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旦那様、帰還す
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戦地から凱旋の馬車が門をくぐった。
黄金の鎧に青のマント。
背の高い男が降り立つと、屋敷中がざわめいた。
「お、お帰りなさいませ! 旦那様!!」
「うむ。……妻は?」
――沈黙。
家令が額の汗をぬぐう。
「えっと……奥様は、その……」
「まさか、病か?」
「い、いえ……」
「じゃあ、どこだ」
執事、侍女、料理長、全員が顔を見合わせる。
誰も言葉を出せない。
「まさか――病死でもしたのか?」
「ご、ご健在です!」
「では、なぜここにいない!?」
「……その、旦那様と離婚、なさいました」
ドンッ! 机を叩く音が響いた。
「誰の許可でだッ!」
「……白い結婚ゆえ、教会の判断で……」
「教会の判断!? 妻の顔も知らん教会が!?」
旦那の声が屋敷中に轟く。
「――で、その妻とやらは、どんな顔だ!」
全員が硬直。
家令が、震える声で言った。
「えーと……ブルーの瞳に、ブロンドの髪で、女性です」
「そんなの、わかっている!!」
「それ以上の情報が……ございません……!」
旦那の顔が真っ赤になり、こめかみがぴくぴく動く。
「三年も結婚していて、家の誰も彼女の顔を見たことがないのか!?」
「……はい」
屋敷中、しーんと静まり返る。
外ではカラスが「カァ」と鳴いた。
「全員、目を洗って出直せぇぇぇ!!」
怒鳴り声が響く中、
旦那は拳を握りしめた。
「……俺の妻を探せ。どんな手を使ってもだ」
⸻
一方そのころ。
港町のコテージでは、
マルグリットが紅茶を飲みながらカーテン越しに光を見つめていた。
「うん、やっぱりこのレースで正解ね。
お昼はオムレツにしようかしら」
――その穏やかな午後の空の下、
“国家規模の奥様捜索令”が発令されたとは知らずに。
行方不明の奥様、町で話題になる
市場の通りを歩いていると、
パン屋の奥さんがひそひそ声で話していた。
「ねえ聞いた? なんでも、行方不明の“貴族の奥様”がいるんだって!」
「戦地から帰った旦那様が、たいそうお怒りで、国をあげて捜索中らしいわよ」
「ほら、この町にもいるかもって噂なのよ」
マルグリットは立ち止まり、パンの袋を抱えたまま首をかしげた。
「……特徴は、わからないけど、女性、へぇ、どんな奥様なのかしら」
「ブルーの瞳で、ブロンドの髪で――」
「女性なんですって!」
「ふふ、それ、かなりの人類が該当するんじゃないかしら」
マルグリットは笑って、トコトコと歩き出す。
⸻
コテージに戻り、
お気に入りの紅茶を淹れる。
香りの良い茶葉をカップに注ぎ、
クロワッサンにいちごジャムをのせる。
「うーん、完璧。これで読書時間ね」
テーブルの上には図書館のカード。
今日、新しく借りてきた本の背表紙には
『白い結婚の真実』『夫婦契約の歴史』『再婚と誓約の書式集』の文字。
「……似たような話、あるかもしれないし」
ページをめくりながら、マルグリットは微笑む。
「私はもう、結婚解消になったからなぁ……
もし再婚するなら、今度は書類だけじゃなく、ちゃんと顔を見て決めようっと」
窓の外では、通りを走る伝令が叫んでいた。
「行方不明の奥様、目撃情報ありーーっ!!」って、誰も顔知らないはずなのに、
だがマルグリットの耳には詳細は、届かない。
カーテン越しの光と、ページをめくる音だけが、静かに部屋を満たしていた。
刺繍と自由と、知らぬ評判
街のあちこちで、まだ噂は続いていた。
「ねぇ、あの行方不明の奥様、ここの町に来てるんだって」
「まさか、貴族の綺麗な人? 昨日、花を買ってたわよ」
「でも、あの人は“結婚解消”って言ってたし……別人じゃない?」
「うーん、特徴、似てるんだけどねぇ」
――そう、マルグリットはすでに“奥様”ではなかった。
「私はもう、他人よ。他人!」
そう呟きながら、刺繍箱を抱えてコテージを出る。
暇を持て余していた三年間。
豪奢な屋敷で誰にも必要とされず、
唯一、心を慰めてくれたのがこの刺繍だった。
花の模様、鳥、ティーカップ、ハーブ。
色とりどりの糸を針に通し、ひと針ひと針、静かな時間を過ごしてきた。
今日、ようやく――その刺繍を売りに行く日だった。
⸻
街の小さな雑貨店。
陽気な女主人がカウンター越しに目を輝かせた。
「まあ、なんて繊細なの! この薔薇の陰影……まるで生きてるみたい!」
「ほんの趣味ですの」
マルグリットは照れながら笑った。
「趣味だなんて、とんでもない。これは売れるわ!」
店主はすぐに奥から帳簿を取り出した。
「これ、全部買い取らせて。しかもね、これからも作ってもらえない?
