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翌朝
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朝の光が差し込む中、私は袖をまくって廊下を拭いていた。
窓枠の埃を払い、シーツを抱えて庭へ。
井戸水でじゃぶじゃぶ洗い、竿に干す。
風に揺れる白布を見上げ、自然と口元が緩んだ。
「……前世を思い出すなぁ。居酒屋のバイトで、賄い付き……掃除も洗濯も、当たり前だったっけ」
ぽつりと呟いたとき。
「……なるほど」
「ひゃっ!」
声に振り向くと、屋敷の影からアドレが立っていた。
いつも通りの無表情、鉄仮面のまま。
「……公爵令嬢とは思えんな。掃除も洗濯も手際がいい」
「っ、アドレ様!? い、いえこれは……その……!」
慌てて布を抱え込む私。
けれど彼は眉ひとつ動かさず、じっとこちらを見つめると短く言った。
「……興味深い」
そして踵を返し、屋敷の奥へと去っていった。
残された私は、洗濯物の陰にしゃがみこみ、顔を覆った。
「……もう、恥ずかしすぎて死ぬ……!」
侍女がやってきて、
いつも通りの買ってきたパンとスープとサラダがテーブルに並べられた。
「奥様、朝食です」
「……あの」
メイベルは思い切って口を開いた。
「これからは、私が食事の用意をします」
侍女は目を瞬かせ、ぽかんとした顔になった。
「え……奥様が、ですか?」
「はい。料理が得意ですので!」
にこっと笑ってみせる。
⸻
だが、返ってきたのは拍子抜けするほどあっさりした言葉だった。
「ああ、奥様ですもんね。
よろしくお願いします。
正直、質素すぎる食事で心配してたんですよ」
「えっ……えっ?」
肩透かしを食らったようにメイベルは固まる。
「でも、奥様が作ってくださるなら安心です。」
侍女はあっさり頭を下げた。
⸻
(……私、すっごく覚悟を決めて言ったのに……!)
メイベルはがくっと肩を落とした。
けれど、同時に胸の奥がじんわり温かくなる。
(……でも、信じてもらえてるんだ。
よし、期待に応えて、美味しいご飯を作ろう!)
食事の支度と部屋の掃除は、自分でしますと告げたその時。
唯一の侍女は、ほっとしたように笑った。
「それ、助かります。
正直、奥様の部屋まで手が回りませんでしたから……」
「えっ……そうだったんですか?」
「はい。わたし一人では、アドレ様のお部屋と玄関、それに応接室など、目立つ場所を掃除するのが精一杯で……」
⸻
さらに彼女は小さく肩をすくめた。
「下男が二人おりますけれど、庭や外回りで手一杯です。
――伯爵家としては、かなり貧乏ですよ」
けれど、その口調には誇りがにじんでいた。
「それでも……二年前、領地が災害で困っていたとき、アドレ様はご自身のことより領民を優先なさった。
そのご恩を、領民は皆、心から感謝しているのです」
⸻
メイベルは胸が熱くなった。
(……そんな大変な中で、ずっと領民を守ってきたんだ……)
義妹が「貧乏だから嫌だ」と投げ出したこの家は――実は誰よりも誇らしい場所だった。
それから、洗濯物を干し終えた私は、ぽんと手を打った。
「よし、次は買い出し!」
猫のポーチをぎゅっと抱え、市場へ足を運ぶ。
伯爵家の通いの下男に声をかけることもできたが――。
「自分で見て、選んで、値切って……それが楽しいんですから!」
朝の市場はすでに賑わっていた。
魚を並べる商人、香草を束ねる老女、果物を山と積んだ若者。
私はどんどん足を止め、あれもこれもと目を輝かせる。
「この枝豆は粒が大きいですね! じゃあ三束ください!」
「おっ、嬢ちゃん目がいいねぇ。おまけにもう一束つけとくよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
にこにことやり取りをしていると、背後から低い声。
「……派手だな」
「ひゃっ!? アドレ様!」
振り返れば、いつの間にか彼がついてきていた。
無表情のまま、腕を組んで人混みの中に立っている。
「……侍女か下男を連れて行けと言ったはずだ」
「だって、楽しいんですもの!」
私は笑顔でポーチを開け、買ったものを次々に入れていく。
枝豆、トマト、香草、肉に魚。
