義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました。

夢窓(ゆめまど)

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お弁当は、みんなで

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「お弁当で稼いだお金でね、孤児院の子供たちにドリルを買ってあげようと思うの!」
メイベルは目を輝かせながら言った。

アドレは眉をわずかに動かす。
「……ドリル、か」

「うん、勉強の。算数とか書き取りとか!」
にこにこと説明するメイベルに、鉄面皮の顔がほんの少しだけ緩む。

「……買うのは、一緒に行こう」
「えっ?」

「孤児院の子供だけじゃなく、領民の子らにも配ればいい。
 字が読め、計算ができる子が増えれば……領地の力になる」

「わぁ……!」
メイベルは嬉しそうに手を合わせた。
「やっぱり旦那さま、頼りになる~!」

(城下町ドリルデート)

 その日の午後。
 メイベルとアドレは、連れ立って城下町へと向かった。

「わぁ~! 賑やかですね!」
 石畳の通りには屋台が並び、人々の笑い声が溢れている。
 メイベルはきょろきょろしながら、まるで子供のように目を輝かせていた。

「……目的は文具店だ。寄り道はほどほどにな」
 アドレは無表情のまま言う。
 けれど歩調は自然とメイベルに合わせていた。



 文具店の中。
 棚には分厚い帳面や、色とりどりのインク、子供向けの習字帳まで並んでいる。

「見てください、旦那さま! 算数ドリルも、書き取り練習帳もありますよ!」
 メイベルは両手いっぱいに抱えて振り返った。

「そんなに買う気か?」
「はいっ! 孤児院の子にも、領民の子にも!」

 アドレは少しだけ目を細めた。
「……そうだな。足りなくなるよりはいい」



 支払いを終え、屋敷に届けるのと、
今すぐ孤児院に、持って行く紙袋を抱えるメイベル。
「ふふっ、なんだか幸せ~! 唐揚げ弁当が、勉強になるなんて!」

「……おまえはほんとに……」
 アドレは呟きかけて、言葉を飲み込んだ。

 無表情のまま紙袋をひょいと奪い取る。
「……重い。俺が持つ」

「えっ、だ、大丈夫です私――」
「……旦那だからな」


(子供たちへのお届け)

 孤児院と領地の広場に、子供たちが集まっていた。
 わくわくした目で並ぶ小さな背中。

「は~い! 一人ずつ、順番ですよ~!」
 メイベルは笑顔で声をかけながら、算数ドリルや書き取り帳を配っていく。

「わぁ! 僕、字を練習できるの!?」
「すごい、数字がいっぱいだ!」

 子供たちの歓声に、メイベルの頬も嬉しそうに緩む。



「静かに並べ」
 アドレが低い声で言うと、ざわついていた子供たちがぴたりと整列した。
 鉄面皮の威圧感に、一瞬空気が引き締まる――が、次の瞬間。

「……ちゃんとやれば、褒美をやる」
 彼は懐から小袋を取り出し、飴玉を配り始めた。

「……! あめだ!」
「すごい! がんばる!」

 子供たちは歓声を上げ、ドリルを抱きしめた。



「……旦那さま、飴なんて、用意してたんですか?」
「……勉強には甘味が必要だ」
無表情のまま答えるアドレに、メイベルは思わずくすっと笑った。

「ふふっ。ほんとに優しいんですから」

 賑やかな笑い声とともに、ドリルを抱えた子供たちの未来が少しだけ明るく輝いて見えた。


(子供たちの歌)

 広場に、子供たちの声が重なった。

「ありがとう~♪ ありがとう~♪」
「唐揚げ~♪ ドリル~♪」

 リズムはめちゃくちゃで、音程もずれている。
 けれど、その声は真っ直ぐで、メイベルの胸を温めた。

「ふふっ……かわいい~!」
メイベルは手を合わせ、嬉しそうに見守る。



「……唐揚げは関係ないだろう」
アドレは呟いたが、口元がわずかに緩んでいた。

「でも、子供たちにとっては、唐揚げとドリルが同じくらい嬉しいんですよ」
メイベルがにっこり笑う。

「……そういうものか」
 鉄面皮の声は、少しだけ柔らかかった。



 夕暮れの広場に、子供たちの歌声が響く。
 唐揚げとドリル――奇妙な取り合わせは、いつしか笑い声とともに、小さな祝福のように広がっていった。

「……支援なら、うちからも出せる。
 子供たちのために、金を回すのは難しくない」
 アドレは淡々と告げた。

 メイベルは首を横に振り、にこっと笑う。

「ふふふ……でもね、そういうのは“自分で稼いだお金”がいいんです」

「……」

「だって、その方が特別でしょ?
 私が作ったお弁当を喜んで買ってくれる人がいて。
 その代金で、子供たちにドリルを渡せる。
 それって、すごく幸せなお裾分けなんですよ」



 アドレは一瞬、言葉を失った。
 そして、無表情のまま小さく頷く。

「……なるほど。
 おまえらしいな」

 その声には、ほんの少しだけ、優しい響きが混じっていた。

(アドレの心の声)

「ふふふ……お弁当の代金で、子供たちにドリルを。
 そういうのが、幸せのお裾分けなんです」

 メイベルはにこにこと笑い、まるで子供と同じように目を輝かせていた。



 アドレは無言で彼女を見つめる。
 黒髪の奥で、茶色の瞳が微かに揺れる。

(……自分で稼いで、誰かのために分け与える。
 それを当然のように笑って言える……)

 ゆっくりと、息を吐いた。

(……誇らしい妻だ)



 鉄面皮の顔はいつも通り無表情。
 けれど心の奥では、静かな熱が芽吹いていた。

「……帰ろう、メイベル」
「はいっ!」

 二人の歩調は、自然とぴたりと揃っていた。

(殿下の勘違い)

「なるほど……」
アルバート殿下は腕を組み、感慨深げに頷いた。

「私が唐揚げを好きで食べるからこそ、子供たちがドリルを買ってもらえるんだなぁ……!」

 その言葉に、メイベルは思わず椅子から立ち上がった。

「ペシッ!」
(思わず手が出る音)

「ち、違います!!」



「えっ?」
殿下がきょとんとする。

「私が唐揚げ弁当を作って、皆さんが買ってくださるから、ドリルが買えるんです!
 殿下が“ただ食べてるだけ”なのとは、まったく別です!」

「…………」
殿下は頬を染め、咳払いをした。

「……ま、まあ、私は……美味しく食べる専門だからな」



 影は後ろでこっそり吹き出し、アドレはグラスを傾けながら小さく呟いた。
「……どちらにせよ、おまえの唐揚げは役に立っているだろう」

「むむむ……」
メイベルは口を尖らせつつも、どこか嬉しそうに頬を染めていた。


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