『この命、めぐりて、きみに還る』―“俺の子じゃない”と捨てたくせに―

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
11 / 27

出生届と婚姻届け

しおりを挟む
「……本当に、いいのか?」

ジェイクが差し出したのは、赤ん坊――テオの出生届だった。
父親の欄には、彼の名前が書かれている。

晴海は、少しだけ緊張しながら、深く頷いた。

「はい。……お願いします」

「……なんで俺?」

「ルシンダさんの部屋にあった書類で、父親の名前、わかりました。たぶん、間違いないです。けれど……」

彼女は、まっすぐジェイクを見る。

「この世界、親子鑑定とかありません。
出生届に“父親不明”で出したら、この子、取り上げられるかもしれないんです。富豪の家に」

ジェイクの目が鋭くなる。

「……そんなヤバいやつなのか」

「富豪です。跡取り問題もありますし、たぶん“見せしめ”もかねて、奪われます。今は、法的にこちらが先に出したら勝ちです。
この世界、法は“先に提出したもん勝ち”なんです」

ジェイクはため息をついた。

「そんな野蛮な国だったか、ここ……」

晴海は、真剣に、でもちょっと照れくさそうに続ける。

「……ルシンダさんを殺した人より、
あなたのほうが、百倍マシです」

ジェイクが目を見開いたあと、苦笑して言う。

「……そんな評価、初めてされたわ。ありがとな」

「こちらこそ……ありがとうございます」

沈黙のあと、ジェイクはぽつりと呟いた。

「……じゃあ、いっそ、結婚届も出すか?」

「……え?」

「一緒に住んでるし、籍入れちまえば手続きも早いし、俺は構わねぇ」

一瞬の沈黙。
そして、晴海は耳まで真っ赤になって、もじもじと指先をいじった。

「……じゃあ、お願いしても……いいですか?」

「おう、ついでだ。今から一緒に役所、行こうか!」

「はいっ!」

赤ちゃんを大事に抱えて、満面の笑顔でついていく晴海に、
ジェイクがぽつりと、照れくさそうに付け足した。

「……プロポーズは、後になる予定だがな」

「ははっ、了解です!」

2人と1人の小さな家族が、静かに、でも確かに始まった。

ルシンダとふたりで、役所を訪れた日。

受付にいたのは、いつも大漁亭で顔を合わせるマイクさんだった。

「あれっ、ジェイクさん……ルシンダさんも。
あれれ、そちらは……?」

「……息子だよ。テオ。出生届と婚姻届を出しに来たんだ」

ジェイクが、抱いていた布にくるまれた赤ん坊をそっと見せると、マイクの顔がぱっと綻んだ。

「おお……! なんとまあ、いい顔してるなぁ。こんにちは、坊や」

テオは目をぱちくりとさせてマイクを見上げ、ふにゃっと笑うような、そんな気配を見せた。

「出生届は、すでに記入済みで……あとは婚姻届だけですね」

マイクは用紙を用意しながら、にやにやが止まらない様子だった。

「名前は……“テオ”くん。いい名前だなあ。
で、婚姻届の方にはご本人たちのサインと、証人欄も必要です」

「証人……」

ジェイクがふと黙り、ルシンダを見る。

彼女は、テオを優しく揺らしながら、小さく頷いた。

「マイクさん。頼んでいいかな。……俺たち、親がいないから」

「もちろん。俺でよければ、いくらでも」

マイクはペンを手に取ると、さらさらと署名した。

「はい、おめでとうございます」

「ありがとう」

ルシンダが小さな声で言い、テオがくうんと鳴いた。

「……あ、お腹すいたみたい」

彼女が焦ってあやすと、マイクがまた笑った。

「おふたりとも、頑張って。
この村で家族になるって、案外いいもんですよ」

書類を提出し終えた帰り道、ジェイクは片腕に息子を抱き、もう片方の手でルシンダの指先をそっと握った。

「これで、ようやく……家族だな」

ルシンダは微笑み、赤ちゃんの眠る頬にキスを落とした。

テオは夢の中で、小さく手を伸ばす。

その手が、ふたりをつなぐ未来になると信じて。


海風が涼しくなってきた夕方、大漁亭は昼の喧騒が嘘のように静かだった。
客の引けた店内で、ジェイクはカウンターを拭いていた。

ルシンダは奥の座敷で、テオをあやしている。
もうすぐ一歳。よちよちと歩き始めたテオは、今日も元気いっぱいだった。

「ほら、だーめ、まだ熱いのよ、これはお鍋ね、見るだけにしよ?」

「……あっば、ばっ」

ご機嫌なテオに手を振りながら、ルシンダが微笑む。

「ジェイク、そろそろ看板出してくれる?」

「おうよ」

そう言いながら、ジェイクがカウンター越しに近づくと――

「……ぱぱ?」

ルシンダが固まった。
ジェイクも、ぴたっと足を止めた。

「……今、なんて言った?」

テオは、きょとんとふたりを見て、またにこっと笑った。

「ぱぱー!」

にじり寄ってきて、ジェイクの足につかまった。

「うわ、まじか……テオ、今の、今の……」

「……聞き間違いじゃないわよね」

ルシンダは、手を口に当てながら泣き笑いの顔をしていた。

ジェイクは、ゆっくりと膝をつき、テオと目線を合わせる。

「……パパ、だってよ……。
お前、本当に、俺を……父親にしてくれたんだな」

いつも冗談ばかりのルシンダが、ぽろっと涙をこぼす。

「おいおい、ダメだろ、そんな顔じゃ……ごはん作れなくなるじゃん……」

「あなたこそ」

ふたりは顔を見合わせ、そしてテオをはさむようにして、静かに、あたたかく、笑い合った。

その夜の大漁亭では、
「今日、うちの子が“パパ”って言ったんだ!」
というジェイクの自慢話が、延々と繰り返されたとか――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

これからもあなたが幸せでありますように。

石河 翠
恋愛
愛する男から、別の女と結婚することを告げられた主人公。彼の後ろには、黙って頭を下げる可憐な女性の姿があった。主人公は愛した男へひとつ口づけを落とし、彼の幸福を密やかに祈る。婚約破棄風の台詞から始まる、よくある悲しい恋の結末。 小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

処理中です...