普通なら両手に抱えきれない量だが、ポーチに吸い込まれるように消えていく。
「……マジックボックスか」
「はい! だから重くないんです」
私は誇らしげにポーチを掲げる。
彼は短く目を細めただけで、また低く呟いた。
「……興味深い」
市場のざわめきの中、その言葉がなぜか心に残った。
市場は人でにぎわい、あちこちから声が飛び交っていた。
私はつい、魚に野菜に果物にと、あれもこれもと買い込んでしまう。
「はいはい、これもください!」
両腕に荷物を抱えてふらついたその時――横からすっと受け取ってくれる手があった。
⸻
「……おまえは欲張りすぎだ」
アドレが短く言いながらも、文句はなく、次々と荷物を肩にかけていく。
しかも店先では、無言で財布を開き、すべての会計をさっと済ませてしまうのだった。
⸻
(……文句ひとつ言わずに、全部支払ってくれる。
しかも、私がふらふらしてるとすぐ追いかけてきてくれて……)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
(申し訳ないけど……気にしてくれたのが、すごく嬉しい)
⸻
荷物を抱えたアドレの無表情な横顔は、なぜかいつもより頼もしく見えた。
両手いっぱいに荷物を抱えながら歩いていると、私は思わず口にした。
「……あの、マジックバッグに入れちゃえば楽なんですけど?」
アドレの足がぴたりと止まる。
低い声で短く言った。
「……外で使うな」
「えっ?」
「そんなものを人前で使えば、狙われる。
……あのポーチは、俺の目の届く場所でだけ使え」
⸻
鉄面皮の表情は変わらない。
けれど、その声の奥に確かな緊張と、わずかな苛立ちが混じっていた。
(……心配してくれてるんだ)
申し訳なさと同時に、胸の奥にほんのり温かさが広がる。
「……はい、アドレ様」
私が素直に頷くと、彼は何も言わず荷物を持ち直し、そのまま歩き出した。
荷物を抱えて歩きながら、私はふと昔を思い出した。
(公爵家にいた頃は……誰も私に注目してなかった)
立場だけはあったけれど、居場所はなく。
台所に入ることも許されず、作る喜びも誰にも知られなかった。
⸻
けれど今は――。
「……外で使うな」
アドレ様が低い声で釘を刺してくれた、その言葉の裏に。
私を心配している気持ちがはっきりと伝わってくる。
(知られないように気を配ってくれてる……それが、嬉しい)
自然と頬が緩んでしまった。
窓枠の埃を払い、シーツを抱えて庭へ。
井戸水でじゃぶじゃぶ洗い、竿に干す。
風に揺れる白布を見上げ、自然と口元が緩んだ。
「……前世を思い出すなぁ。居酒屋のバイトで、賄い付き……掃除も洗濯も、当たり前だったっけ」
ぽつりと呟いたとき。
「……なるほど」
「ひゃっ!」
声に振り向くと、屋敷の影からアドレが立っていた。
いつも通りの無表情、鉄仮面のまま。
「……公爵令嬢とは思えんな。掃除も洗濯も手際がいい」
「っ、アドレ様!? い、いえこれは……その……!」
慌てて布を抱え込む私。
けれど彼は眉ひとつ動かさず、じっとこちらを見つめると短く言った。
「……興味深い」
そして踵を返し、屋敷の奥へと去っていった。
残された私は、洗濯物の陰にしゃがみこみ、顔を覆った。
「……もう、恥ずかしすぎて死ぬ……!」
侍女がやってきて、
いつも通りの買ってきたパンとスープとサラダがテーブルに並べられた。
「奥様、朝食です」
「……あの」
メイベルは思い切って口を開いた。
「これからは、私が食事の用意をします」
侍女は目を瞬かせ、ぽかんとした顔になった。
「え……奥様が、ですか?」
「はい。料理が得意ですので!」
にこっと笑ってみせる。
⸻
だが、返ってきたのは拍子抜けするほどあっさりした言葉だった。
「ああ、奥様ですもんね。
よろしくお願いします。
正直、質素すぎる食事で心配してたんですよ」
「えっ……えっ?」
肩透かしを食らったようにメイベルは固まる。
「でも、奥様が作ってくださるなら安心です。」
侍女はあっさり頭を下げた。
⸻
(……私、すっごく覚悟を決めて言ったのに……!)
メイベルはがくっと肩を落とした。
けれど、同時に胸の奥がじんわり温かくなる。
(……でも、信じてもらえてるんだ。
よし、期待に応えて、美味しいご飯を作ろう!)
