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殿下も猫ポーチ
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(シレーヌとメイベルの対比)
シレーヌは伯爵家の三男を譲り受けた。
見目は悪くない、けれど中身は――。
「ねぇ、デートくらい誘ってよ!」
「……仕事がある」
「プレゼントくらいしてくれてもいいじゃない!」
「……必要ないだろう」
そんな返事ばかり。
最初は「伯爵家よりも自分に優しいはず」と夢見ていたシレーヌも、次第に苛立ちを隠せなくなっていた。
「なんでよ……交換したら、幸せになるはずだったのに……」
彼女の愚痴は日に日に増えるばかりだった。
⸻
一方その頃。
王都の夜会。
メイベルはアドレの隣に立ち、堂々と笑顔を浮かべていた。
流れるようなドレスさばき、完璧な立ち居振る舞い。
無表情なはずのアドレも、その隣で確かに存在感を放っている。
伯爵家の冷徹な学者――そう呼ばれていた彼が、今は完璧な公爵令嬢の隣に立つ紳士として人々の目を奪っていた。
「まぁ……あのメイベル様が、あんなに楽しそうに笑っているなんて」
「鉄仮面と並んで……意外にもお似合いだわ」
囁きがあちこちから上がる。
シレーヌが思い描いた「理想の立場」は、今や完全に姉が手にしていた。
(殿下への贈呈)
舞踏会の始まる前、私は殿下の控室に呼ばれた。
両手で抱えた小包を、そっと差し出す。
「アルバート殿下……こちらを」
「……っ! まさか……!」
殿下の目がきらきら輝く。
包みを解くと、そこにはふっくらした黒猫ポーチ。
「おおお……! これが噂の……!」
殿下はまるで子供のように大喜びで腰につけ、鏡に向かってくるくる回った。
そこへ控えていた影たちも、わらわらと寄ってくる。
「殿下! その猫、ぜひ我らにも!」
「黒猫を……! 俺は黒がいい!」
「いや、黒は俺だ!」
影三人が押し合いへし合いで黒猫を争い始めた。
「……ちょっと! 私だって頑張って作ったんですよ! ほら、茶トラもあるんですから!」
私はむくれて茶トラ猫を突き出す。
「……茶トラは……目立つのでは……」
「任務中に映えるのは……」
「黒の方が……」
微妙に敬遠されて、ますます頬をふくらませる私。
「……ありがたくいただきます」
最年長の影が、深々と頭を下げて茶トラ猫を受け取った。
「うぅ……! オカンアートなんで、文句言うなよ!」
私の抗議に、場の空気が和やかな笑いに包まれた。
きらびやかな楽団の音が響く舞踏会。
アルバート殿下が歩み寄り、私に手を差し伸べた。
「メイベル嬢、私と一曲いただけるかな」
「……っ! よ、喜んで」
緊張しながらも手を取る。
殿下は軽やかに私をリードし、舞踏の輪の中へと導いた。
周囲の視線を集めながら、殿下が小さく囁く。
「あの猫……助かっている」
「え?」
「剣や巻物を入れていても、誰も疑わない。
見た目はただのダサい猫だ。
開けられても、中身はハンカチや香油しか見えない。
持ち物検査を受けても、すり抜けられる」
「……」
私は思わず、自分の腰に下がるオカンアート猫を見下ろした。
「君の作る“猫”は、陰謀の渦の中で、何よりも役立つ盾だ」
殿下の青い瞳が真剣に光っていた。
⸻
その会話を、遠くから見つめるシレーヌ。
「う、うぐぐ……!」
白い手袋の中で爪を立て、悔しそうに歯を食いしばる。
彼女の腰にも有名デザイナーの猫ポーチが下がっていたが――。
それはただの飾りでしかない。
姉の“ダサいオカンアート”が、今や王子から最上級の賛辞を受けている。
その事実が、シレーヌの胸を焼いていた。
(公と裏の二面性)
翌日。
社交界では相変わらず猫ポーチが話題になっていた。
絹の刺繍、宝石飾り、豪華な金糸――有名デザイナーの新作を、令嬢たちは競って見せ合う。
「まぁ……メイベル様のは……随分と素朴ですわね」
「ふふ、手作りって感じ。オカンアートというか……」
「でも、ご本人はお気に入りみたいで……」
笑い声がひそひそと耳に届く。
私は微笑みだけを浮かべて、黙って受け流した。
⸻
一方その夜。
「――よし、入るぞ」
アルバート殿下が影たちに指示を出す。
皆の腰には、黒猫と茶トラのポーチがしっかり結ばれていた。
「剣も地図も、全部この中だ」
「外から見れば、ただの“猫好き”だ」
「持ち物検査も素通りだな……」
茶トラを下げた影が小声で呟いた。
「……正直、最初は嫌だったが。
中身を入れ替えてもすぐ綺麗になる……これは手放せん」
「だろう? 俺もだ!」
殿下までが子供のように猫を撫でている。
⸻
――表では笑われる“オカンアート”。
けれど裏では、誰もが必要とする最重要アイテム。
その秘密を知っているのは、ごくわずかな者たちだけだった。
