白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)

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もう帰らない人

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スザンヌ、動く

「スザンヌ様、王都の記録課からお返事が」

侍女が書状を持ってくる。
スザンヌは紅茶を片手に封を切った。

「……ふむ、やっぱりね」

文面を読み進めながら、唇の端が上がる。

「マルグリット・ド・リュミエール、
 正式に“婚姻解消”と記録されてる。
 現在は“マリー・グラン”の名で暮らしているそうよ」

侍女が目を丸くした。
「まぁ……侯爵夫人が、庶民の名前で?」

「ええ。どうやら静かに、楽しそうに暮らしてるみたい。
 紅茶店に通って、花屋で買い物して……」

スザンヌは、カップを軽く揺らして香りを嗅いだ。
「幸せそうね」

侍女はためらいがちに口を開いた。
「では、侯爵様には……?」

「まだ言わないで。
 あの子、自分で見つけなきゃ気づかないわ」

紅茶を飲み干し、
スザンヌは立ち上がった。

鏡の前で帽子をかぶりながら、独り言のように言う。

「どうしようかしらね。
 放っておくのも、女の意地として悪くないけど……」

指先でブローチを整え、にやりと笑った。

「会いに行くのが一番だわね」

「えっ!? スザンヌ様、自ら!?」

「だって、気になるじゃない。
 “白い結婚の元侯爵夫人”がどんな顔して幸せにしてるのか。
 それに――
 どんな女が、うちの愚かな甥より強かったのか、見てみたいもの」

そう言ってマントを翻し、
スザンヌは颯爽と屋敷を後にした。


鏡の前で帽子をかぶりながら、独り言のように言う。

「どうしようかしらね。
 放っておくのも、女の意地として悪くないけど……」

指先でブローチを整え、にやりと笑った。

「会いに行くしかないわね。」

「えっ!? スザンヌ様、自ら!?」

「だって、気になるじゃない。
 “白い結婚の元侯爵夫人”がどんな顔して幸せにしてるのか。
 それに――
 どんな女が、うちの愚かな甥より強かったのか、見てみたいもの」

そう言ってマントを翻し、
スザンヌは颯爽と屋敷を後にした。


屋敷の応接間。
時計の針が、静かに時を刻む。

テオドールは書類に目を通していたが、
ドアのノック音に顔を上げた。

「スザンヌ叔母上。
 ……お帰りでしたか」

「ええ、ちょっと王都まで。
 お茶を飲みにね」

軽い口調で言いながら、
スザンヌはゆっくり椅子に腰を下ろした。

「あなたの元奥様、見てきたわ」

ペン先が、止まった。

「……なんですって?」

「偶然を装って、少し話もしたの。
 “マリー”という名で暮らしているそうよ。
 レモン入りの紅茶が好きで、
 笑うと、まるで――
 何もかも許してるような幸せそうな顔をするの」

スザンヌはカップに紅茶を注ぎ、
ゆっくりと香りを確かめた。

「1人で幸せそうな人だったわ」

沈黙。

通りの向こうの人

王都の午後。
テオドールは視察の帰り道、
ふと紅茶の香りに足を止めた。

――あの店だ。

叔母スザンヌが言っていた、
“レモン入りの紅茶を好む女性”が通う店。

窓際に目をやると、
白いカップを手に笑う女性の姿が見えた。

陽光の中、淡いブロンドの髪がきらりと光る。
笑い声がガラス越しに小さく響く。

それだけで、
彼の胸の奥に何かがこみ上げた。

(……ああ、あの人か)

声にはならない。
歩き出そうとして、
足が動かなかった。



扉を開けることもできず、
ただ道の向こうから眺めていた。

彼女は楽しそうに店主と話している。
テーブルには、花とレモンの輪切り。

その光景が、やけに遠かった。

(こんなにも、結婚って重いもんなんだな)

結婚――
それは契約でも、王命でもない。
「誰かの時間に、自分がいてもいい」と
思ってもらうこと。

彼はその重さを、
今になってようやく理解していた。

レモンの香りの席で

午後の光がゆるやかに差し込む紅茶店。
窓辺のテーブルには、
マルグリット――“マリー”が本を開いていた。

彼女の指先がページをめくるたび、
ふんわりとレモンティーの香りが立ちのぼる。

(この時間が、いちばん好き)

そう思いながら、
ふとドアのベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのは、
黒い外套の男性――テオドールだった。

彼は周囲を見渡し、
偶然を装うように彼女の近くの席に座った。



「……あら、この前の」

マルグリットが気づいて微笑む。

「はい。あの……またお会いしましたね」

「ほんとに。図書館に続いて紅茶店でも会うなんて、
 王都って意外と狭いのかもしれませんね」

そう言って笑うマルグリットに、
テオドールは少し緊張しながら答えた。

「その本、前にも読まれてましたね。
 詩集、ですよね?」

「ええ。静かな言葉が好きなんです」

「……私も最近、読むようになりました。
 人の心を、理解できるようになりたくて」

マルグリットは一瞬驚いたように目を瞬かせ、
やがて柔らかく微笑んだ。

「素敵な動機ですね」



その笑顔を見つめながら、
テオドールの胸に、
懐かしさにも似た痛みが走る。

(この人が……妻だったんだ)

それは、ようやく心の中で結ばれた確信。

声に出すことも、謝ることもできない。
けれど――

(大切にしていたら、今も一緒だったんだろうか)

そんな思いが、
ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。

紅茶が運ばれ、
二人のカップから同じ香りが立ちのぼる。

テオドールは小さく息をついて、
それを見つめた。

(もう一度、
 “はじめまして”からやり直せるなら――)

そう願いながら、
彼は静かに微笑んだ。



紅茶店の午後。
窓から差し込む光が、
二人のカップを静かに照らしていた。

テオドールは手の中の花を見つめ、
小さく息を吐いた。

(今日こそ、言う。
 もう逃げない)

マリー――マルグリットは、
いつも通りに微笑んでいた。
けれど、彼の様子に何かを感じ取ったようだった。

「……今日は、少し真面目な顔ですね」

「ええ。
 話したいことがあるんです」

テオドールは、
カップを置いてまっすぐに彼女を見た。



「マリーさん。
 私は――あなたに、伝えたいことがあります」

彼女は首をかしげた。

「はい?」

「あなたを……ずっと探していました」

「……?」

「マリーさん。
 本当の名前は――マルグリットですよね」

紅茶の香りが一瞬で遠のいた。
マルグリットの表情が固まる。

「……何を、言ってるの」

「私は――あなたの夫でした」

静寂。

次の瞬間、
椅子が音を立てて引かれた。




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