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憲兵、奥様の行方を追う
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屋敷の門前には、国の憲兵隊が並んでいた。
長官が書類を片手に、鋭い声を放つ。
「奥様の特徴を報告せよ!」
家令は緊張で喉を鳴らした。
「え、えーと……ブルーの瞳に、ブロンドの髪で――女性です!」
長官
「そんなことは、誰でも知っている!」
家令
「で、ですが、他には……」
長官
「身長! 年齢! 声の特徴!」
家令
「えーと、えっと……あっ、身長は高い目です! 160センチはありました!」
長官
「他は!?」
家令
「え、えっとぉ……!」
侍女長マルタが小声で助け舟を出す。
「紅茶が……お好きでした……」
「そんな曖昧な情報でどうやって探せと!?」
憲兵長官が額を押さえる。
長官
「奥様の肖像画は!?」
家令
「ありません!」
長官
「衣服の記録は!?」
家令
「ええと、請求書だけなら」
長官
「顔を見た者は!?」
家令
「……いません!」
長官
「つまり――この屋敷には、三年間一緒に住んでいて、
奥様を“よく見たことのある人間が誰もいない”ということか!?」
全員が同時に俯く。
沈黙。
テオドールはこめかみを押さえ、低く呟いた。
「……信じられん。俺は結婚していたのか、書類とだけ。」
その目の奥に、わずかに痛みが宿る。
「探せ。どんな手を使ってでも、探せ」
長官、家令
「はっ!」
憲兵たちは一斉に敬礼し、町へ散っていった。
一方そのころ
マルグリットは、
花模様の刺繍をほどきながら、静かに笑っていた。
紅茶の香りが漂う部屋。
コテージの窓には、取り付けたばかりのレースカーテンが揺れている。
「街で噂のいなくなった奥様って、あんな曖昧な記憶で探してるのかしら。
……ふふ、せいぜい頑張って」
外の道を、憲兵たちが走り抜けていった。
そのうちの一人が言う。
「聞いたか? 青い瞳のブロンドで、身長160センチぐら! 紅茶好きの女性らしい!」
「おい、それ、この町に100人くらい該当者いるぞ!」
――今日も、探しても探しても、いなくなった奥様は見つからない。
なぜなら、本人が一番優雅に普通に暮らしているからである。
――昨日の夕刻、街の鐘が鳴った。
帰還兵の行進を知らせる音だ。
食器を片づけていた私の耳にも、その重い余韻だけが落ちてくる。
「……ああ、帰ってきたのね」
手は止めない。
戦地に赴いていた“夫”が帰国した――そう噂には聞いていた。
けれど。
三年間、一度も手紙を寄越さなかった人間を、
どうして、いまさら歓迎できるというのだろう。
白い結婚。
王命による“形式的な婚姻”。
夫の顔も知らず、声も知らず、ただ“籍だけの妻”を三年続けた。
そして先日――離婚届は、正式に受理された。
私は、もう自由だ。
消えた侯爵夫人ミステリー
街では、もうひとつの話題で持ちきりだった。
「聞いた? あの“消えた侯爵夫人”のこと!」
「ええ、侯爵様が戦地から戻ったら、奥様がいなくなっていたって!」
「しかも、誰も顔を知らないらしいじゃない!」
「まるで幽霊よねぇ……」
パン屋の店先でも、花屋でも、仕立屋でも、
その話題が出ない日はなかった。
――ただひとり、当の本人を除いて。
⸻
マルグリットは、今日も紅茶を淹れていた。
お気に入りのカップに、アッサムをたっぷり。
焼き立てのパンを半分に割り、いちごジャムを落とす。
「はぁ……平和ねぇ」
窓から見える通りには、いつものように人が行き交う。
噂のことなど、気にする様子もない。
「消えた侯爵夫人? ふーん、すごい人もいたのねぇ。
でも、私には関係ないし」
花瓶の花を直しながら、
マルグリットはのんびりと呟く。
この街での暮らしは快適だった。
刺繍の仕事も順調で、注文が増えてきている。
昼間は陽だまりで縫い物、夜はランプの灯りの下で読書。
それだけで十分だった。
⸻
一方そのころ、町外れの酒場では――。
「俺、見たんだ。青い瞳の女を」
「またかよ、それ昨日も言ってただろ」
