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お揃いのドレス
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(お揃いドレスと婚約発表)
ある日、アドレが私に布地の束を差し出した。
上質な絹に、落ち着いた色合いの糸。
「……これで仕立てる。お揃いの服だ」
「えっ……お揃い!? そ、そんなの作っていいんですか?」
思わず目を丸くした私に、アドレは淡々と答えた。
「災害も片付いて、領地からの税収も戻り始めた。
屋敷は秘密が多いゆえに人は増やしていないが……服ぐらいは贅沢してもいいだろう」
「……」
胸がじんと温かくなる。
だが彼はすぐに問いかける。
「……お揃いの服は、嫌なのか?」
「ぶんぶんっ! とんでもないです!」
私は全力で首を振った。
オカンアート猫ポーチを抱えたまま、頬を真っ赤にして。
「……そうか」
アドレはわずかに唇を緩めた。
そのまま視線を外に向け、低く呟く。
「近く、婚約発表もしなければならない」
「……婚約、発表……」
言葉を繰り返した瞬間、胸の奥がどきんと跳ねた。
公爵令嬢として完璧に振る舞わねばならないとわかっている。
けれど、それ以上に――。
(……アドレ様と、正式に“婚約者”って呼ばれるんだ……)
頬が熱くなり、私は布地を胸にぎゅっと抱きしめた。
(お揃いドレスと燕尾服)
サロンに並べられた布地とスケッチを前に、デザイナーがにこやかに問いかけた。
「ご夫人、どのようなドレスをご希望で?」
「えっ、わ、私ですか!? あ、アドレ様の燕尾服に合うものを……あの、紺色なんですよね? きっと素敵でしょうね……」
「奥さま。自分のドレスですよ、まず」
「はわわわ! そ、そうでした!」
思わず両手をばたつかせて、真っ赤になる。
⸻
デザイナーがスケッチを数枚差し出すと、アドレが迷いなく指を置いた。
「フリルは少なめでいい。……彼女には、マーメイドラインが似合うだろう」
「えっ、そ、そうですか?」
メイベルはおろおろしながらも、頬を赤らめる。
「背筋がすっと伸びて見える。お前には、その方が似合う」
鉄面皮で淡々と語られるその言葉に、デザイナーが思わず目を瞬かせた。
「……さすが旦那様。奥さまをよくご覧になっている」
⸻
結局、紺色を基調とした、アドレの燕尾服と調和するドレスが選ばれた。
肩から裾へすっと流れるマーメイドライン。装飾は控えめで、上品に輝く刺繍だけが施されている。
「これなら……お二人並ばれた時、きっと会場を沸かせますよ」
デザイナーの言葉に、メイベルは両手で頬を覆いながら小さく呟いた。
「……なんだか……恥ずかしいけど……嬉しいです」
ドレスの相談がひと段落したころ、アドレがふと口を開いた。
「……宝石は、真珠でよければ、母のがある」
「えっ……」
メイベルは思わず目を見開いた。
「上質なものだ。飾り立てるより、お前には似合うだろう」
淡々とした声。けれどその響きは、どこか優しかった。
⸻
デザイナーはにっこりと頷いた。
「紺のドレスに真珠……完璧でございますね。上品で、奥さまの清らかさを引き立てるでしょう」
メイベルは胸に手を当て、そっと呟く。
「……お義母さまの真珠……。そんな大切なものを私が……」
「お前だから渡す。……嫌か?」
「い、嫌なんて……! ううん、とても……嬉しいです」
頬が真っ赤になり、思わず笑みがこぼれる。
⸻
鏡に映ったイメージの中で、紺のドレスに真珠の光が静かに映える。
それは華やかさよりも、誇りと愛を象徴する輝きだった。
(王宮での誘惑)
王宮の回廊。
婚約発表を控えたアドレの前に、きらびやかな衣装を纏った令嬢たちが立ちふさがった。
「アドレ様……本当に、あのメイベル様でよろしいのですか?」
「変人だという噂もありますし、妹君をいじめているとか」
その声音には、甘えと嘲りが混じっていた。
「……」
アドレは表情を変えない。
令嬢のひとりが、彼の腰に揺れる黒猫ポーチを指さした。
「ほら、それに……その変なポーチ!
