ピアノはまだ悲しみを弾いている

夢窓(ゆめまど)

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最終章 ふたりで選ぶ、これからの未来

第19話 師として、ひとりの男として――君たちの仲間に

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 音楽祭の観客席――
 その後方、騎士団の制服にも貴族の衣装にも染まらない、ひとりの男が立っていた。

 アデル・ヴェルナード。
 若き音楽教師にして、リゼルのピアノの師。そして……一度は想いを抱いた相手。

 彼は静かに、演奏を聴いていた。
 鍵盤に触れるリゼルの指先。
 隣に座るノアの、真剣で、優しい横顔。

 ――もう、必要ないな。

 そう思ってしまった自分に、少しだけ笑みがこぼれる。

 彼女はもう、ひとりじゃない。
 誰よりも強く、繊細な音を持ち、そして――誰かと響き合う力を持った。

 それは師として、誇らしいと同時に。
 男として、少しだけ、寂しかった。

 演奏が終わり、ふたりが舞台袖に戻ってきたとき。
 アデルは拍手も歓声も超えて、そっと近づいた。

 「――素晴らしかった。まさか、ここまでになるとはね」

 リゼルが振り返る。

 「アデル……見てくれてたの?」

 「もちろんだよ。君は、僕の大切な“生徒”だから」

 その言葉に、少しだけ含まれた“区切り”を、リゼルは敏感に感じ取った。

 「……先生、もう私には教えることはないって?」

 アデルは少し目を伏せ、そして静かにうなずいた。

 「いや、まだ教えたいことはある。けれど、それは“師”としてじゃなく、“仲間”としてだ」

 「仲間……?」

 「ふたりに、演奏会への出演を依頼したいんだ。僕が主催する、国内巡回の小さなコンサートツアー。次の新星として、君たちを紹介したい」

 ノアが意外そうに目を見開いた。

 「……俺たちを、プロとして?」

 「そう。もちろん、強制はしない。だが、あの音を聴いた人たちは、きっとこう言うだろう。“もっと聴きたい”と」

 アデルの目に、もう迷いはなかった。

 それは、かつて自分が恋に落ちた少女を、
 いま、いち音楽家として送り出す覚悟の目だった。

 リゼルは一瞬だけ視線を落とし――
 そして、ノアと目を合わせた。

 「……どうする?」

 ノアは少し笑った。

 「お前が行くなら、俺も行くよ。俺はもう、“隣で弾く”って決めたから」

 その言葉に、リゼルはそっとうなずいた。

 「……はい。ぜひ、出演させてください、アデル先生」

 それは、新たな扉の音だった。
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