「いや、今度のは本物かもしれん。紅茶と花が好きらしい」
「じゃああの“消えた侯爵夫人”か!?」
「ふん、侯爵夫人がこの町に? ありえねえよ」
「でもな、あの目の色、普通じゃねえ。あれは貴族の女の目だ」
ざわ……と空気が揺れた。
そして誰からともなく囁かれる。
「……この町のどこかに、まだ“あの夫人”が生きてるらしい。ミステリーだなぁ」
⸻
マルグリットはその夜、刺繍をしながら小さく笑った。
「ふふっ。消えた侯爵夫人の、新聞小説連載始まったわ」
針先に灯りが反射して、小さな光が跳ねた。
まるで、それが“自由そのもの”のように。
噂はティーと共に
最近、どこへ行ってもその話題でもちきりだった。
「消えた侯爵夫人、実はこの街に潜んでるらしいよ」
「紅茶と花が好きで、気品のある人なんですって」
「刺繍が上手らしいわ。お店に出してるって噂もあるのよ」
マルグリットはパン屋でその話を耳にして、
クロワッサンを紙袋に詰めながら微笑んだ。
「へぇー、すごい話ねぇ。
そんな人、本当にいるのかしら」
「お姉さん知らない? なんか、お姉さんに雰囲気似てる気がするけど」
「私? まさかぁ。私なんて、ただの独身女よ。夫人じゃないわ」
軽く肩をすくめて笑うと、パン屋の奥さんも笑った。
「だよねぇ。でもさ、旦那様が三年も放っておいたなんて、ひどい話よね」
マリー
「まぁ、そんなことされたら、私なら出ていくわね」
パン屋の奥さん
「でしょ?」
マリー
「で、紅茶でも飲んで、あとは自由満喫よ」
ふたりの笑い声が、香ばしいパンの匂いに混じって響いた。
⸻
その午後、コテージ。
窓を開けると、海風がカーテンを揺らした。
「みんな好きねぇ、人の噂話。
三年も無視しておいて、今さら探されても困るのに」
カップに紅茶を注ぎ、
いちごジャムを塗ったパンをひとかじり。
「消えた侯爵夫人……ねぇ。
そんな人がいるなら、きっと私より優雅よ」
と、笑って本を開いた。
ページをめくる音と、
どこか遠くで続く“失踪夫人ミステリー”の噂声。
――けれど、本人が一番、のんびり幸せに生きていることを、
誰も知らなかった。
自分のこととは、微塵も思っていない。
そりゃそうだ。
三年間も無視しておいて、今さら“夫人”扱いされる筋合いなんてない。
長官が書類を片手に、鋭い声を放つ。
「奥様の特徴を報告せよ!」
家令は緊張で喉を鳴らした。
「え、えーと……ブルーの瞳に、ブロンドの髪で――女性です!」
長官
「そんなことは、誰でも知っている!」
家令
「で、ですが、他には……」
長官
「身長! 年齢! 声の特徴!」
家令
「えーと、えっと……あっ、身長は高い目です! 160センチはありました!」
長官
「他は!?」
家令
「え、えっとぉ……!」
侍女長マルタが小声で助け舟を出す。
「紅茶が……お好きでした……」
「そんな曖昧な情報でどうやって探せと!?」
憲兵長官が額を押さえる。
長官
「奥様の肖像画は!?」
家令
「ありません!」
長官
「衣服の記録は!?」
家令
「ええと、請求書だけなら」
長官
「顔を見た者は!?」
家令
「……いません!」
長官
「つまり――この屋敷には、三年間一緒に住んでいて、
奥様を“よく見たことのある人間が誰もいない”ということか!?」
全員が同時に俯く。
沈黙。
テオドールはこめかみを押さえ、低く呟いた。
「……信じられん。俺は結婚していたのか、書類とだけ。」
その目の奥に、わずかに痛みが宿る。
「探せ。どんな手を使ってでも、探せ」
長官、家令
「はっ!」
憲兵たちは一斉に敬礼し、町へ散っていった。
一方そのころ
マルグリットは、
花模様の刺繍をほどきながら、静かに笑っていた。
紅茶の香りが漂う部屋。
コテージの窓には、取り付けたばかりのレースカーテンが揺れている。
「街で噂のいなくなった奥様って、あんな曖昧な記憶で探してるのかしら。
……ふふ、せいぜい頑張って」
外の道を、憲兵たちが走り抜けていった。
そのうちの一人が言う。
「聞いたか? 青い瞳のブロンドで、身長160センチぐら! 紅茶好きの女性らしい!」
「おい、それ、この町に100人くらい該当者いるぞ!」