シレーヌは伯爵家の三男を譲り受けた。
見目は悪くない、けれど中身は――。
「ねぇ、デートくらい誘ってよ!」
「……仕事がある」
「プレゼントくらいしてくれてもいいじゃない!」
「……必要ないだろう」
そんな返事ばかり。
最初は「伯爵家よりも自分に優しいはず」と夢見ていたシレーヌも、次第に苛立ちを隠せなくなっていた。
「なんでよ……交換したら、幸せになるはずだったのに……」
彼女の愚痴は日に日に増えるばかりだった。
⸻
一方その頃。
王都の夜会。
メイベルはアドレの隣に立ち、堂々と笑顔を浮かべていた。
流れるようなドレスさばき、完璧な立ち居振る舞い。
無表情なはずのアドレも、その隣で確かに存在感を放っている。
伯爵家の冷徹な学者――そう呼ばれていた彼が、今は完璧な公爵令嬢の隣に立つ紳士として人々の目を奪っていた。
「まぁ……あのメイベル様が、あんなに楽しそうに笑っているなんて」
「鉄仮面と並んで……意外にもお似合いだわ」
囁きがあちこちから上がる。
シレーヌが思い描いた「理想の立場」は、今や完全に姉が手にしていた。
(殿下への贈呈)
舞踏会の始まる前、私は殿下の控室に呼ばれた。
両手で抱えた小包を、そっと差し出す。
「アルバート殿下……こちらを」
「……っ! まさか……!」
殿下の目がきらきら輝く。
包みを解くと、そこにはふっくらした黒猫ポーチ。
「おおお……! これが噂の……!」
殿下はまるで子供のように大喜びで腰につけ、鏡に向かってくるくる回った。
そこへ控えていた影たちも、わらわらと寄ってくる。
「殿下! その猫、ぜひ我らにも!」
「黒猫を……! 俺は黒がいい!」
「いや、黒は俺だ!」
影三人が押し合いへし合いで黒猫を争い始めた。
「……ちょっと! 私だって頑張って作ったんですよ! ほら、茶トラもあるんですから!」
私はむくれて茶トラ猫を突き出す。
「……茶トラは……目立つのでは……」
「任務中に映えるのは……」
「黒の方が……」
微妙に敬遠されて、ますます頬をふくらませる私。
「……ありがたくいただきます」
最年長の影が、深々と頭を下げて茶トラ猫を受け取った。
「うぅ……! オカンアートなんで、文句言うなよ!」
私の抗議に、場の空気が和やかな笑いに包まれた。
きらびやかな楽団の音が響く舞踏会。
アルバート殿下が歩み寄り、私に手を差し伸べた。
「メイベル嬢、私と一曲いただけるかな」
「……っ! よ、喜んで」
緊張しながらも手を取る。
殿下は軽やかに私をリードし、舞踏の輪の中へと導いた。
周囲の視線を集めながら、殿下が小さく囁く。
「あの猫……助かっている」
「え?」
「剣や巻物を入れていても、誰も疑わない。
見た目はただのダサい猫だ。
開けられても、中身はハンカチや香油しか見えない。
持ち物検査を受けても、すり抜けられる」
「……」
私は思わず、自分の腰に下がるオカンアート猫を見下ろした。
「君の作る“猫”は、陰謀の渦の中で、何よりも役立つ盾だ」
殿下の青い瞳が真剣に光っていた。
⸻
その会話を、遠くから見つめるシレーヌ。
「う、うぐぐ……!」
白い手袋の中で爪を立て、悔しそうに歯を食いしばる。
彼女の腰にも有名デザイナーの猫ポーチが下がっていたが――。
それはただの飾りでしかない。
姉の“ダサいオカンアート”が、今や王子から最上級の賛辞を受けている。
その事実が、シレーヌの胸を焼いていた。
(公と裏の二面性)
翌日。
社交界では相変わらず猫ポーチが話題になっていた。
絹の刺繍、宝石飾り、豪華な金糸――有名デザイナーの新作を、令嬢たちは競って見せ合う。
「まぁ……メイベル様のは……随分と素朴ですわね」
「ふふ、手作りって感じ。オカンアートというか……」
「でも、ご本人はお気に入りみたいで……」
笑い声がひそひそと耳に届く。
私は微笑みだけを浮かべて、黙って受け流した。
⸻
一方その夜。
「――よし、入るぞ」
アルバート殿下が影たちに指示を出す。
皆の腰には、黒猫と茶トラのポーチがしっかり結ばれていた。
「剣も地図も、全部この中だ」
「外から見れば、ただの“猫好き”だ」
「持ち物検査も素通りだな……」
茶トラを下げた影が小声で呟いた。
「……正直、最初は嫌だったが。
中身を入れ替えてもすぐ綺麗になる……これは手放せん」
「だろう? 俺もだ!」
殿下までが子供のように猫を撫でている。
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――表では笑われる“オカンアート”。
けれど裏では、誰もが必要とする最重要アイテム。
その秘密を知っているのは、ごくわずかな者たちだけだった。
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