食事の支度と部屋の掃除は、自分でしますと告げたその時。
唯一の侍女は、ほっとしたように笑った。
「それ、助かります。
正直、奥様の部屋まで手が回りませんでしたから……」
「えっ……そうだったんですか?」
「はい。わたし一人では、アドレ様のお部屋と玄関、それに応接室など、目立つ場所を掃除するのが精一杯で……」
⸻
さらに彼女は小さく肩をすくめた。
「下男が二人おりますけれど、庭や外回りで手一杯です。
――伯爵家としては、かなり貧乏ですよ」
けれど、その口調には誇りがにじんでいた。
「それでも……二年前、領地が災害で困っていたとき、アドレ様はご自身のことより領民を優先なさった。
そのご恩を、領民は皆、心から感謝しているのです」
⸻
メイベルは胸が熱くなった。
(……そんな大変な中で、ずっと領民を守ってきたんだ……)
義妹が「貧乏だから嫌だ」と投げ出したこの家は――実は誰よりも誇らしい場所だった。
それから、洗濯物を干し終えた私は、ぽんと手を打った。
「よし、次は買い出し!」
猫のポーチをぎゅっと抱え、市場へ足を運ぶ。
伯爵家の通いの下男に声をかけることもできたが――。
「自分で見て、選んで、値切って……それが楽しいんですから!」
朝の市場はすでに賑わっていた。
魚を並べる商人、香草を束ねる老女、果物を山と積んだ若者。
私はどんどん足を止め、あれもこれもと目を輝かせる。
「この枝豆は粒が大きいですね! じゃあ三束ください!」
「おっ、嬢ちゃん目がいいねぇ。おまけにもう一束つけとくよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
にこにことやり取りをしていると、背後から低い声。
「……派手だな」
「ひゃっ!? アドレ様!」
振り返れば、いつの間にか彼がついてきていた。
無表情のまま、腕を組んで人混みの中に立っている。
「……侍女か下男を連れて行けと言ったはずだ」
「だって、楽しいんですもの!」
私は笑顔でポーチを開け、買ったものを次々に入れていく。
枝豆、トマト、香草、肉に魚。
普通なら両手に抱えきれない量だが、ポーチに吸い込まれるように消えていく。
「……マジックボックスか」
「はい! だから重くないんです」
私は誇らしげにポーチを掲げる。
彼は短く目を細めただけで、また低く呟いた。
「……興味深い」
市場のざわめきの中、その言葉がなぜか心に残った。
市場は人でにぎわい、あちこちから声が飛び交っていた。
私はつい、魚に野菜に果物にと、あれもこれもと買い込んでしまう。
「はいはい、これもください!」
両腕に荷物を抱えてふらついたその時――横からすっと受け取ってくれる手があった。
⸻
「……おまえは欲張りすぎだ」
アドレが短く言いながらも、文句はなく、次々と荷物を肩にかけていく。
しかも店先では、無言で財布を開き、すべての会計をさっと済ませてしまうのだった。
⸻
(……文句ひとつ言わずに、全部支払ってくれる。
しかも、私がふらふらしてるとすぐ追いかけてきてくれて……)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
(申し訳ないけど……気にしてくれたのが、すごく嬉しい)
⸻
荷物を抱えたアドレの無表情な横顔は、なぜかいつもより頼もしく見えた。
両手いっぱいに荷物を抱えながら歩いていると、私は思わず口にした。
「……あの、マジックバッグに入れちゃえば楽なんですけど?」
アドレの足がぴたりと止まる。
低い声で短く言った。
「……外で使うな」
「えっ?」
「そんなものを人前で使えば、狙われる。
……あのポーチは、俺の目の届く場所でだけ使え」
⸻
鉄面皮の表情は変わらない。
けれど、その声の奥に確かな緊張と、わずかな苛立ちが混じっていた。
(……心配してくれてるんだ)
申し訳なさと同時に、胸の奥にほんのり温かさが広がる。
「……はい、アドレ様」
私が素直に頷くと、彼は何も言わず荷物を持ち直し、そのまま歩き出した。
荷物を抱えて歩きながら、私はふと昔を思い出した。
(公爵家にいた頃は……誰も私に注目してなかった)
立場だけはあったけれど、居場所はなく。
台所に入ることも許されず、作る喜びも誰にも知られなかった。
⸻
けれど今は――。
「……外で使うな」
アドレ様が低い声で釘を刺してくれた、その言葉の裏に。
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