――今日も、探しても探しても、いなくなった奥様は見つからない。
なぜなら、本人が一番優雅に普通に暮らしているからである。
――昨日の夕刻、街の鐘が鳴った。
帰還兵の行進を知らせる音だ。
食器を片づけていた私の耳にも、その重い余韻だけが落ちてくる。
「……ああ、帰ってきたのね」
手は止めない。
戦地に赴いていた“夫”が帰国した――そう噂には聞いていた。
けれど。
三年間、一度も手紙を寄越さなかった人間を、
どうして、いまさら歓迎できるというのだろう。
白い結婚。
王命による“形式的な婚姻”。
夫の顔も知らず、声も知らず、ただ“籍だけの妻”を三年続けた。
そして先日――離婚届は、正式に受理された。
私は、もう自由だ。
消えた侯爵夫人ミステリー
街では、もうひとつの話題で持ちきりだった。
「聞いた? あの“消えた侯爵夫人”のこと!」
「ええ、侯爵様が戦地から戻ったら、奥様がいなくなっていたって!」
「しかも、誰も顔を知らないらしいじゃない!」
「まるで幽霊よねぇ……」
パン屋の店先でも、花屋でも、仕立屋でも、
その話題が出ない日はなかった。
――ただひとり、当の本人を除いて。
⸻
マルグリットは、今日も紅茶を淹れていた。
お気に入りのカップに、アッサムをたっぷり。
焼き立てのパンを半分に割り、いちごジャムを落とす。
「はぁ……平和ねぇ」
窓から見える通りには、いつものように人が行き交う。
噂のことなど、気にする様子もない。
「消えた侯爵夫人? ふーん、すごい人もいたのねぇ。
でも、私には関係ないし」
花瓶の花を直しながら、
マルグリットはのんびりと呟く。
この街での暮らしは快適だった。
刺繍の仕事も順調で、注文が増えてきている。
昼間は陽だまりで縫い物、夜はランプの灯りの下で読書。
それだけで十分だった。
⸻
一方そのころ、町外れの酒場では――。
「俺、見たんだ。青い瞳の女を」
「またかよ、それ昨日も言ってただろ」
「いや、今度のは本物かもしれん。紅茶と花が好きらしい」
「じゃああの“消えた侯爵夫人”か!?」
「ふん、侯爵夫人がこの町に? ありえねえよ」
「でもな、あの目の色、普通じゃねえ。あれは貴族の女の目だ」
ざわ……と空気が揺れた。
そして誰からともなく囁かれる。
「……この町のどこかに、まだ“あの夫人”が生きてるらしい。ミステリーだなぁ」
⸻
マルグリットはその夜、刺繍をしながら小さく笑った。
「ふふっ。消えた侯爵夫人の、新聞小説連載始まったわ」
針先に灯りが反射して、小さな光が跳ねた。
まるで、それが“自由そのもの”のように。
噂はティーと共に
最近、どこへ行ってもその話題でもちきりだった。
「消えた侯爵夫人、実はこの街に潜んでるらしいよ」
「紅茶と花が好きで、気品のある人なんですって」
「刺繍が上手らしいわ。お店に出してるって噂もあるのよ」
マルグリットはパン屋でその話を耳にして、
クロワッサンを紙袋に詰めながら微笑んだ。
「へぇー、すごい話ねぇ。
そんな人、本当にいるのかしら」
「お姉さん知らない? なんか、お姉さんに雰囲気似てる気がするけど」
「私? まさかぁ。私なんて、ただの独身女よ。夫人じゃないわ」
軽く肩をすくめて笑うと、パン屋の奥さんも笑った。
「だよねぇ。でもさ、旦那様が三年も放っておいたなんて、ひどい話よね」
マリー
「まぁ、そんなことされたら、私なら出ていくわね」
パン屋の奥さん
「でしょ?」
マリー
「で、紅茶でも飲んで、あとは自由満喫よ」
ふたりの笑い声が、香ばしいパンの匂いに混じって響いた。
⸻
その午後、コテージ。
窓を開けると、海風がカーテンを揺らした。
「みんな好きねぇ、人の噂話。
三年も無視しておいて、今さら探されても困るのに」
カップに紅茶を注ぎ、
いちごジャムを塗ったパンをひとかじり。
「消えた侯爵夫人……ねぇ。
そんな人がいるなら、きっと私より優雅よ」
と、笑って本を開いた。
ページをめくる音と、
どこか遠くで続く“失踪夫人ミステリー”の噂声。
――けれど、本人が一番、のんびり幸せに生きていることを、
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