔を赤らめながら、バイオリンを下ろす。

 「……俺も。ちゃんと、届いた気がした」

 夜の静けさが、ふたりを包み込む。
 悲しみではない、けれど胸がぎゅっとするような、やさしい沈黙。

 その夜、ノアは初めて、自分の音が誰かに届いたと、心の底から思えた。

 そしてリゼルは、自分がひとりじゃないことを、音で知った。
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