定期でお願いしたいの」
「まぁ、そんな……」
「高く買うわ。貴族のお嬢様が刺したって言っても通るくらい上品だもの」
マルグリットは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……ありがとうございます」
店主はウィンクして言った。
「ね、これが“自由の針仕事”ってやつよ」
⸻
夕暮れ、コテージに戻る道。
風に花の香りが混じる。
マルグリットは包みを抱えながら、心の中で呟いた。
「誰かのためじゃなくて、自分のために針を動かすのって、いいものね」
紅茶とクロワッサンと、刺繍の糸。
屋敷では未だ「奥様どこ!?」と叫んでいるらしいが、
マルグリットの時間は、もう優雅に前へ進んでいた。
黄金の鎧に青のマント。
背の高い男が降り立つと、屋敷中がざわめいた。
「お、お帰りなさいませ! 旦那様!!」
「うむ。……妻は?」
――沈黙。
家令が額の汗をぬぐう。
「えっと……奥様は、その……」
「まさか、病か?」
「い、いえ……」
「じゃあ、どこだ」
執事、侍女、料理長、全員が顔を見合わせる。
誰も言葉を出せない。
「まさか――病死でもしたのか?」
「ご、ご健在です!」
「では、なぜここにいない!?」
「……その、旦那様と離婚、なさいました」
ドンッ! 机を叩く音が響いた。
「誰の許可でだッ!」
「……白い結婚ゆえ、教会の判断で……」
「教会の判断!? 妻の顔も知らん教会が!?」
旦那の声が屋敷中に轟く。
「――で、その妻とやらは、どんな顔だ!」
全員が硬直。
家令が、震える声で言った。
「えーと……ブルーの瞳に、ブロンドの髪で、女性です」
「そんなの、わかっている!!」
「それ以上の情報が……ございません……!」
旦那の顔が真っ赤になり、こめかみがぴくぴく動く。
「三年も結婚していて、家の誰も彼女の顔を見たことがないのか!?」
「……はい」
屋敷中、しーんと静まり返る。
外ではカラスが「カァ」と鳴いた。
「全員、目を洗って出直せぇぇぇ!!」
怒鳴り声が響く中、
旦那は拳を握りしめた。
「……俺の妻を探せ。どんな手を使ってもだ」
⸻
一方そのころ。
港町のコテージでは、
マルグリットが紅茶を飲みながらカーテン越しに光を見つめていた。
「うん、やっぱりこのレースで正解ね。
お昼はオムレツにしようかしら」
――その穏やかな午後の空の下、
“国家規模の奥様捜索令”が発令されたとは知らずに。
行方不明の奥様、町で話題になる
市場の通りを歩いていると、
パン屋の奥さんがひそひそ声で話していた。
「ねえ聞いた? なんでも、行方不明の“貴族の奥様”がいるんだって!」
「戦地から帰った旦那様が、たいそうお怒りで、国をあげて捜索中らしいわよ」
「ほら、この町にもいるかもって噂なのよ」
マルグリットは立ち止まり、パンの袋を抱えたまま首をかしげた。
「……特徴は、わからないけど、女性、へぇ、どんな奥様なのかしら」
「ブルーの瞳で、ブロンドの髪で――」
「女性なんですって!」
「ふふ、それ、かなりの人類が該当するんじゃないかしら」
マルグリットは笑って、トコトコと歩き出す。
⸻
コテージに戻り、
お気に入りの紅茶を淹れる。
香りの良い茶葉をカップに注ぎ、
クロワッサンにいちごジャムをのせる。
「うーん、完璧。これで読書時間ね」
テーブルの上には図書館のカード。
今日、新しく借りてきた本の背表紙には
『白い結婚の真実』『夫婦契約の歴史』『再婚と誓約の書式集』の文字。
「……似たような話、あるかもしれないし」
ページをめくりながら、マルグリットは微笑む。
「私はもう、結婚解消になったからなぁ……
もし再婚するなら、今度は書類だけじゃなく、ちゃんと顔を見て決めようっと」
窓の外では、通りを走る伝令が叫んでいた。
「行方不明の奥様、目撃情報ありーーっ!!」って、誰も顔知らないはずなのに、
だがマルグリットの耳には詳細は、届かない。
カーテン越しの光と、ページをめくる音だけが、静かに部屋を満たしていた。
刺繍と自由と、知らぬ評判
街のあちこちで、まだ噂は続いていた。
「ねぇ、あの行方不明の奥様、ここの町に来てるんだって」
「まさか、貴族の綺麗な人? 昨日、花を買ってたわよ」
「でも、あの人は“結婚解消”って言ってたし……別人じゃない?」
「うーん、特徴、似てるんだけどねぇ」
――そう、マルグリットはすでに“奥様”ではなかった。
「私はもう、他人よ。他人!」
そう呟きながら、刺繍箱を抱えてコテージを出る。
暇を持て余していた三年間。
豪奢な屋敷で誰にも必要とされず、
唯一、心を慰めてくれたのがこの刺繍だった。
花の模様、鳥、ティーカップ、ハーブ。
色とりどりの糸を針に通し、ひと針ひと針、静かな時間を過ごしてきた。
今日、ようやく――その刺繍を売りに行く日だった。
⸻
街の小さな雑貨店。
陽気な女主人がカウンター越しに目を輝かせた。
「まあ、なんて繊細なの! この薔薇の陰影……まるで生きてるみたい!」
「ほんの趣味ですの」
マルグリットは照れながら笑った。
「趣味だなんて、とんでもない。これは売れるわ!」
店主はすぐに奥から帳簿を取り出した。
「これ、全部買い取らせて。しかもね、これからも作ってもらえない?
定期でお願いしたいの」
「まぁ、そんな……」
「高く買うわ。貴族のお嬢様が刺したって言っても通るくらい上品だもの」
マルグリットは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……ありがとうございます」
店主はウィンクして言った。
「ね、これが“自由の針仕事”ってやつよ」
⸻
夕暮れ、コテージに戻る道。
風に花の香りが混じる。
マルグリットは包みを抱えながら、心の中で呟いた。
「誰かのためじゃなくて、自分のために針を動かすのって、いいものね」
紅茶とクロワッサンと、刺繍の糸。
屋敷では未だ「奥様どこ!?」と叫んでいるらしいが、
マルグリットの時間は、もう優雅に前へ進んでいた。
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