よろしければ、こちらの有名デザイナーの新作と交換して差し上げますわ」
差し出されたのは、宝石と金糸で飾られた豪奢な猫型ポーチ。
だがアドレの声は低く冷たかった。
「……触るな」
「でも、そんなオカンアートより――」
「触るなと言っている」
きっぱりと言い放つと、彼は令嬢たちの視線を振り切り、歩き去った。
取り残された女たちは唇を尖らせ、顔を見合わせる。
「あーあ……あのメイベルのどこがいいのかしら」
「手作りのポーチなんて、ただのダサい飾りよ」
「でも……殿下も持っているのよね。まったく、あの良さがわからないわ」
彼女たちには知られていない。
――その“オカンアート猫”こそ、命を守る唯一無二の宝だということを。
ある日、アドレが私に布地の束を差し出した。
上質な絹に、落ち着いた色合いの糸。
「……これで仕立てる。お揃いの服だ」
「えっ……お揃い!? そ、そんなの作っていいんですか?」
思わず目を丸くした私に、アドレは淡々と答えた。
「災害も片付いて、領地からの税収も戻り始めた。
屋敷は秘密が多いゆえに人は増やしていないが……服ぐらいは贅沢してもいいだろう」
「……」
胸がじんと温かくなる。
だが彼はすぐに問いかける。
「……お揃いの服は、嫌なのか?」
「ぶんぶんっ! とんでもないです!」
私は全力で首を振った。
オカンアート猫ポーチを抱えたまま、頬を真っ赤にして。
「……そうか」
アドレはわずかに唇を緩めた。
そのまま視線を外に向け、低く呟く。
「近く、婚約発表もしなければならない」
「……婚約、発表……」
言葉を繰り返した瞬間、胸の奥がどきんと跳ねた。
公爵令嬢として完璧に振る舞わねばならないとわかっている。
けれど、それ以上に――。
(……アドレ様と、正式に“婚約者”って呼ばれるんだ……)
頬が熱くなり、私は布地を胸にぎゅっと抱きしめた。
(お揃いドレスと燕尾服)
サロンに並べられた布地とスケッチを前に、デザイナーがにこやかに問いかけた。
「ご夫人、どのようなドレスをご希望で?」
「えっ、わ、私ですか!? あ、アドレ様の燕尾服に合うものを……あの、紺色なんですよね? きっと素敵でしょうね……」
「奥さま。自分のドレスですよ、まず」
「はわわわ! そ、そうでした!」
思わず両手をばたつかせて、真っ赤になる。
⸻
デザイナーがスケッチを数枚差し出すと、アドレが迷いなく指を置いた。
「フリルは少なめでいい。……彼女には、マーメイドラインが似合うだろう」
「えっ、そ、そうですか?」
メイベルはおろおろしながらも、頬を赤らめる。
「背筋がすっと伸びて見える。お前には、その方が似合う」
鉄面皮で淡々と語られるその言葉に、デザイナーが思わず目を瞬かせた。
「……さすが旦那様。奥さまをよくご覧になっている」
⸻
結局、紺色を基調とした、アドレの燕尾服と調和するドレスが選ばれた。
肩から裾へすっと流れるマーメイドライン。装飾は控えめで、上品に輝く刺繍だけが施されている。
「これなら……お二人並ばれた時、きっと会場を沸かせますよ」
デザイナーの言葉に、メイベルは両手で頬を覆いながら小さく呟いた。
「……なんだか……恥ずかしいけど……嬉しいです」
ドレスの相談がひと段落したころ、アドレがふと口を開いた。
「……宝石は、真珠でよければ、母のがある」
「えっ……」
メイベルは思わず目を見開いた。
「上質なものだ。飾り立てるより、お前には似合うだろう」
淡々とした声。けれどその響きは、どこか優しかった。
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デザイナーはにっこりと頷いた。
「紺のドレスに真珠……完璧でございますね。上品で、奥さまの清らかさを引き立てるでしょう」
メイベルは胸に手を当て、そっと呟く。
「……お義母さまの真珠……。そんな大切なものを私が……」
「お前だから渡す。……嫌か?」
「い、嫌なんて……! ううん、とても……嬉しいです」
頬が真っ赤になり、思わず笑みがこぼれる。
⸻
鏡に映ったイメージの中で、紺のドレスに真珠の光が静かに映える。
それは華やかさよりも、誇りと愛を象徴する輝きだった。
(王宮での誘惑)
王宮の回廊。
婚約発表を控えたアドレの前に、きらびやかな衣装を纏った令嬢たちが立ちふさがった。
「アドレ様……本当に、あのメイベル様でよろしいのですか?」
「変人だという噂もありますし、妹君をいじめているとか」
その声音には、甘えと嘲りが混じっていた。
「……」
アドレは表情を変えない。
令嬢のひとりが、彼の腰に揺れる黒猫ポーチを指さした。
「ほら、それに……その変なポーチ!
よろしければ、こちらの有名デザイナーの新作と交換して差し上げますわ」
差し出されたのは、宝石と金糸で飾られた豪奢な猫型ポーチ。
だがアドレの声は低く冷たかった。
「……触るな」
「でも、そんなオカンアートより――」
「触るなと言っている」
きっぱりと言い放つと、彼は令嬢たちの視線を振り切り、歩き去った。
取り残された女たちは唇を尖らせ、顔を見合わせる。
「あーあ……あのメイベルのどこがいいのかしら」
「手作りのポーチなんて、ただのダサい飾りよ」
「でも……殿下も持っているのよね。まったく、あの良さがわからないわ」
彼女たちには知られていない。
――その“オカンアート猫”こそ、命を守る唯一無二の宝だということを。
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