義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました。

夢窓(ゆめまど)

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影たちのひそひそ話

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任務の帰り道。
 黒猫ポーチを腰につけた影のひとりが、こっそり仲間に耳打ちした。

「……なあ、この猫。任務中、泥だらけの装備を突っ込んでも……ほら、出すときには新品みたいに綺麗になるんだよ」

「確かに……血がついた手袋も、一瞬で洗い立てみたいになったな」

「ってことはだ……」
 影が声を潜めてさらに囁く。
「まさか……死体を入れたら、どうなるんだ?」

「……っ!!」
 三人揃って顔を見合わせ――。

「うわあああああーー!!」
 声を必死に押し殺して飛び退いた。

 すぐに息を切らして苦笑する。
「……まあ、そのうちわかるだろうな」

 黒猫ポーチは、ただ無言で腰にぶら下がっていた。

(メイベルの釘刺し)

 数日後。
 私はアドレの部屋の隅で、影たちがこそこそ話すのを耳にした。

「……死体を入れたら、どうなるんだろうな」
「綺麗になって出てくる……? いや、想像するな!」

「うわああああーー!!」
 三人そろって頭を抱えて飛び上がった。

 その瞬間、私は思わず手にしていたお玉でテーブルを叩いた。

「こらぁぁぁっ!!!」

「ひっ!」
 影たちが一斉に振り向く。

「絶っっ対、そんな使い方しないでくださいねっ!!!」
 私は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ポーチは! ご飯とか! 洗濯物とか! 枝豆とか! そういうもののためにあるんですから!!」

「……は、はいっ!」
 影たちは直立不動で返事をする。

「まったくもう……」
 ぷんぷん怒りながら、私は黒猫ポーチをぎゅっと抱きしめた。

 その横で、アドレが無表情のまま小さく呟く。

「……やはり、酒癖が悪い」

「アドレ様っ!? 今それ関係ないですーっ!!」

(フリードリヒの補足)

 影たちが青ざめて直立しているところに、ひときわ落ち着いた声が割り込んだ。

「……だが」

 扉にもたれていたフリードリヒが、にやりともせず真顔で続ける。

「戦場では……実際に役立つかもしれん」

「っ……!」
 影たちが揃って硬直する。
「汚泥まみれの装備も、血に染まった鎧も……。
 検分される前にこれへ放り込めば、証拠も汚れも消える。
 ――考えようによっては、恐ろしく有用だ」

 彼の低い声に、影たちはさらに震えあがった。

「ちょっとぉぉぉ! 兄様まで何言ってるんですか!」
 私は慌てて立ち上がり、両手をぶんぶん振った。
「だから! そういうのに使っちゃダメなんですってば!!
 ご飯と洗濯物と枝豆用なんですからっ!!」

「……枝豆用の神器、か」
 フリードリヒがふっと笑みを浮かべる。

 影たちは「神器……!?」と目を丸くし、
 アドレは相変わらず無表情で呟いた。

「……やはり、この家の女は普通ではない」

「な、なんか失礼なこと言いました!?」
 私の抗議の声に、部屋は苦笑と緊張の入り混じった空気に包まれていた。


(影の実験記録)

 ――影の記録より。

「まずは虫からだ」
 小さなてんとう虫をつまみ、恐る恐るポーチへ。

 一分後。
 出てきたのは、すやすや眠るてんとう虫。
 つん、と突くと目を覚まし、ぶんっと羽音を立てて飛んでいった。

「……眠るだけか。無害だな」



「次は、もう少し大きいものを」
 小型犬を抱えて、そっとポーチに入れる。

 一分後。
 出てきた犬は――ふわふわに毛並みが整い、シャンプーした後のような清潔さ。
 しかも丸くなってすやすや眠っている。

「……これは……」
 影は思わず息を呑んだ。

「便利すぎる!」



 その日以来、影たちはこっそり“ポーチ生体実験係”を作り、あれこれ試すことになる。
 ――もちろん、メイベルは何も知らない。



 
最近、城下でちょっとした噂が広まっていた。

「なぁ、最近街の犬や猫がやけに毛並みツヤツヤじゃないか?」
「わかる! うちの裏のコロも昨日戻ってきたら、シャンプー仕立てみたいにふわっふわでな!」
「城の周りの野良猫までピカピカだぞ……あれはなんだ……?」



 その頃。
 影たちは城壁の陰で、そっと囁き合っていた。

「……なぁ、試しにポーチに犬を入れてみたら、シャンプー仕立てで出てきたんだ」
「俺は猫を……。毛玉まで消えてた……」
「便利すぎる……が、これは……報告するか……?」

 全員でしばし黙り込み、そして首を横に振った。

「……墓まで持っていこう」
「奥方様方に知られたら……城下の犬猫が全員行列するぞ……」

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