『この命、めぐりて、きみに還る』―“俺の子じゃない”と捨てたくせに―

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
10 / 27

はじめまして、私晴海です。

しおりを挟む
病院の窓から、柔らかな朝日が差し込むころ。
病室の扉がそっと開いた。

「おう、来たぞ。赤ん坊、元気か?」

ジェイクが、無骨な手に紙袋をさげて立っていた。中身はパンとリンゴジュース。

ベッドに横たわる晴海が、微笑む。

「来てくれてありがとう。……抱いてみます?」

「えっ、お、俺が?」

「うん、ぜひ」

晴海が赤ちゃん――テオをそっと差し出すと、ジェイクは明らかに怯んだ。

「……これ、落としたら死ぬやつだよな?」

「落とさなければ大丈夫ですよ、ジェイクさん。ほら、頭とお尻を支えて……」

おそるおそる、赤ん坊を腕に抱くジェイク。
ふにゃふにゃの小さな命に、表情が少しずつほぐれていく。

「……あ、あったかいな。これが……人間か」

思わず口ずさんだのは――

「ねんねんころりよ、おころりよ……」

晴海が、目を瞬いた。

「その歌……?」

「ん? ああ、子守歌っつったらこれしか思いつかなくてな。しかも、頭だけ」

「……って、え、それ……日本の……?」

ジェイクが一瞬ぴくりとした。

晴海はじっと彼を見つめ、静かに言った。

「ジェイクさん……転生者、ですよね?」

「……は?」

「その反応、図星ですね」

ジェイクは目をそらしながら、小さく咳払いした。

「……まあ、そうだ。昔のことだ。何年も前。ここで目ぇ覚ましたときゃ、びびったぜ」

「やっぱり……!」

「おいおい、てことは……おまえもか?」

晴海は微笑んで、名乗った。

「はじめまして。私、晴海と申します。つい先日、転生してきました。日本の名前も晴海です。前世では、日本の普通の主婦やってました」

ジェイクは目を丸くして、テオを抱いたまま固まる。

「お、おい……じゃあ……ルシンダは……?」

「私は、ルシンダじゃありません。彼女の記憶は残ってますけど……中身は、今は私です。……たぶん、心も」

静かに語る晴海の声に、ジェイクは数秒黙ってから、ふっと笑った。

「なんだよ、お仲間かよ。やべえ、ちょっと嬉しいかも」

「ふふっ、典型的日本人ですね」

「うるせーよ」

テオがくすぐったそうに身じろぎすると、ふたりの間に、柔らかい笑いがこぼれた。

こうして、晴海はこの世界で――
“同郷の先輩”と、ようやく出会ったのだった。


 <私たち、同居始めましたの報告。>


退院の日。

赤ん坊を胸に抱きながら、大漁亭の玄関をくぐると、
おかみが両手を広げて出迎えてくれた。

「おかえり、ルシンダ。」

「ただいま戻りました!」

抱っこ紐に包まれた小さなテオを見て、
おかみの目尻が下がる。

「まんまるで、いい顔してるねぇ……この子は、強い子になるよ」

「はい、この子には……ちゃんと、生きてほしいです」

その言葉に、ふとおかみの表情が翳った。

「……ルシンダのこと、やっぱり……ダメだったのね」

「はい。……私が、代わりにこの身体で目覚めて。中に入ってるのは、ルシンダじゃなくて、私――晴海なんです」

おかみは静かに頷いた。

「そう……かわいそうに、あの子……きっと、この世の不幸に耐えきれなかったのね」

「……たぶん。でも、私、彼女の記憶はあるんです。めちゃくちゃで、ぐちゃぐちゃで……かわいそうで、だからこそ、私が代わりにこの子と生きていこうって、思いました」

おかみは、ふっと表情を和らげて言った。

「よく来てくれたね、晴海ちゃん。……しぶとくて、上等だよ。そういう女は、生き延びられる」

「ありがとうございます!」

「で、ジェイクの家にいるんだって?」

「はい、居候です。宿だと赤ちゃん泣くと迷惑になりますし、洗濯物は多いし……。ジェイクさんが“仕方ねぇな”って言いながら手伝ってくれてて」

「ふーん。男手があるなら安心ね」

「はい、思った以上に器用で驚きました」

「ジェイク、照れ屋だからね。案外、家庭向きかもよ」

晴海は笑いながら、唐揚げに箸を伸ばす。

「もう、この唐揚げ……おいしすぎです……! わたし、ここに通います!」

「ふふふ、いっぱい食べて。母は食べてなんぼ。ミルクも、根性も、体力勝負よ」

「はい! もう、胃袋つかまれてます!」

おかみと晴海が笑い合う向こうで、
厨房からジェイクが、ぼそりとひとこと。

「おい、俺の家でもちゃんと食えよな」

「はーい、ジェイクさんもよろしくです!」

こうして、“ちょっと不思議な家族”が、始まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

これからもあなたが幸せでありますように。

石河 翠
恋愛
愛する男から、別の女と結婚することを告げられた主人公。彼の後ろには、黙って頭を下げる可憐な女性の姿があった。主人公は愛した男へひとつ口づけを落とし、彼の幸福を密やかに祈る。婚約破棄風の台詞から始まる、よくある悲しい恋の結末。 小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

処理中です...